第13話 溜息

息を切らせながらジムの中に飛び込むと、練習生の他に、知らない人が数名と、カズ兄、そして父さんが笑いながら話していた。


『帰っちゃったんだ…』


息を整えながらがっかりしていると、背が低くて太った、頭の寂しい男性が近づき、「久しぶりだな」と言いながら頭をグシャグシャっと撫でてくる。


『誰だこのハゲ… 父さんの友だち?』


何の反応も示さず、黙ったままジムを後にすると、カズ兄が追いかけてきた。


「なんだあの塩対応」


「ん? 父さんの友だちでしょ?」


「光君じゃん」


「え? あのチビデブハゲが?」


カズ兄は私の頭をペシッと叩き「本人の前で言うんじゃねぇぞ?」と、殺気を剥き出しにしてくる。


「え? マジで? 顎に風船入ってたよ?」


「だから言うなっつーの! 2年前に結婚して、30キロ太ったんだって。 おまけに仕事のストレスでハゲあがってんだと」


「仕事のストレスでチビになった系?」


「元々、160センチで背は大きくないし、階級もライトフライ級だったんだぞ? 覚えてないのか?」


「すごいでかいイメージがあるんだけど…」


「お前が小さかったからじゃね? とにかく、容姿の事は絶対に触れるな。 わかったな!」


カズ兄は歯を食いしばりながらそう言い切った後、ジムの中に消えていった。


『…制服 …着替えに行こ』


がっかりと肩を落としながら、トボトボとおじいちゃんの家に向かっていた。



おじいちゃんに家に着いた後、トレーニング用のジャージに着替え、再度、ため息とともにがっかりと肩を落とす。


あんなにキラキラしてカッコ良かった光君が、あんな無様な姿になったことが信じられず…


かと言って、現実を受け入れることもできず、ただただため息ばかりが零れ落ちた。



『私の初恋…』


そう思うと、昔の光君が頭に浮かぶんだけど、昔の光君はガラガラと音もたてずに崩れ落ち、ドワーフだけが頭に残る。


『現実って厳しいわぁ…』


そう思いながらおじいちゃんに挨拶し、フードを被り、ゆっくりと家を後にした。



軽く足首を回した後に走り出し、しばらくすると、隣にぴったりとくっつくように、誰かが走っていることに気が付いた。


少しペースを速めても、私とペースを合わせるように走り続ける。


『殴るか?』


そう思いながらふと横を見ると、トレーニングウェアに身を包んだ菊沢が隣を走っていた。


「げ」


思わず足を止めて声を上げると、菊沢は立ち止まり「げってなんだよ?」と聞いてくる。


「何してんの?」


「俺、ここの近所だし。 ロードワーク中」


「は? 広瀬ジムって遠いじゃん」


「やっぱ経験者なんだろ? もしかして、中田ジムと関係ある?」


「違う」と言った後、勢いよく走りだしたんだけど、菊沢はずっとペースを合わせてついてくる。


「ついてくんな!」


「ロードワーク」


あまりにもムカつき、自宅ではなく、土手の方へ向かって走り出す。


どんなに走っても、どんなにペースを上げても、菊沢を振り切ることができず…


かと言って、菊沢の目的もわからない。



最初はムカついてたけど、走っているうちにどうでもよくなり、永遠と並んで走り続けていた。



自宅の方には行かず、2本先の道を走っていると、菊沢の姿がないことに気が付いた。


足を止めて振り返ると、菊沢は壁にもたれかかり、呼吸を整えている。


『隙あり』


勢いよく駆け出し、少し回り道をして自宅に戻り、ため息をついていた。

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