第8話 合流と翼の真実

 ホッヴォ郷は口を開きかけた瞬間、コホンッと咳払いが広間に響き渡る。アルフレド郷だ。

 口論していた二人の動きが止まり、無言でアルフレド郷のほうを向く。見れば彼は、武人らしい顔にくっきりと血管を浮き上がらせて睨んでいた。かなり怖い。

 二人はほぼ同時に小さな悲鳴を上げていた。


陛下「この場に相応しくない言動は控えよ」

二人「申し訳ございませんっ」


 二人が勢いよく、けれど品の良さを損なわないように頭を下げた。

 場は、再び緊張感のある静寂に包まれる。そこにようやく出番が来たかと言わんばかりの勢いで、ホレスト郷がなんとも言えないポーズをとりながら口を開いた。


ホレスト郷「ならば、そろそろボクの……」

コボル郷「そういえば、まだ別働作戦の詳細を報告しておらなんだの。アルフレド郷」

アルフレド郷「はい。では、引き続き別働作戦について報告させていただきます」

陛下「うむ」

ホレスト郷「お、お~い……」


 その後、アルフレド郷の口から別働作戦の内容と、今後の過程で必要とされる物資や情報、兵力などの話を経てこの定例会議は無事お開きとなった。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 リーヴェ達に再び視点は戻る。

 二人は現在、天然の迷路といった具合の狭い通路に来ていた。

 どうやら魔物が出没するエリアのようで、ここに至るまでに数度の接触があった。だが、戦闘になるまでもなく終了している。

 その理由は単純に魔物の数が少なかったことと―。


ニクス「止まれ」


 ニクスが手と口で小さく静止を促し、左手の指輪に手を伸ばした。

 後で気づいたことだが、この指輪は魔導具と呼ばれるもので石座部分に回転させられる部位があり、そこを捻って浮遊光源の強弱を調整する仕組みのようだった。


 ニクスが光源を消灯させ、リーヴェに現場待機を指示した後、静かに数歩ほど前進し隠れる。岩壁の間から素早く先を見据えて確認し、腰のケースから折りたたまれた弓を取り出した。

 音をたてることなく本体を伸ばし、弦輪の辺りにある装置で弦の調整を行い弓を構える。ここまで、実に十数秒の早業。乱れのない綺麗な構えだ。


ニクス「…………」


 シュッと矢を射る。放たれた矢はやや下のほうにいた魔物「タイニーモール」の急所を的確に打ち抜いた。どうやらこの先にそこそこ大きな段差があるようだ。

 続けざまにもう1匹仕留める。一撃できっちり息の根を止める辺りが達人っぽい。

 敵がいなくなったのか、ニクスが弓を片付ける。持って動き回るには少し大きいからだ。


リーヴェ「大した腕前だな。普段からそういう仕事を?」

ニクス「いや。護身だ」


 ここまでずっとやって来たのだろう。彼の動きには無駄がなく手慣れていた。おかげでこちらは戦闘せずに進める。

 敵の追加が来ないことを確認し、再び灯りをつける。ニクス自身は灯りがなくてもある程度は見えるようだったが、リーヴェのことを配慮してくれているのだろう。灯りを消しておく理由もない。


リーヴェ「ここはどの辺だろう」

リーヴェ(リジェネ達は無事だろうか)


 いや、彼らのほうが恐らく自分より戦い慣れているか。むしろリーヴェのほうが心配されている気がする。灯りを含め、荷物の大部分も二人が持っている。彼女自身、ニクスと出会わなければかなり厳しかったと感じていた。


ニクス「ん、これは……」

リーヴェ「ニクスっ」


 ニクスが地面に魔物が残したもの思われる奇妙な痕跡を発見し、リーヴェは進行先の通路付近にある物が落ちているのを発見した。ニクスもリーヴェの元に駆け寄り、彼女が見つけたものを確認する。

 それは、月桂樹の輪の中に鍵を抱えた鷲と王冠の紋章が装飾された抜身の短剣と微量の血痕だった。短剣の刃にも若干血の跡が残っていた。短剣をリーヴェが拾い上げ、ニクスは短剣の装飾を観察する。


ニクス「これは確か王家の紋章だな。どの国のものかまではわからんが、見覚えがある」

リーヴェ「おそらく仲間の物だ」

ニクス「間違いなのか」

リーヴェ「ああ。ラソンがこんな感じの物をもっていた……」


 しかし、今問題なのは短剣本体ではなく血痕のほうだ。短剣にも痕跡が残っているということは。

 嫌な予感が脳裏をよぎり、リーヴェは慌てて立ち上がる。


ニクス「待て。焦りは禁物だ」

リーヴェ「しかしっ」

ニクス「よく見ろ。残されている血痕は僅かで、短剣のモノは魔物の血だ。まず致命傷になるほどものではない」

リーヴェ「っ……」


 リーヴェはしばらく無言で考え、わかったと告げて短剣を大切に仕舞いこむ。

 リーヴェは王家の短剣を手に入れた。

 二人は焦らず慎重に、痕跡が残っている道を急いだ。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



ラソン「ケガ、大丈夫か」

リジェネ「はい。そちらのほうは……」

ラソン「とりあえず魔物の姿も気配もない」

リジェネ「そうですか」


 周辺警戒から急ぎ戻ってきたラソンは、岩陰に座るリジェネの傍に膝を折った。リジェネの右腕の傷を気遣う。かなり派手に切ったが傷自体は浅く、出血もそれほど酷くはなかった。あの状況では不幸中の幸いと言っていいだろう。


リジェネ「しかし、あの魔物はなんだったんでしょう」

ラソン「わかんね。オレもあんなのは初めて見た」


 と言ってもはっきりと覚えているわけではない。


 ほんの20分くらい前、二人は通路の奥で蠢くなにかを追っていた。

 少し開けた空間に出た矢先、暗がりに紛れていたタイニーモールとアングラードリザードの群れに襲われたのだ。群れの奥に、見たことのない大型の魔物もいた。


 どれも、地中深くにいるような魔物だ。その為か、地形の影響もあって地上ではそれほど脅威にならない奴らの動きについてけなかった。

 苦戦を強いられながらもなんとか善戦していたが、突如接近してきていた大型魔物の不意打ちを受けてリジェネが負傷。ラソンが咄嗟に懐の短剣を突き刺して怯ませ、なんとか隙をついて逃走したのだった。


ラソン「…………」

リジェネ「ラソンさん?」

ラソン「ん、ああ。なんでもねーよ」


 ラソンが手元に残った短剣の鞘を見て表情を曇らせる。


リジェネ「ごめんなさい。僕のせいで……大切な物、だったんですよね」

ラソン「別に。仲間の、人の命比べたらどうってことないさ」


 顔を伏せるリジェネ。ラソンが鞘をしまって笑顔を作った。

―ゴロッ。

 ふいに物音。二人の表情が一瞬でこわばった。魔物に気づかれたか。それともさっきの大型か。

 ラソンが武器に手をやりながら、リジェネに隠れているよう合図を送り、素早く通路脇に移動する。


ラソン「…………っ!」

リーヴェ「ラソンっ」

ラソン「お、オマエ」

リジェネ「え、姉さん?」


 こっそり成り行きを伺っていたリジェネも隠れるのをやめて顔を出した。リーヴェは二人の無事を確認し、ほぅと安堵の息を漏らす。だがすぐに、リジェネの怪我を見て血相を変える。


リーヴェ「リジェネ、その怪我」

リジェネ「大丈夫ですよ」

ラソン「一応の応急処置はしたが。悪い、大群に襲われた時とかに薬類をほとんど切らしちまってて」

リジェネ「仕方ないですよ。ここ、思ってたより魔物の数が多いですし」

ラソン「そっちはどうだったんだ」

リーヴェ「見て通り無事だ。魔物にもそれほど遭遇しなかった」


 リーヴェの報告を聞いて二人は安堵する。リーヴェがリジェネに治癒魔法をかけて傷を治し、安心できたところで二人の視線が背後のニクスへと向かった。


ラソン「ところで、ソイツは?」

リーヴェ「ああ、落ちた先で知り合ったニクスだ。かなり腕が立つ」


 リジェネとラソンがニクスに自己紹介をする。ニクスも短くそれに答えた。

 周囲を警戒しているのか、返事も淡白で素っ気ない。口数の少なさは同行していた時からだが、重要なことは話してくれていた。質問にも、触りがない程度には答えてくれた。目的については話してくれなかったが。

 互いに情報交換をする。


リジェネ「ええ、翼を使ったんですか!?」

リーヴェ「緊急だったんでな」

リジェネ「それで、身体は。平気なんですか」

リーヴェ「今はなんともないが、直後は……」


 リーヴェはニクスに言われた言葉も踏まえてリジェネに伝えた。なにが原因なのか、心当たりがないかと意見を求める。


リジェネ「多分、この世界の環境に問題があるんだと思います」

リーヴェ「それは、どういうことだ」


 リジェネの感覚では、この地上界の空気中に漂うマナに若干の違和感があるという。なんとなく、居心地が良くないといった感じなのだそうだ。

 言われてみれば、リーヴェも言葉にできない気持ち悪さのようなものをずっと感じていた。


 リジェネも、こちら来たに当初は翼を使うこともあったらしく、その時もリーヴェと同じように激痛と息苦しさ、そして翼が端から溶けていくような感覚を味わった。少なくとも、天空界にいた時にはなかったことだ。

 そこにラソンが翼に関して疑問を投げかけてきたが、この時は回答を少し待って欲しいと頼んで話を切った。続けて大型の魔物の話題が出ると、それまで静かだったニクスが顔色を変えた。


ニクス「そいつはどんな奴だ。どこへ行った」

ラソン「姿をはっきり見た訳じゃねーよ。けど、丸い獣っぽかったな。場所まではわかんねー」

リジェネ「僕達、逃げるのに必死で」

ニクス「そうか……だが、特徴的に奴か……」


 最後のほうの言葉小さくて聞き取れなかった。なにやら一人で思案している様子だ。その様子に首を傾げる一行。


リーヴェ「さて、今後の方針だが」

ラソン「結局、地震の原因はなんなんだろうな」

リジェネ「魔物はいますけど、地震を起こすような感じではないですしね」

ラソン「アイツらは普段からこの辺にいるような奴らだぜ? さすがにそりゃねーだろ」

ニクス「なんだ。お前達も同じ目的か」


 ニクスが突然会話に割って入り、気になることを言ってきた。全員の視線が再びニクスに向く。


リーヴェ「ニクス、地震の原因を知ってるのか?」

ニクス「検討はついている。お前らが遭遇したという大型の魔物だ」

ラソン「アイツか……」

リジェネ「手強そうでしたよ。戦うんですか」


 リジェネの足が少し震えている。未知の敵を想像し、この場が沈黙した。

 そんな中で、ニクスは岩陰に移動してリュックの中から拳銃を含めた数ある銃の内、小振りの狩猟銃を取り出して調整を始めた。彼の銃はどれもマナを用いつつも、弾丸を込めて使う構造になっている。


 ただ、弾丸には必ずしも火薬がいるものばかりではなく、マナによって着火させるものもあった。明らかに、地上界の一般的な銃とは違っていた。

 彼の銃にラソンが興味を示す。


ラソン「あん? 珍しい、銃だな。変わった形だし、細長い。どこの国のだ?」

ニクス「………………」


 答える気はないようだ。ラソンも察してか、それ以上はなにも言わない。

 ニクスは無言で銃の状態を確認し、弾倉などの在庫を調整してリュックを背負い直す。狩猟銃は装備したままだ。弓よりは小振りだし、このまま持ち歩くつもりのようだ。誤射、暴発が起きないように注意を払いながら携帯している。


ニクス「おい、行く気がないなら俺は別行動するが」


 どうする、と彼の視線が問いかけてくる。

 リーヴェ達は互いに視線をかわし、各々覚悟を決めた。


リーヴェ「我々も、行く」

ニクス「わかった」


 リジェネとラソンがパーティに合流した。

 4人は足並みをそろえて、さらに奥を目指した。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 【サブエピソード06  寡黙な狙撃手と弱点特攻】


ニクス(キールショット!!)

ラソン「すっげ。一撃で倒した」


 発砲された特殊な弾が、HPがほぼMaxのタイニーモール1体を瞬殺した。

 着弾と同時に移動し、持ち替えた弓でリーヴェを囲む複数のモールらに向けて矢を放つ。


ニクス(レインアロー)

リーヴェ「っ、助かる。はあぁぁ!」


 密集していた為に矢の雨の直撃を食らってしまったモールらが怯んだ。その隙をリーヴェが斬り込む。

 ニクスのベルトは武器の持ち替えにも対応できるようになっているようで、攻撃バリエーションが実に自在だ。おまけにリーヴェよりも素早い。武器の総重量は、おそらく彼が一番のはずだが全くものともしていない。


 戦闘はニクスの参加であっという間に終了した。

 リーヴェがLv10になった。スキル「リカバリー」を習得。

 リジェネがLv11になった。ラソンがLv12になった。

 後続の確認を済ませ、ラソンとリジェネが真っ先にニクスへ駆け寄る。リーヴェもその後に続いた。


ラソン「さっきのホントすごかったな」

リジェネ「一撃でしたね」

ニクス「…………」


 ニクスは弓をしまい、銃のセーフティを確認してから二人に顔を向けた。

 

 ニクスのクラスは技巧力で威力を出すタイプで、スキルには魔物の種族などに応じて弱点特攻の効果がある攻撃技や、妨害を行えるものが揃っていた。

 先ほど彼が使っていた「キールショット」はそのうちの一つで、最初から習得しているスキルでありながら、「攻撃対象となった魔物に合わせた弱点攻撃に変化する」特殊な弾を打ち出すものだった。そのため敵の強さによっては一撃で倒せるが、クリティカルは発生しないようになっている。

 「レインアロー」は普通に範囲攻撃だ。単発の威力もそれほど高くない。


リーヴェ「本当に凄腕だな。敵の攻撃も普通にかわしてたし」

リジェネ「確かに、姉さんと同じくらい身軽ですよね」

ラソン「どっちかっていうと、ニクスのほうがちょい早かないか」

リジェネ「そうですか?」

ニクス「……はぁ」

リーヴェ「二人ともその辺に。ニクスが呆れてるぞ」


 二人が一斉に口を閉じた。

 別に呆れているわけではない、とニクスは内心思っていたが口に出すこともない。一気に賑やかになって疲れているニクスに、言い返すだけの余力も執着もなかった。



        ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

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