第7話 翼の解放と謎の青年
ラソン「リジェネ、下がれ」
リーヴェの姿が完全に見えなくなり、穴の前で屈みこむリジェネ。
その肩にラソンが手をのせる。
ラソン「とにかく今は、焦らず下に行く道を探そう」
リジェネ「…………はい」
二人は慎重に歩き出した。
リジェネ、ラソンがパーティから外れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
突如開いた大穴を落下していくリーヴェ。体勢を返しながら暗がりに目を凝らす。大分落ちた気がするが、まだ底が見えてこない。かなりの深さがあるようだ。
リーヴェ(このままでは……なんとかしなければ……)
何か捕まれそうなものはないかと手を伸ばす。だが空を掴むだけで何もない。落下速度もかなり出ている。このまま落下すれば、間違いなく即死かよくて重症だ。
こんな危機的状況の中で、リーヴェは精神の奥底に凪いだ空間を見つけた。その更に深いところに光るふしぎな感覚が存在し、直感がその光に手を伸ばせと訴えかけてくる。
リーヴェは考えるまでもなくソレに手を伸ばし、掴んだ。
途端、リーヴェの背から光り輝く真っ白なマナの翼が出現する。
同時に落下速度が落ちて全身がふわりと浮き上がる感覚がした。言うまでもなく浮遊、している。
リーヴェ「飛ん、でる……」
リーヴェ(助かった、のか?)
唖然としていると、上から帽子がパラシュートみたいにゆっくりと落ちてくる。リーヴェは降りてきた帽子をキャッチして被り直した。
下のほうを見てみれば、ぼんやりと小さな灯りが見える。
リーヴェ「あれは……くっ!」
もっとよく見ようとした瞬間、翼を中心に激しい痛みと息苦しさ、続いて翼の端から焼けるような感覚が襲ってきた。思わず胸を押さえるように強く握り込む。
とても長く浮いていられそうにない。でも、地上に降り立つまでは堪えなければ。
荒い呼吸を繰り返し、痛みに堪えながらゆっくりと降下していくと、次第に灯りの傍にこちらを見上げる人影が立っているのを視認した。
視界がぼやけそうになりはっきりと認識できないが、確かに人のようだった。
数分かけてようやく地面に降り立ったリーヴェ。翼をしまい、地に膝をついて呼吸を整える。かなり苦しかったが、倒れるまでには至らなかった。翼をしまった途端に苦痛が収まっていく。
一人分の足音と灯りが近づいてくる。
???「大丈夫か」
少しくぐもった、若い男の声だった。呼吸を落ち着けてから顔をあげる。
青年が手を差し伸べてきた。
リーヴェ「ありがとう」
???「…………」
リーヴェは改めて青年を見た。
身長はリーヴェより頭一つ分くらい高い。ハット帽を被り、顔の下半分を布で隠しているばかりか、全身のほとんどが衣服で見えない。
髪は黒く瞳は深紅で、わずかに見える肌はオークル。布との境から肌に硬質なモノがあると覗える。
服装は全体的に黒っぽく、手袋とロングケープを纏い、腰のベルトには矢筒と楕円三角型の変わったケースを下げている。左の中指には変わったデザインの指輪。右足にはレッグホルスターをつけ、中でも目立つのは肩から背負っているライフルリュックだった。
光源は、彼の肩辺りに30cmほどの柔らかく光る球が浮いている。
リーヴェ「私はリーヴェ・ディア・アルンセレフィア。君は」
???「ニクスだ。お前、この世界の住人じゃないな?」
リーヴェ「? ……ああ」
ニクス「……ひとつ忠告しておく。先ほどの翼、あまり使うな。見た感じ、なにかに拒絶反応を起こしていた」
リーヴェ「拒絶反応か。随分詳しいんだな」
ニクス「別に確証がある訳じゃない。似た反応をしていたというだけだ」
そういってニクスは立ち去ろうとする。リーヴェは慌てて彼を引き留めた。
リーヴェ「待て。この先は魔物が出るかもしれない、危険だ」
ニクス「問題ない。俺はこの先に用があるんだ」
リーヴェ「ならば私も同行して構わないか?」
連れがいて、彼らと合流するまででもとつけ足す。今の状況では、一人で行動するのは危険すぎる。
見たところ、ニクスは多少の戦闘経験がありそうだ。
ニクスがじっとリーヴェの全身を見つめ、そして。
ニクス「……勝手にしろ」
リーヴェ「恩にきる」
謎の青年ニクス(Lv14)が一時的に戦闘パーティに加わった。
リーヴェはニクスの後を追う形で歩き出した。
リーヴェとリジェネのスキル「
※注意、このスキルを使用すると戦闘やフィールドで飛行・浮遊が可能になります。ただし、使用中は徐々にHPが削られていきます。HP残量に気をつけて使いましょう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【タルシス辞典
この世界には状態異常という妨害ステータスが存在する。
その種類は、マヒ=行動不能、毒=継続HPダメージ、火傷=ガード不可状態、石化=戦闘継続不可、睡眠=行動停止、気絶=スキル解除、即死=瀕死、混乱=制御不能の8種類だ。
また、能力負荷という減退ステータスも存在し、攻撃力や防御力などの低下というものとは別に、一見して状態異常に見える分類のものが含まれている。それは、暗闇=命中率低下、呪い=治癒無効、衰弱=継続MPダメージと呼ばれているものだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
一方でリジェネ達は、別口から地下に降りてきていた。
奇妙なほどぽっかりと空いた空洞の道を、地下水脈と思しき水道が走っている。鍾乳石に近い鉱石こそないが、風景はまんま鍾乳洞のようだった。
天井から滴り落ちる水の音に混じって、何かの息遣いを彷彿させる声がどこからか聞こえてくる。魔物や生物の気配はまだしない。
ラソン「なんだか変な所に出てきちまったな」
リジェネ「…………」
ラソン「場所的にたぶん町の下辺りだと思うけど、なんでこんな空洞ができちまってるんだろうな」
リジェネ「姉さん……」
ラソン「あああっ!! もういい加減にしろよ」
リジェネが顔をあげてラソンを睨む。
ラソンは一瞬怯むが構わず大声をあげた。
ラソン「いくら心配したって、どうにもならないだろ」
リジェネ「そんなこと」
ラソン「ある。いくら記憶喪失だって、アイツはそう簡単にやられるタマじゃねーだろが」
いくら出会って日が浅くても、リーヴェが十分腕の立つ人物だとラソンは知っている。そりゃ、なにが潜んでいるかわからない所ではぐれて心配なのはわかる。だが―。
ラソン「落ち込む前にもっと周りをみろよ。うっかり見落としてたなんて洒落にならねーだろ?」
リジェネ「ラソンさん……ごめん。そう、だよね」
うん、僕もちゃんと探さなくては。そうリジェネは心を切り替える。
そう思い直した矢先。
リジェネ「あっ」
ラソン「どうした」
リジェネ「ラソンさん、あそこ。今なにか動いた」
ラソン「なに。よし、行こうぜ」
リジェネ「うん」
リジェネが示した方向へ、二人は勢いよく走りだした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リーヴェ達が地下を歩き回っている、ちょうどその頃。
シュバルツブルグの城内、円卓の間。
上品な赤紫色の絨毯が敷かれた広い空間。壁際には独特な絵画や、高値そうな壺などが飾られている。中央には大きな円卓が置かれ、その周囲をぐるりと囲む形で9つの席が配置されていた。
その内の6席にはすでに人が座っている。そして今、扉から入ってきた一人の女性が開いている席に着席した。
???「皆、揃ったか?」
円卓の中心から12時の方向に配置された、一つだけ装飾の違う豪奢な椅子に座っていた大男が厳かな声を発した。すると先ほど入ってきた女性が声をあげる。
女性「いいえ陛下。エルヴ郷とハレスティアーノ郷がおりませんわ」
金髪の男「へぇー、珍しいね。エルヴ郷が欠席だなんて。ハレスティアーノ郷は毎度のことだけど」
陛下「ふむ」
大男が円卓をぐるりと見まわす。
陛下と呼ばれたこの男、名をルシフェルス・ノブル・メノスシュッツァといった。頭部に太く長い角を2本生やし、爬虫類に似た尾と顎から下を鎧のような鱗が覆っている
次に円卓に座るメンバーを紹介しよう。
陛下から時計回りに、隻眼で顔に大きな傷のある和装の中年男性、アルフレド郷。名をアルフォード・デル・アルフレド。
その隣に座るのはコボル郷。全身を深い毛で覆われ、狼の頭部にモノクルをかけた初老の男性で、名をモアクコフ・コボル・ファンヌという
さらに隣は先ほど声をあげた女性デリス郷である。彼女は豊満な胸と美脚の麗しい桃色髪の
続いてデリス郷ばかりを見ている男ベリーニ郷。名はルーシル・ベリーニ。背中に大きな鳥のような翼を生やし、ターバンを巻いた顔や手にふしぎな模様のある
そして空席のエルヴ郷、ハレスティアーノ郷と続く。
空席2つを飛ばして次に座っているのは、蛇の瞳にメガネをかけた茶髪ポニーテールの女性ホッヴォ郷だ。彼女の種族は
そして最後に、見るからにチャラそうな
ひとまず、この場にいるのは以上である。
陛下「すでに既定の時間は過ぎておる。よってこれより定例会議を始める」
一同「御意」
陛下「まず手始めにコボル郷」
コボル郷「はっ」
呼ばれたコボル郷がゆっくりと起立し、礼をとる。
ホレスト郷を除き、皆の視線がコボル郷に集中する。
陛下「現在の首尾はどうか」
コボル郷「はい、順調でありまする。ここ数年の研究成果は目覚しく、現在は試験段階に入りましたぞ」
陛下「うむ、そのまま進めよ」
コボル郷「御意」
アルフレド郷「コボル郷。念のため、後日研究内容のレポートを提出しては貰えぬか」
コボル郷「そうですな。わかりました」
コボル郷が長い髭を撫でながらアルフレド郷に返答し、着席した。
陛下「例の計画のほうはどうなっておる」
アルフレド郷「はっ、その件に関してましては私からご説明致します」
陛下「申せ」
アルフレド郷は静かに承諾の意を示して話し始めた。
アルフレド郷「現在、我が軍は大規模作戦のため準備を進めております。進行状況においては、先遣部隊の派遣に成功。先方の内通者とは現在接触を試みております故、接触でき次第情報を共有。その後、作戦の第2段階へ移行致します」
デリス郷「ねえ、別働作戦のほうはどうなってるの~」
コボル郷「そちらは現在試験中じゃ」
デリス郷「そう」
爪の手入れをしながら気怠そうに質問してきたデリス郷にコボル郷が即答する。
そこに今まで静聴していたホッヴォ郷がバンッと円卓を叩きつけながら言い放つ。
ホッヴォ郷「ちょっとデリス郷。貴女、なんて態度でお二人に意見しているのよ!」
ホッヴォ郷(王の右腕であるアルフォード様に、あんな……なんて失礼な態度をっ……)
デリス郷「あら、別にいいじゃないの。相変わらずお堅い女ね」
ホッヴォ郷「なんですって! この淫魔」
デリス郷「いっ……貴女こそ、24にもなって殿方の一人も落とせない小娘のくせに!」
ベリーニ郷「まあまあ二人とも、ここは一旦落ち着いて」
二人「部外者は黙って!!」
ベリーニ「はい……」
互いに起立し口論する二人。止めに入ろうとしたベリーニ郷をあっさりと切り捨て話を続ける。
ホッヴォ郷「だいたい貴女は、いつも領地の男を侍らせて。見苦しいとは思わないの」
デリス郷「あ~ら、私は別に侍らせてなどおりませんわ。ただ周りにいて下さる殿方が皆お優しいだけですのよ。自分が殿方にモテないからって、誤解も甚だしいですわね」
ホッヴォ郷「…………っ」
無言で全身を奮い立たせるホッヴォ郷。今にも大爆発しそうだ。
厳かに始まった定例会議は、なぜか全く関係ない方向に脱線していく。
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