第3.5話 補足・後づけ

 ようやく農村アンベムに到着した日の夜。

 宿屋内でリジェネと別れ、自分に割り当てられた部屋の扉を開くリーヴェ。小さな音を立てて扉を閉め、脱力してそっと背を扉に預けもたれ掛かる。


リーヴェ「ふぅ……」

リーヴェ(今日はいろいろあったな)


 というか、あり過ぎた。

 気がついたら知らない場所にいて、山賊に襲われ、今度は弟だという少年が現れる。これでもかってくらいに起き過ぎだ。疲れで身体が重い。リーヴェはもたれた姿勢のままズルズルと座り込む。下は土足床だが構ってられない。


リーヴェ(だいたい、私はなぜあそこに居たんだ。彼が言ったことは本当なのか?)


 自分の名前もそうだが、弟だというなら記憶にないのはなぜだろう。いや、まったくない訳ではない。記憶を手繰れば、それらしい人物の姿が脳裏に浮かぶ。けど、まるで水にぬれて画材がにじんだ絵画を見ているようだった。モザイクがかかっていると言ってもいい。


リーヴェ「それだけじゃない……私は……」


 リーヴェは座ったまま膝を抱えれた。その手が、腕が、全身が小刻みに震えている。顔を膝にうずめて、心中に呟く。


リーヴェ(人を……殺した)


 状況が状況で結果的にそうなってしまった。手加減などしている余裕はなかった。これは恐怖だ。残された記憶をまさぐっても、人と戦ったという事実は山賊戦より過去にない。

 対人戦は、リーヴェにとってあの時が初めてだったのだ。

 道中はリジェネがいたので、リーヴェは記憶を失って戸惑ってしているだけを装った。いや、実際に記憶がないと知り動揺はしていたが。年下だという彼も、いろいろ重なって疲れているだろう。これは、自分で耐えなければならないことだ。



 部屋に入ってたっぷりと時間が過ぎた頃。


リーヴェ「よしっ」


 わざと声に出して気合を入れながら立ち上がる。とりあえず吹っ切れた。多分、もう大丈夫だ。リーヴェは服に着いた汚れを払い落とす。

 まずはここでの情報を集めよう。1人ではないのだから、きっとなんとかなるはずだ。


リーヴェ「今日はもう遅い。明日に備えて休もう」


 リーヴェは少しだけ早く就寝した。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 【村人達が見たもの】

 リーヴェ達が村に来る前のことだ。

 この日もまた、暖かくてのどかな日常だった。確かにここ最近物騒な話も飛び交っているが、村の住人達がすることは変わらない。畑の管理をし、家畜の世話をする。1日のほとんどを土や飼い葉にまみれて過ごしていた。

 そんな、いつもとなんら変わりのない昼下がりのことだった。


女性「あんた、あんたっ」

男性「ん、なんだ?」


 鍬を片手に作業をしていた男性が声の主を振り返る。近くで野菜の世話をしていた妻だ。

 男性は汗を首にかけていた手拭いで拭いながら妻の傍まで歩み寄ると、彼女は驚いた顔で空を見上げているではないか。指でなにかを示していたのでそちらを見てみると――。


男性「な、なんだぁありゃ」

女性「さあ、あたしにもわからないよ」


 2人が見上げた空の向こうには、羽ばたく鳥ような白い生き物の姿あった。距離が離れているので小鳥くらいの大きさに見えるが、たぶん相当に大きな生物だろう。ひょっとしたら馬くらいあるかもしれない。

 しかも、奇妙なことにその白い鳥には足が4本もあった。まさかと思って目を凝らす男性。やっぱり4本見える。あんな生物は生まれて初めてだ。なんという生き物なんだろうか、というか本当に生物か?


 2人の周囲で畑仕事をしていた村人も、次々と空を見上げて声をあげた。誰も彼もが、驚愕と困惑を隠せないでいる。皆、これほど珍妙なものを見たのは初めてなのだ。


女性「こりゃ、不吉の前触れかねぇ」

男性「おい、バカなことを言うもんじゃねっ」

女性「そうだね。これ以上何かあっちゃ困るよ」


 誰かが「仕事に戻るべ」と皆に呼び掛けた。作業に戻っていく村人達。

 男性も作業に戻ろうと歩き出し、もう一度空を見上げた。小さな白い姿は、翼を羽ばたかせてゆっくりと北の方へ飛んでいく――。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 【タルシス辞典  クラスについて】

 この世界の住民にはクラスと呼ばれる役割がある。

 戦闘スタイルと言っていいもので、クラスとは別に職業を持つ者も少なくない。あくまでも戦闘に関係する立場を現した分類であると認識しよう。

 汎用的なものから専用のものまで種類は豊富。同じクラスでも、習得スキルに若干の差異が生じる事さえある。大まかな特徴はあれど、個人の能力に宿る可能性は幅広いぞ。※もちろん、すべての住民に当てはまるとは限りません。



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