第2話 通いなれた道

筋トレを終えた後、時計を見ると【6:18】


キッチンに立っている母さんに向かい「このまま行くわぁ」と声をかける。


母さんは「待って! これ、おじいちゃんに持っていって」と言いながら、煮物の入ったタッパーを鞄に入れ、手渡してきた。


それを背負った後、フードを被り、おじいちゃんの家に向かって一直線。


6キロほどの通いなれた道を走り、おじいちゃんの家に着いてすぐ、玄関を開けた。


「ただいま~」


声に反応するように、おじいちゃんが居間から顔だけ出す。


「おかえり。 今日は遅かったな」


「8分寝坊した。 これ、お母さんから煮物だって」


そう言いながら鞄を手渡し、2階の部屋へ一直線。


着替えを持った後、1階にある浴室でシャワーを浴び、おばあちゃんとおじいちゃんの3人で朝食をとる。


何気ない会話をしながら朝食をとった後、2階の部屋に籠り、レポートに手を出す。


レポートを書き終え、時計を見ると【7:45】


レポートを鞄に入れた後、制服を身に纏い、1階に駆け下りる。


ローファーを履いてすぐ、「いってきま~す」と声をかけると、おじいちゃんが「いってらっしゃ~い」と返事をしてくれた。


それを聞き終えた後、玄関を飛び出し、小走りで3キロ先にある学校へ。



一時期、父さんに「自転車を買ってくれ」とせがんだこともあるけど、「自転車は甘えだ。 走れ」と却下され、買ってもらえず。


『じゃあ、あんたが毎朝乗ってるのはなんなの?』と言いたくなるんだけど、言うと殴り合いの喧嘩になるから黙ったまま。


「電車通学したい」とも言ったけど、「甘えんじゃねぇ!」と怒鳴りつけられ、渋々毎朝徒歩通学。


不幸中の幸いなのは、おじいちゃんの家が学校から近いこと。


ローファーじゃ走れないから、おじいちゃんの家で制服に着替え、小走りで通学してる。



おじいちゃんの家に住んでるってことになってるし、自分の家族のことは、誰にも話したことがない。



小学生の時、父さんが授業参観に来たことがあるんだけど、その日は父さんが世界チャンピオンになった翌週。


当時、ボクシングブームのせいもあり、テレビをつければどこもかしこもボクシングのことばかりで、クラスメイトの男子もボクシングのことばかり話していた。


そんな中、父さんである『中田英雄』vs『中田秀人』と言う、一文字違いの世界チャンプ戦が行われ、3ラウンドKO勝ちした父さんが世界チャンプに。


その翌週に行われた授業参観に、父さんが来たものだから、子どもたちや保護者の大人だけではなく、担任や校長までもが大騒ぎしてしまい、授業が潰れたことがある。


その結果、噂を聞き付けた人たちが自宅周辺に人が集まってしまい、危機感を感じた父さんが泣く泣く引っ越ししたんだけど、これが過去に5回あり、一番短い学校は、たったの3か月しか通っていない。


それ以降、学校行事に両親が来たこともないし、今後も来させないつもり。


また引っ越すことになるのが嫌で、引っ越しを繰り返すうちに、誰にも家族のことを話さなくなっていた。



高校を決める時、父さんは「スポーツ推薦で私立に行け」って言ってたけど、私が断固拒否。


長男であるカズ兄が止めてくれたおかげで、殴り合いにはならずに済んだんだけど、「スポーツに力を入れてる学校じゃないとだめだ!」と言われ、2男のヨシ兄が通っていた学校にした。



スマホをせがんだ時もそう。


「帰り道に襲われたらどうすんの?」と父さんに切り出したんだけど、「相手が逃げる」と言い切られてしまい、大喧嘩に発展。


あの時も、カズ兄が「相手をケガさせたら大変だから」と、父さんを説得し、渋々買って貰った。


買って貰ったまでは良いんだけど、電話をする相手は家族ばかり。


最近では、高い目覚まし時計と化している。



父さんには「陸上部」と言ってあるけど、実は卓球部。


たったの3人しかいない卓球部で、マネージャーをしている。


マネージャーと言っても、やることがなく、体育館の片隅で転寝をするだけ。


部員のみんなは、自分のことは自分でやってくれるから、ただただそこに居るだけ。


たまに、完全に寝入ってしまうことがあるんだけど、その時は部員の薫君が恐る恐る起こしてくれる。


毎朝4時起きで、晴れの日は10キロのロードワーク後、おじいちゃんの家までの6キロ、それと通学のための3キロを急ぎ足で歩いているから、手が空いてしまうと起きてられない。


『今日は部活がないからお昼寝無しか…』


そう思いながら、通いなれた道を小走りで進んでいた。

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