第3話 退屈

「おはよ~」


「うぃ~っす」


「昨日のドラマ見た~?」



周囲は思い思いに朝の挨拶をするけど、私には誰も話しかけてこない。


面倒なことは苦手だし、群れるのも好きじゃない。


クラスメイトと話すのは、必要最低限のことだけ。


クラスメイトの女子たちは、雑誌で見たことやドラマの話をしているけど、雑誌も買わなければ、ドラマなんて見たことがない。


毎日、早朝に起きるせいで、20時には寝ているし、酷いときは19時には寝ているから、見れないといったほうが正しい。


そんな状況で、周囲に話を合わせることができなかった。



誰と会話をするでもなく、まっすぐに『1-B』と書かれている教室に向かい、窓際の一番後ろの席に座る。


誰かに話しかけられるわけでもなく、ボーっと流れる雲を眺めていると、どんどん瞼が重くなる。


『寝よっかな…』


そう思っていると、チャイムが鳴り、担任の『坂本さん』が教室に入り、退屈な1日が始まっていた。



睡魔と闘いながら退屈な1日を終え、帰りの準備をしていると、坂本さんが話しかけてきた。


「中田、ちょっといいか?」


坂本さんの後を追いかけ、職員室に入ると、坂本さんが切り出してきた。


「部員の一部が喫煙しててな。 卓球部、廃部することになったんだよ。 中田には、ボクシング部のマネージャーをしてもらいたいんだ」


「は? なんで?」


「なんでって… 他に無いからなぁ」


「サッカーとか野球とかいろいろあるじゃん」


「いっぱいなんだよ。 マネージャーの空きがあるのがボクシング部だけ」


「いやだ」


坂本さんは困ったように頭を掻く。


「じゃあ陸上部にするか? マネージャーじゃなくて選手だけど…」


「そっちの方がいい」


「そうか… じゃあ、これ書いて、明日から参加してくれ」


坂本さんはそう言いながら、入部届を手渡してきた。


その場で入部届を書くと、坂本さんは「あれ? 千尋じゃなかったか?」と、意地悪っぽく聞いてきた。


「千歳。 名前くらい覚えて」と言いながらも、すぐに学校を後にしていた。



『陸上かぁ… 嘘から出たまことってやつ?』


そう思いながらおじいちゃんの家に小走りで向う。


おじいちゃんの家についてすぐ、トレーニング用のジャージに着替え、フードをかぶり、自宅へ向かって駆け出した。


自宅ではなく、隣にあるジムの1階に駆け込み、狭い事務所の脇にある、ロッカールームに入り、タオルとスポーツドリンクを持って2階に上がると、『バチーン』と言う弾けた音が至る所から聞こえてくる。


「おかえり」


父さんの声に呼吸を整えながらうなずき、ベンチに座ってすぐスポーツドリンクを飲み、バンテージを手に巻いていた。


「今日は部活ないのか?」


「うん。 廃部になったから、明日から陸上部」


「もともと陸上だろ?」


「あ…」


思わず固まってしまうと、父さんの表情が見る見るうちに赤くなり、こめかみに血管が浮き出てくる。


「…どういうことだ?」


地面から這い上がるような怒りに満ちた声に、目を逸らすことしかできない。


「…嘘ついてたのか? 俺に」


「いや… あのさ… これには深~い事情がありまして…」


「リング上がれ」


「は? いきなり?」


「お前の腐った根性叩き直してやる」


父さんはそう言い放つとすぐリングに上り、スパーリングをしていた智也くんと凌くんを下ろした後、ミットを手にはめた。


「早くしろ!!」


怒りを表すかのように怒鳴りながら、両手にはめたミットで『バシッバシッ』と音を立てる。


智也くんはグローブを嵌めながら「お前も大変だな…」と、同情するような言葉を投げかけてきた。


「同情するなら変わってよ」


「無理。 ま、退屈しなくていいんじゃないか?」


大きくため息をつきながら、グローブを胸の前で『バシッ』と、音を立てて合わせ、ゆっくりとリングに上がっていた。

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