第11話 練習試合
練習試合当日。
朝のランニングと筋トレを終え、おじいちゃんの家に行こうとすると、父さんが呼び止めてきた。
「今日、凌の学校と練習試合なんだろ? これ、昨日凌が忘れて行ったから渡してくれ」
そう言いながら、黒いリストバンドを渡された。
「…明日でいいんじゃない?」
「ゲン担ぎアイテムだって騒いでたぞ? 忘れて行ったけど」
「アホだなぁ…」と言いながらリストバンドをポケットに入れ、フードを被っておじいちゃんの家に駆けだした。
学校についてすぐに更衣室へ行き、ジャージのポケットにリストバンドを入れ、会場作りをしていると、菊沢がボクシング場に入るなり「用事あんだろ? 帰れば?」と、言い放つように切り出してくる。
イラっとしたまま、顔を一切見ずに「キャンセルした」とだけ言い、薫君と会場作りを続けていた。
会場作りを終え、簡単なミーティングをしていると、他校の生徒がぞろぞろとボクシング場へ入ってくる。
その中に凌君の姿を見つけたんだけど、どう切り出してリストバンドを渡せばいいかわからない。
『話しかけないで渡す方法… うん。 無いな。 どうすっかなぁ…』
必死に渡す方法を考えていたんだけど、まったくと言っていいほど思い浮かばず。
凌君をじっと見つめていると、凌君は私に気が付き、少しだけ笑い、顔が崩れないよう必死に我慢をしているようだった。
ポケットから少しだけリストバンドを出し、視線で合図を送ると、凌君は『ハッ』とした表情の後、「先生、トイレってどこっすか?」と切り出した。
谷垣さんが「ああ、階段降りて、2階の右側…」と言いかけると、薫君が「案内します!」と声を上げる。
すかさず「私行く」と言った後、凌君のもとに駆けだし「こっち」と言いながらボクシング場を後に。
歩きながらリストバンドを出し、隣を歩く凌君の前にこっそり差し出すと、凌君は「助かったぁ。 サンキュ」と安堵の声を上げていた。
小声で話しながらトイレに案内し、踵を返すと、菊沢が睨みつけてくる。
黙ったまま横を通り過ぎようとすると、菊沢は「最低だな」と言い切った。
「は? 何が?」
「偵察するためにボクシング部に来たんだろ? 俺らの情報、あいつらに流してんだろ?」
「情報も何もダラダラしてるだけじゃん。 偵察してほしかったら、もっと真面目にやれば?」
はっきりとそう言い切ると、菊沢は「ムカつく…」と、歯を食いしばりながら言い切る。
「あっそ。 ムカつきたければご自由にどうぞ」とだけ言い、ボクシング場へ向かっていた。
その少しあと、練習試合が始まったんだけど、うちの学校はボロボロ。
1ラウンド2分の試合なのに、ほとんどが1分もしない間にスタミナが切れ、KO負けばかり。
『普段ダラダラしすぎなんだよ』
あまりにも不甲斐ない試合内容に、かなりイライラしていると、凌君と菊沢がリングに上がり、試合開始のゴングが鳴り響いた。
菊沢のファイティングポーズを見た瞬間、現役時代の光君を思い出したんだけど、顔は断然光君のほうが良いし、足さばきも光君のほうが上。
『まだまだだな。 凌君、トレーニングメニュー変えたら急激に伸びたし、凌君の圧勝』
そう思いながら試合を見ていたら、凌君の右ストレートが綺麗に菊沢の顔面に刺さり、菊沢はダウンしていた。
菊沢はそのまま立ち上がることができず、練習試合は全戦全敗。
1勝もできなかったせいか、ボクシング場の空気はかなり沈み、他校の生徒が帰った後も、誰も口を開こうとはせず、黙ったまま床を見るばかりだった。
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