エピローグ マッチ売りの少女は終わらない
少女は一人、暗くて、とても寒い場所に立っていました。
少女は白い息を吐いて、手を温めますが、寒さは身体全体を覆っていきます。
その寒さに耐え切れずに、少女はマッチを擦って火を付けました。
すると、マッチが明るく燃え上がります。
「あ、みんな……」
少女の前に大勢の人が姿を現しました。
今まで出会って、少女に優しくしてくれた人たちです。
貧しくて、身体に沢山の痣を作って、その日の食べるご飯すら手に入らない生活をしていた少女からは想像もできない光景が広がっていました。
ふっと少女は後ろを振り返ります。
後ろは真っ暗でした。
そして、今まで少女を苦しめ、冷たく接してきた人たちが暗闇の中から手を伸ばして、少女の腕を掴もうとしています。
少女は良く知っていました。
この一年、少女はとても良い出会いに恵まれたことを。
でも、そんな幸運の年でも、冷たい態度の人や怖い人にも出会ったことを。
それでも、沢山の人たちが少女を助けてくれて。
少女が信じた約束を、守ってくれる人たちと出会えたのです。
今まで一度たりとも守られてこなかった約束をです。
少女はとても幸せな気持ちでした。
けれど、少女は幸せな光景を見ていると、不意に背中に冷たい闇を感じるのです。
忘れてはいけないと。
自分はただの、マッチ売りの少女なのだと。
まるで心に刻み込むように、後ろの暗闇から囁いてくるのです。
「今は、すごくいろいろな人が守ってくれるから……ここにいられるんだよね」
お婆さんは「この国の未来は明るいわね」と言いました。
少女にとって、誰かに寒い思いをして欲しくない気持ちで動いていたのです。
それが、自分の周りだけでも精一杯だというのに。
もしかしたら、そういう小さな気持ちと行動の積み重ねが、この国の大きな悪い流れすら断ち切ることができるのでしょうか。
もし、お婆さんがそんな気持ちで少女に教えてくれたのだとしたら。
「私は……何ができるんだろう」
マッチが勢い良く燃え上がります。
もうとっくに消えてもおかしくないのに、火の威力が落ちることはありませんでした。
身体がポカポカと温かくて、少女は後ろから視線を逸らして、前を向きます。
きっと良い人も悪い人も環境によって大きく変わってしまうのだと少女は思いました。
良い人でも、貧しい環境で悪い人に囲まれると何もできないどころか潰されてしまうことを、少女はお父さんと暮らしている時に知りました。
逆に、悪い人は幸せな環境で良い人に囲まれると何もできないことを、少女は叔母さんと叔父さんに拾われてから知りました。
結局は寒い思いをしないで済むには環境を整えてあげないといけません。
少女は、叔父さんと叔母さんに助けてもらい、環境を整えてもらったからこそ、お婆さんに素敵な一日を送ってもらうために沢山の人たちの助けを得ることができました。
今、困っている人たちには、環境を整えて上げる必要があると少女は考えました。
「私も、叔父さんや叔母さんみたいに、人の心を温めてあげられるようになりたい」
そのために、お仕事も頑張って、勉強も頑張って。
いつか、叔父さんや叔母さんが手を差し伸べてくれたように。
「寒い夜空の下で、寂しい思いをしている人を助けたい」
全身がポカポカと温かくて、マッチの火が更に強く燃え上がりました。
少女は目標の先に新しい夢を見据えて、大切な一歩を踏み出したのです。
そして、マッチの温かな光に飲み込まれるように、視界が真っ白に染まったのでした。
◇ ◇ ◇
朝になると少女が椅子に凭れ、微笑んで動かなくなっていました。
その手には空っぽになったマッチの箱が握り締められています。
誰かが掛けてくれた毛布にくるまって、スースーと音が聞こえて来ました。
「お前さんは……温まろうとしたんだね」
叔母さんはそう言って、ストーブの近くで眠ってしまった少女を見て笑いました。
「良い夢を見てるんだろ」と叔父さんは少女の頭を撫でながら言いました。
でも、少女がお婆さんに話した内容も、少女が笑顔な理由も夫婦は知りません。
「娘が亡くなった命日に、死にかけのお前さんを見つけて……それも娘そっくりな容姿なんて。連れてきた時はなんの冗談かと思ったよ」
「……放ってはおけなかったんだ」
「分かってるよ。これも神様がくれた、何かの縁なんだろうね」
二人は静かに微笑みました。
そして、叔父さんが少女を抱き上げ、口元を綻ばせます。
「また、大きくなったな。一年前はあんなに軽かったのに。早いもんだ」
「結局、似てたのは容姿だけだったけど……大きく育ってくれるのは嬉しいね」
「似ているだろ?」
叔父さんがキッパリと否定して、叔母さんが目をパチクリとさせます。
「お客さんも家族だと思える……凄く優しい子だ」
「はは。あんたも親馬鹿だね」
「親馬鹿くらいが丁度いいだろ。娘を亡くしてから気が付くのは……もうごめんだからな」
「そうだね。……あぁ〜あ。ほっっっんと、お前さんが来てくれて良かったよ」
二人は少女を温めるように近付いて、寝顔を覗き込みます。
そして、叔父さんと叔母さんが寝顔を見て、幸せそうに笑っている理由を、少女は知る由もありませんでした。
めでたし。めでした。
……
…………
いいえ。めでたしではありません。
その後、貧しかった一人の子供が。
周囲の人々を変えて。
街を変えて。
王国を変えて。
多くの救いを求める人々を、その優しく、温かい心で救っていくのです。
厳しい現実もありました。身体を、心を傷付けられて立ち上がれない時もきっと。
でも、多くの人々に支えられて、少女は前へと進みます。
マッチの小さな火が、大火となって。
辛い現実を照らす希望となって、成長していくのですから。
少女の物語はこれからも続いていくのです。
――《終わり》
【短編】マッチ売りの少女は終わらない 雪華シオン❄️🌸 @hosiuminagi1234
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