第3話 風の王国と鷲精使いの剣士
アジェヌ渓谷の北東に位置する「農村 アンベム」にたどり着いた二人。
色とりどりの田畑が広がり、すぐ近くに森や川がある小さいが豊かな村だ。
村のいたるところに風車が立ち並び、家屋も赤や茶のレンガ造り。麦などの畑や放牧されている動物もいる。渓谷も近いが川が間に流れているので、そこに住む凶暴な獣や魔物が村に来ることもほとんどない。村のいたるところには緑や青や、黄の光が漂っている。
村人A「ふあぁぁ。さーて、今日も一日がんばっとすっか」
そう言って建物の中から村人が出てきた。あくびをかきながら水瓶の元まで行き顔を洗う。
時刻はどうやら朝のようだが、辺りは相変わらず真っ暗だ。空を見上げても、一向に陽が射す気配がない。リーヴェはふと感じた疑問をリジェネに伝える。すると彼から意外な一言が返ってきた。
リジェネ「残念だけど光は射さない。20年前に太陽と月が消えてしまったので」
リーヴェ「太陽が消えた?」
リジェネ「うん。僕たちの世界と一緒にね。だからほら、この空には星がない。ここから見える星は天空界のマナの輝きだったから……」
リーヴェ「…………」
もう一度、空を見上げる。真っ黒だ。雲以外は何も見えなかった。「朝」という言葉と明るいイメージが自分の中にあるから、リジェネの言っていることが事実だと信じられる。
リーヴェはすーっと深呼吸をして、顔を拭いている村人に話しかけた。
リーヴェ「あの、すみません。この辺りのことを教えていただけませんか」
村人A「ん? なんだ、旅人さんか。ここら辺は初めてなのかい?」
リーヴェ「ええ、まぁ」
村人A「そうかそうか。ここはムートリーフ王国の外れにある農村 アンベムさ」
リーヴェ「ムートリーフ王国……」
村人A「ああ。王都はここからずっと南東にある」
頭にまったく地図が浮かんでこないリーヴェが混乱していると、今度は村人がかわりに質問してきた。
村人A「そういえば、キミたち変わった格好してるけど、どこから来たんだい」
リジェネ「えっと、ここからずっと北の……奥地かな」
村人の質問にはリジェネが答えた。村人は得心が言ったように表情が晴れる。
村人A「ああ、道理で。あの辺りは一風変わった連中が住んでるらしいからね」
リジェネ「あはは……そうなんですよ」
リジェネ(よかった。北に少数民族がいるって習てて)
まさか、こんなところで王宮で学んだ知識が役立つとは。身を守る為とはいえ、村人に対して少し罪悪感を感じるリジェネ。これ以上この村人から話を聞くとボロが出そうだったので、村人に礼を言い、未だ考え込んでいるリーヴェの背を押して移動する。
一先ず、村の中心にある井戸の前まで来てほっと息を吐くリジェネ。ずっと思考を手繰り寄せていたリーヴェが、観念した様子でリジェネに声をかけた。
リーヴェ「なぁ、ムートリーフ王国って知ってるか」
リジェネ「そりゃあ、地上界の東にある4大国の一つだって程度には知ってますけど」
リーヴェ「4大国……4大国。ああ、だんだん思い出してきた」
リーヴェ(確か、『風と勇気の国』と言われているんだったか)
少しぼんやりとしてはいるが、日常的な内容の記憶は割と思い出せるようだ。
それを知ったリジェネも少し安心した顔をしている。本当に心配してくれているんだな、と素直に感じ取れた。彼の態度や言葉、表情に嘘偽りがないという確信がなぜかリーヴェにはあった。警戒はまだ必要だが良い子のようだ。少しずつでも信じてみよう。
村人に話を聞いて回ること数時間。地上界の事を一通りみたが、わかったことはそう多くはなかった。
最近各地で物騒な事が起きているらしい事。中でも村人達が一番気にかかっているのは、魔物が異常に増えて且つ狂暴化していることだった。
個人的にはこの地上界の地図が欲しかったが、どうやらこの村には売られていないらしい。村人にそのあたりを聞くと、王都に行く通り道に町があり、そこに行くまでの道順も教えてくれた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【サブエピソード02 改めまして】
出発を翌朝に決め、魔物から得た資金で食料や回復薬など最低限必要とされる準備を終えた二人。
リーヴェが唐突に足を止める。
リーヴェ「リジェネ……ありがとう」
リジェネ「姉さん? 急にどうしたんですか」
リーヴェ「いや。助けてもらったうえ、成り行きでもここまで同行して貰ってたのに礼がまだだと思って」
リジェネ「ええぇ、だってそれば僕が勝手にやったことですし、それに……」
リーヴェ「私が姉だからか? だが、それは礼を言わない理由にはならないだろう」
もう一度、今度は頭を下げてリーヴェは礼を伝えた。
どこかむず痒いのか、落ち着かなのか、恥ずかしい……照れているのかわからない感じにアタフタと動くリジェネ。その仕草がちょっとかわいい。
まだ動揺が収まっていない様子のリジェネに、少し申し訳なさそうな調子で話を続ける。
リーヴェ「リジェネ、どうかこの先も行動を共にしては貰えないだろうか」
正直言って、土地勘がないこの状態で一人は不安すぎた。記憶も所々抜けている……ようだし、ぼやけている部分も多い。魔物などの脅威だってある。彼がいると非常に心強いのだが。
先ほどまで動揺していたリジェネも、落ち着きを取り戻して向き直る。
リジェネ「はい、一緒に行きましょう。僕、姉さんと一緒に行きたいです」
リジェネ(ごめんなさい、姉さん。僕は、絶対に姉さんの傍を離れるわけにはいかないんです)
リーヴェ「ありがとう。これからも、よろしく頼む」
リジェネ「もちろんです。僕は、この先どんなことになっても姉さんの味方ですから」
ほんの一瞬、リジェネの表情に陰りが差した気がしたが、すぐに元の様子に戻った彼が宿に行くよう促してきたので今は追及しないことにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【タルシス辞典 プロフィール編】
名前 リジェネ・ディア・アルンセレフィア
性別 男 身長 176.8cm 体重 65.2kg 年齢 15歳(人間で換算すると150歳) 左利き
職業 竜騎士(ドラゴンナイト) 種族 天空人(セルフィーラ) - 天翼人種(セラフィテス) 初登場時レベル Lv1
リーヴェの実弟。アルンフィア王国の王家では唯一直系の第3王子。
魔法は使えないが竜に騎乗するかを選択でき、槍と短剣を装備できる火力型騎士タイプ。
騎乗することで機動力が底上げされる。攻撃力と防御力が特に高く、クリティカルが出やすいぞ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌日、二人は「プリムーラ丘陵」という場所に来ていた。確認した時刻は昼頃。
一面を青々と茂る草が風に揺られて波うち、緩やかな傾斜の丘がいくつも続いている。見晴らしがよくて草も短いので、魔物が来ればすぐに見つけられそうだ。最も暗いので、それほど遠くまでは見えないが。
リジェネ「あの、姉さん……」
リーヴェ「どうした。何か見つけたか?」
リジェネ「いえ、そうではなくて……その……」
何やら言いづらそうに口をもごもごしている。
そういえば昨日、宿に入ったあたりからリジェネの様子がおかしかった。どうしたのかと聞いても、何でもないとしか言わず結局わからず仕舞いだったが。
数秒迷った後、意を決した様子でリジェネが口を開く。
リジェネ「姉さん! 僕、姉さんに大事な話が……」
動物の声『キィィィ―、キィィ』
リジェネの言葉を遮るように、上空から猛禽類の太くて甲高い声が降ってきた。
見上げれば、両翼を広げた青緑色の鳥影がポツリと見える。鳥影は淡く発光している為、暗がりでもはっきりと認識できる。鳥は何かを訴えるようにしきりに鳴きながら、一点を旋回し続けていた。
リーヴェ「なんだ?」
リジェネ「姉さん、あそこっ。今なにか光った」
リーヴェはリジェネの指さす方角を凝視する。また光った。金属がぶつかるような音も微かに聞こえてくる。
リーヴェ「人が襲われているのかもしれない。行くぞ!」
リジェネ「はいっ」
丘陵の中間地点で丹色の髪の少年が、黒狼の魔物「ガラーウルフ」の群れに襲われていた。
少年の手には身の丈ほどもある大剣が握られている。右手の甲には何やら光るモノがあり、呼応するように明滅を繰り返していた。
鍛えられていても何処か細い腕で、かなりの重量があるだろう大剣を軽々と振り回している。
少年「くそっ、コイツらもっと山のほうにいる奴じゃねーか。なんで、こうウジャウジャいやがんだよ」
少年(さすがにこの数、ちょっとヤバいぜ)
暗くて全体は把握できないが、かなりの数がいるのは気配でわかる。
しかも、皆かなり気が立っていて逃げる隙もない。もとから大人しい魔物ではなかったが。
魔物「ガウッ」
少年「あまい」
―キンッ、フン。
正面から飛びかかってきたガラーウルフを刃で受け、体重がかかっている間に振り上げる。
軽く宙に浮いたウルフを突いてとどめを刺し、近寄ってきたもう1体をそのまま横に薙いで斬り裂く。体勢を整える一瞬をついて数頭が突っ込んでくる。が、そこに上空から急降下してくる影が1つ。
鷲『キィ―』
青緑色の鷲が翼を羽ばたかせて突風をおこし、敵の突進を妨害した。魔物が一旦距離をおく。
少年「クライス、サンキュー」
クライスと呼ばれた鷲が、答えるように短く鳴いた。
クライスに一旦上がるように指示し、少年は剣を構える。彼には上空からの周辺警戒も頼んである。それに妖精であるクライスは、もとからそれほど打たれ強くはない。あまり無茶はさせられない。
敵と真っ向から対峙するのは自分の役目だ。
少年(しっかし、どうする。全然減ってる気がしねぇー)
クライス『キィィィ―、キィィ』
少年「どうしたクライス。人か?」
少年(ヤベェな。行商か、旅人か)
いずれにしろ不味い状況だ。この数の魔物、一部でもそっちに行ってしまったら対処しきれない。なにか、一気に片付けるか牽制する方法を模索しなければ。
クライスの警戒声が徐々に増していく。確実に近づいている。声の感じからして、人で間違いはないようだ。ただ、いつもとちょっと違う感じも混ざっているが、こっちはよくわからない。
少年「こうなったらやるしかない」
これはまだ未完成で成功した事がなく、大きな隙ができるから使いたくはなかったが仕方がない。少年は大剣を地面に突き刺し、右の甲につけている青緑色の宝石に手をかざした。
目を閉じ、瞑想に入ろうとしたその時―。
リジェネ「伏せて」
少年「へ? オワッ」
背後からいきなり声がかかり、振り向くと大きな白い塊がすごい速度で向かってくる。
驚いて反射的に姿勢を低くすると、その上を低空飛行していた何かが通り抜けていった。飛行物体は勢いのままに魔物へ突進し、刃のように鋭く硬い両翼で手前にいた十数頭を一掃していく。
再び上昇していく時に速度が緩み、塊の正体が白龍だとはっきり視認できた。
少年「スッゲー、初めて見た」
リーヴェ「無事か? 加勢する」
少年「ありがとう。助かる」
リジェネ「姉さん、明かりを」
リーヴェ「ああ」
上空からかかる声にリーヴェは答え、球を抱えるような形で手を合わせ詠唱を始める。
すかさず少年がリーヴェの前に立ち剣を構えた。茂みが不自然にガサガサと鳴っている。
リーヴェ「‐閃光よ。その輝きをもって闇を照らせ‐ ブリッツ・クーゲル!」
リーヴェの手の中に光球が生まれ、それを頭上に放り投げる。
数秒後に光がいっそう強く輝き、辺り一面を明るく照らし出した。その後光球は弾けて周囲に散らばり、その場で浮遊する小さな光の玉が配置される。魔物の姿と残った総数が光に照らされて露になった。
どうやら大部分はさっきの突進であらかた片づいたようだ。残り5・6頭程しかいない。
少年「お、結構少ないな。これならなんとかやれそうだ」
リーヴェ「敵影を確認。一気に倒すぞ」
二人「おう」
妖精使いの剣士が戦闘に加わった。
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