第4話 知らない

『痛… あのクソ親父…』


痛むわき腹を抑えながら、隣の自宅にある浴室に閉じこもった。


Tシャツを脱ぎ、鏡を見ると、グローブの形がはっきりとわかるほど、青く腫れあがっている。


『しっかりレバー狙ってんじゃねぇよ… 脳筋アホ親父…』


そう思いながら、頭からシャワーを浴びていた。



あの後、リングに上がり、ミット打ちを始めたまでは良いんだけど、次第に父さんのスポーツ魂に火がついてしまい、スパーリングに発展。


身長差も、体重差もお構いなしに、繰り広げられるパンチを躱しきれず、わき腹にパンチが食い込んだ結果、はっきりとした楕円形の青痣が作り上げられていた。


不幸中の幸いと言ったら、骨が折れてないことくらい。


シャワーを浴びた後、タオルを肩にかけてキッチンへ行くと、母さんが夕食の準備をしていたんだけど、その後ろで次男のヨシ兄が椅子に座り、スマホを弄っていた。


何も気にせず冷蔵庫を開けると、見慣れない物が入っている。


「なにこれ?」


そう言いながら、飴色をした液体の中に、黒い粒状のものがたくさん入っているカップを手に取った。


ヨシ兄はチラっとそれを見ると「タピオカミルクティ」とだけ。


「タピオカ?」


そう言いながらいつもの癖でカロリーを見ると、460kcalと書いてある。


「げ! こんなにカロリー高いの!? ラーメン1杯分じゃん!!」


「うるせーなぁ。 しまっとけよ」


ヨシ兄は苛立ったように言い放ち、スマホを弄るばかり。


『カエルの卵だ…』


そう思いながら冷蔵庫にそれをしまい、スポーツドリンクを持って自分の部屋へ。


ベッドに座り、わき腹にシップを貼っていると、1階から母さんの「ごはんよ~」と呼ぶ声が聞こえてくる。


返事をしないまま、すぐに1階に行き、カズ兄以外の4人で夕食を食べていると、父さんが切り出してきた。


「陸上は選手なのか?」


「うん」


「どんな感じだ?」


「明日からだからわかんない」


「元々は何部だったんだ?」


「…卓球」


「卓球かぁ… フットワークも軽くなるし、反射神経もよくなるだろ?」


黙ったまま食事を掻き込み、「ごちそうさまでした」と言った後、急いで自室に逃げ込んだ。


『あっぶね… 【マネージャーで昼寝してた】なんて言ったら、第2ラウンド開始すんじゃん…』


少しだけ休憩した後、軽くストレッチをしていると、ヨシ兄がタピオカを持って部屋に入ってくる。


「ちー、お前、本当にこれ知らない?」


そう言いながらタピオカを見せてくるんだけど、「知らない」とだけ。


するとヨシ兄は「一口飲んでみ?」と言いながら、カップを差し出してきた。


黙ったままそれを受け取り、未知の液体を一口飲んだんだけど…


しつこいくらいの甘ったるさの中に、ほのかに紅茶の香りがし、ブヨブヨした食感がなんとも気持ち悪い。


「不味ぃ…」


「不味い? かなり前に流行ったんだぞ?」


「信じらんねぇ…」


「友達とか飲んでるだろ?」


「知らない」


そう言いながらストレッチを再開すると、ヨシ兄はため息をつきながら「あっそ」と言い、部屋を後にしていた。


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