第6話 洗礼

早苗と二人で、黙々と水たまりを掃いていた。


「新人! こっち来い!」


怒鳴り声が聞こえ、声のする方へ行くと、元部長が腕を組んで仁王立ちしている。


「グランド30週」


「は? いきなり?」


「早く行け」


反論することもなく、デッキブラシを壁に立てかけた後駆け出す。


1週200メートルのグランドを30週。


毎朝、合計16キロを走ってるから、正直6キロくらい大したことないし、自宅からおじいちゃんの家まで走るのと、ほとんど変わりはない。


20分ほどで走り終え、肩で息をしていると、部長が「もう30週」と声をかけてくる。


周囲がざわつく中、すぐに駆け出し、黙々と走り続けていた。



汗だくになりながらも、20分を少しオーバーしたタイムで走り終え、しゃがみ込むと、今度は「誰が座っていいって言った?」と言葉を投げかけられた。


この言葉にカチンと来たんだけど、息を切らせながらゆっくりと立ち上がると、再度「30週」と…


「…みんなは走んないんすか?」


「雨上がりだから。 大会も近いし、怪我したら大変でしょ?」


「…新人は良いんだ」


「あんたは大会なんて関係ない。 さっさと走りな」


「…水飲んでくる」


「水? そこにあるんだからそれ飲めば?」


そう言いながら指さされた先には、先ほど掃き出し、流れ切れていない水たまりの跡がある。


『新人いじめってやつか… くだらね』



「ほら、さっさと飲みなよ」


そう言いながらニヤつき、近づいてくる顔に苛立ち「あんたが飲めば?」とだけ。


「何?」


部長はそう言いながら近づいてきて、突き飛ばすように手を出そうとしてきた瞬間、サイドステップで横によけると、部長は勢い余って転がり、水たまりに顔を埋めていた。


他の部員は「大丈夫ですか!!」と大騒ぎをし始めていたけど、この状況にかなりうんざりしてしまい「辞める」とだけ言った後、まっすぐ更衣室に向かった。


更衣室で着替えていると、早苗が更衣室に駆け込み「本当にごめんね!」と頭を下げながら言ってくる。


「元部長、新入部員を見るといつもああなるの…」


「洗礼?」


「みたいな感じ。 素質のある人は特に酷くなるんだよね… あれが原因で、今まで何人も辞めちゃってて…」


「そうなんだ。 もう辞めたから関係ないよ」


そう言った後、すぐに職員室へ行き、担任で顧問の坂本さんに「元部長に新人いじめされたから、陸上部辞めた~」と言うと、坂本さんは「またか…」と小さく呟く。


「で、どうするんだよ? あと空きがあるのはボクシング部だけだぞ?」


「えー… やだぁ…」


「やだって言われてもなぁ… 陸上かボクシングの2択しかないぞ? 他はいっぱいだし…」


「えー… 部活をやらないって選択肢は?」


「ない」


「…じゃあいいよ。 ボクシングのマネージャーで」


不貞腐れながらそう言うと、坂本さんは入部届を手渡してくる。


「体育の谷垣先生が顧問だから、体育棟職員室に行って渡してくれ」


坂本さんにそう言われ、渋々体育棟に向かっていると、トレーニングウェアに身を包み、走り出す男子生徒の姿が視界に飛び込んだ。


『陸上部と違って、あっちはまじめにやってんのかな?』


そう思いながら職員室に行き、谷垣さんに入部届を手渡した。


「明日から頼むな。 一人、元卓球部の浅野薫がマネージャーしてるから、そいつからいろいろ教わってくれ。 ボクシングのルールも勉強しておくといいぞ」


笑顔でそう言われ、「はぁ」と返事をした後、おじいちゃんの家に向かっていた。

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