第20話 楽しい

陸上部の合宿を終え、ボストンバックを抱え、歩いておじいちゃんの家に向かっていると、背後から急ぐような足音が聞こえ、嫌ぁな予感を拭えずにいた。


小さくため息をつきながら歩いていると、足音は隣でスピードを緩め、並んで歩き始める。


『うざ』


そう思いながら足を止めると、菊沢が少し進んだ後に振り返ったんだけど、顔が絆創膏だらけで、左瞼の上が腫れあがり、腕の至る所に青痣が作られている。


『父さん… やりすぎだって…』


黙ったままため息をつくと、菊沢が「大会、いつやるんだよ?」と切り出してきた。


「来週」


「どこで?」


「知らない」


「あっそ」


菊沢はそれだけ言うと、歩き始め、スタスタと行ってしまう。


『なんじゃありゃ。 殴られすぎか』


そう思いながら歩き、おじいちゃんの家に向かっていた。



数日後。


陸上の夏季大会があり、3000mに出たんだけど、9分13秒というタイムを叩き出し、2位に入賞。


他にも、400mと100mで入賞し、みんな興奮状態に。


帰りのバスで、女子生徒だけではなく、顧問の坂本さんまでもが「陸上1本にしろ」と切り出し、かなりうんざりしていた。


毎日ほとんど休まずにトレーニングをしているし、努力が実を結んだだけだろうなぁと思っていたけど、妙な寂しさが胸の奥に残る。


『記録残したのに、なんでこんな寂しいんだろ?』


不思議に思い、寂しさの正体がわからないまま、自宅に戻っていた。



翌日は、陸上部がなかったし、さすがに疲れが出ていたから、部屋でストレッチをするだけに留めていると、カズ兄が部屋に飛び込み「今日だけでいいからバイトしてくれ」と切り出してきた。


「え? なんで?」


「バイトが来ないんだよ。 連絡しても繋がんないし、すげー忙しくてヤバいんだ」


「暇だからいいよ」


そう言いながら立ち上がり、家を出た後、ヘルメットを被りながら、カズ兄の運転するバイクの後ろに跨った。


少し離れたケーキ屋の隣にバイクを止めると、カズ兄は急ぎ足でケーキ屋の裏口に飛び込み「連れてきました!」と大声を上げていた。


「いきなりごめんね~」と言いながら、オーナーの奥さんである沙織さんに自己紹介をされ、それと同時にカズ兄と一緒にケーキを作るオーナーと、その息子で、ドリンクを作る俊君も紹介されていた。


コックコートの制服を身に纏い、更衣室から出るとすぐに説明開始。


説明を受けても、カタカナばかりで何のことかさっぱりわからず、沙織さんは不安そうに「テーブルの場所だけ覚えて」と苦笑いを浮かべていた。



急遽、バイトとして行ったから、詳しい説明もほとんどないままに、言われたテーブルの番号に、ケーキや飲み物を運び、食べ終わった食器を下げ、テーブルを拭くばかり。


オーダーは沙織さんが取ってくれたし、時々、厨房に呼ばれ、皿洗いをしていたんだけど、軽くスポンジで擦り、機械に入れるだけ。


『こういうのも楽しいかも』


そう思いながらケーキを運んでいると、カズ兄の「ちー、皿洗い頼む」と言う声が聞こえ、慌てて厨房の中に駆け込んだ。

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