第18話 嘘
タイマーを手にし、ベンチに座る菊沢が視界に飛び込んだ途端、口から「げ」と言う声が漏れる。
すると菊沢は呆れたように切り出した。
「お前さ、人の顔見て『げ』って言うのやめてくんない?」
「…なんでここに居んの?」
「それはこっちのセリフ。 なんでここに居んだよ?」
言い返す言葉が思い浮かばず、黙ったままタオルを手にし、ゴシゴシと顔を拭いていた。
「お前さ、やっぱり中田ジムの親戚なんだろ?」
「親戚じゃない」
「は? …もしかして娘? え? だって家違うよな?」
「うるさい」
言葉を遮るようにそう言いながらタイマーを奪い取り、時間を20分にセットしなおした。
「20分? なんで?」
菊沢は興味深々と言った感じで聞いてくる。
「うっさいなぁ! 無駄話したから1分過ぎたでしょ!?」
怒鳴りつけながらタイマーをスタートさせ、黙々と縄跳びを開始。
菊沢は気を使っているのか、縄跳びを飛んでいるときは一切話しかけてこない。
黙ったまま飛び続け、タイマーの音が鳴ると同時にしゃがみ込むと、菊沢の声が聞こえてくる。
「何年目?」
「知らない」
「毎朝やってんの?」
「うるさい」
「いつもは15分何セットやってんの?」
「うざい」
立て続けに言った後に立ち上がり、スポーツドリンクを飲み干す。
ふーっと大きく息を吐いた後、縄跳びを元の場所に戻し、タオルを首にかけ、ジムを後にしようとした。
が、菊沢は腕をつかみ「1年じゃこんな腕になんねぇよな…」と…
思わずボディに叩き込むと、菊沢はうめき声をあげながら、蹲ってしまった。
「あ…」
「『あ』じゃねぇよ… お前、なんつーパワーしてんだよ…」
「…鍵閉めるから出てってくんない?」
菊沢は咳き込みながら立ち上がり「陸上部だけになるとか言わねぇよな?」と聞いてきた。
「あんたがしつこくしたら戻る」
「しつこくなんかしてねぇだろ?」
「してんじゃん。 ロードワーク中についてきたり、バス通学やめたり… 彼女いるくせに他の女追っかけてんじゃねぇよ」
吐き捨てるように言うと、菊沢は反論する言葉がないのか、黙り込んだままジムを後にし、雨の降る中、自分の家の方へと走り出した。
『鬱陶しい』
そう思いながら鍵を閉め、黙ったまま自宅に戻る。
シャワーを浴びながら『あ、筋トレ忘れた』と思い出し、がっかりとし続けていた。
週明け。
陸上部の練習に参加すると、部長が「10キロ測るよ~」と切り出してくる。
早苗の笛の合図と同時に、先頭集団に紛れ込み、走り続けていた。
次第に先頭集団の人数が減り、気が付くと3人にまで減っている。
普段と違う景色に、何も考えずに走っていると、ロードワーク中の菊沢の姿が視界に飛び込んだ。
菊沢の姿に苛立ち、少しだけ走る速度を上げ、菊沢のことを追い抜く。
すると、菊沢も走る速度を上げ、隣にぴったりと並ぶ。
『うぜぇ…』
苛立ちと菊沢を振り切るように、走る速度を上げたんだけど、菊沢も速度を上げ、そのままゴール地点である校庭に。
ゴールした後、地べたに座り込むと、菊沢の姿はなく、早苗の黄色い声が響き渡る。
「すごい!! 36.47だよ!! 優勝できるよ!!」
『自己ベスト… マジか… 40分切るとか嘘みたい…』
喜んでいいものか、悪いものかわからず、複雑な気持ちのまま、呼吸を整えていた。
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