第2話 私の名は……
少年「はあぁぁぁ――!!」
???「すごい……」
注目を集めるような凄まじい迫力で槍を振るう少年に一瞬圧倒される。山賊らも怯んだ様子を見せるも、すぐに立て直し切りかかってくる。
山賊D「オラァァァッ」
???「くっ……せいっ」
山賊B「へっ、後ろがガラ空きだぜ」
最初の攻撃を剣で受け、弾き返す。だが、間髪入れずに背後からもう1人が迫った。反応が一瞬遅れる。
???「クレセント・ソニック!!」
山賊B「が、はっ……」
???「えっ」
今、なにか出た。考えるよりも早く、半身の体勢から振り向きざまに真空波のような剣撃を繰り出していた。
おまけに脳裏を貫いた何事かを叫んでしまった。今の攻撃の名前、みたいなものだろうか。不思議な程に身体が覚えている。
少年「姉さん、気を抜いてはダメだ」
???「っ……」
少年「
呆然としていた???を狙ってきた数人を、槍の横薙一閃で吹っ飛ばす。
少年の一声で気を引き戻した???も、剣を構え直して戦闘を再開するのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
山賊との戦闘は、ものの数分くらいで決着がついた。人数こそ多かったが、一人ひとりの戦闘力はさほど高くなかったのだ。多少の時間がかかったとはいえ、動きの洗練された二人の敵ではない。
剣を鞘に納めて深い息を吐きだす。少年の方も、槍を折りたたんで腰につけた専用のケースに収めていた。槍をしまった状態だと、まるで普通の剣士のようである。少年が嬉々として???に駆け寄った。
少年「姉さん、怪我とかしてないですか?」
???「え、ああ。……大丈夫だ」
言いながら、少年は???の全身をくまなく確認して表情を緩める。
少年「本当? よかったぁ。でも、無事に見つけられてよかったよ」
???「もしかして、探してたのか? 私を?」
少年「当り前じゃない。姉弟なんですから」
???「あの、さっきから気になってたんだが……姉弟って」
少年「えっ」
少年が目を見開いて硬直した。???は戸惑いながらも、先程から胸につっかえている疑問を問いかけた。
???「い、いや。だから、その……そもそも、君は誰だ?」
少年「…………」
???「あ、えーっと」
???(どうしたらいいのだろう)
まったく反応がない。放心しているようだ。
まさか、これほど驚くとは。という事は、本当に近しい間柄、「弟」なのか?
だがもしそうなら、なぜ自分は彼のことを何一つ覚えていないんだ。記憶喪失? いやいや、普通に会話できているし、今の今までそれ程の不自由を感じた覚えはない。思考もはっきりしている。
そこまでいって、いったん少年の状態に思考を引き戻した。呆然と突っ立ているままの彼の方が今は問題だろう。とにかく、なんとかしなければ。
???「あの、君、大丈夫か」
遠慮がちにポンポンと頬を叩いてみる。命の恩人ではあるが、よくわからない相手だけにあまり無茶ができずにいると――。
少年「うああぁぁ!」
???「ひぁっ」
急に我に返ったようでいきなり大声を上げるものだから、???も驚いて反射的に後退ってしまう。思わず右手を腰に佩いた剣柄にまでそえていて、危うく抜刀してしまうところだった。
少年「はっ。ごめんなさい、姉さん」
???「……別に大丈夫だが、何がどうしたというんだ?」
少々及び腰になりつつもそう言ってやると、少年も少し案した様子で一つ咳ばらいをして真剣な面持ちになった。
少年「ああ、そうだね。じゃあ、まず確認させて」
???「うん」
少年「姉さん、本当に僕の事を知らないの?」
???「知らないな」
少年「まったく?」
???「ああ」
少年「なら、自分の名前はどうですか?」
???「……………」
アレ? 言われてみれば、今の今まで気にも留めていなかったが、まるで覚えていない事に気づいた。しかし、いったいいつから。目覚めた時には既に覚えていなかった気もする。
少年が脱力したように、いったん天を仰ぐ。だが、すぐに気を取り直して姿勢を正した。
少年「わかりました。では、最初から説明しますね」
???「よろしく頼む」
少年「はい。まず、貴女の名前はリーヴェ。リーヴェ・ディア・アルンセレフィアです」
リーヴェ「リーヴェ……それが私の名前……」
少年「そう。で、僕の名前はリジェネ・ディア・アルンセレフィア。貴女の実弟です」
リーヴェ「血の繋がりが?」
リジェネ「ちゃんとあるよ」
リーヴェ「そう、なんだ」
やはりピンとはこない。改めて少年の姿をしっかりと見据えた。
リーヴェの髪と同じ澄んだアイスブルーの髪と桔梗色の瞳。セミロングくらいの髪を後ろで一つに束ねていた。肌はリーヴェより少し濃いが、顔立ちはどことなく似ている。身長も彼の方が少し高かった。白桃色の上着と紫のズボンの上に軽装ながらも鎧をまとい、両耳の上辺りに翼を模した飾りをつけていた。
彼の様子はいたって真面目で、嘘をついているとは思えなかあった。平然と人を騙す人もいると聞いたことがある気もするが、彼がそういう類の人種には全く思えない。けれど。
信じて良いものかと微妙な視線を送ってしまう彼女に、リジェネは気にした様子もなく服の下からゴソゴソと何かを取り出している。
リジェネ「うーん。どの程度かにもよりますが、記憶がないんじゃあどう証明したらいいか……」
リーヴェ「…………」
そう言って彼は、懐からこった細工のペンダント取り出して見せた。ここら一帯をふわふわ漂う光にペンダントが照らし出される。星型の中にハート葉のクローバーがあり、中央に十字型の水晶が輝いていた。特殊な金属でできたソレには、細部に細かな模様が彫り込まれている。
ペンダントを注視して、リーヴェははっとした。まったく同じ細工の物を、自分も首から下げていたからだ。なぜ同じような物を持ち、これが何を意味しているのかはわからないが、自分にとって大切なものであるような気がした。
これが何だ、という視線をリジェネに向けた。もっともだろう、と頷いてリジェネが答える。
リジェネ「これはですね、僕たちの国の、ある一族を示す紋章なんだよ」
リーヴェ「ある一族?」
なぜ「ある一族」などともったいぶる必要があるのか。そう言外に訴えてくる彼女に、少年はどこか言いづらそうな素振りをみせた。控えめな声でぼそりと言う。「王族」と。曖昧な記憶しかなくても、王族が何かくらいは知っていた。
当然驚きはしたが、なぜ口籠ったのかと問うと、彼は「20年も前に滅びた国だから」だと答えた。王族と名乗ったところで、それを証明する国がないのだと。
リーヴェ「他にはないのか?」
リジェネ「後は翼くらいしか。でも、ごめんなさい。今は見せられないです」
リーヴェ「なぜだ」
リジェネ「危険だから、かな」
何が危険だというんだ。自分の記憶に残っている翼はそんなものではなかったはずだ。曖昧な言い方をしたのも気になる。だが、それ以上の詮索はするなと言わんばかりに、リジェネは強引に話を進めた。
彼曰く、二人は天空人(セラフィーラ)という人種で、今いる地上界とちょうど向かい合って存在していた天空界=ガルセフィアの出身だというのだ。
中でもマナの翼は王族だけがもち、
翼を見せるが危険というのは、どうも今は話す気がないらしく何度聞いても言いよどむばかりだ。
気持ちを切れ変えて現在地についてを聞いてみると、どうやらここは「アジェヌ渓谷」という所で、渓谷を抜けた少し北に小さな村があるとの事だ。口ぶりからして、彼も地上界の事をあまり詳しくは知らない様子だった。これでは情報を得るためにも、その村に行く必要があるだろう。
まだ疑問は尽きなかったが、とにかく二人は村を目的地に決め、歩き出した。
リジェネが正式に仲間になった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【タルシス辞典 プロフィール編】
名前 リーヴェ・ディア・アルンセレフィア
性別 女 身長 160.5cm 体重 48.6kg 年齢 17歳(人間で換算すると170歳) 右利き
クラス
ある大切な責務を担う、アルンウィア王国の王家直系の第1王女。男装の麗人。
治癒と光系の魔法が使え、剣の他に拳銃も装備できる。俊敏力と精神力のステータスが特に高い。
魔法攻撃に強い反面、防御力とHPは低めなので過信は禁物。魔法のほうが得意な魔法戦士タイプ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【サブエピソード01 治癒魔法】
村への道中、リジェネが思い出したように話し出した。足を緩め、振り返る。
リジェネ「そういえば……さっきの戦闘で姉さん、『魔法』を全然使ってなかったですよね。使い方、忘れちゃいましたか?」
リーヴェ「魔法? 『クレセント・ソニック』とは違うのか?」
リジェネ「それは技です。僕と違って姉さんは、技とは別に魔法が使えます」
最も、今のレベルじゃあ強力なものは使えない、と付け加えた。今の二人はレベル2だ。山賊との戦いでお互いレベルアップしている。考えてみれば、今の自分自身の詳細な状態を把握していないことに気付いた。魔法とやらが使えれば、やはり今後有利になるのだろうか。
リーヴェ「ちなみに、私はどんな魔法が使えるんだ」
リジェネ「えっ、聖天魔法だけど……実際に使ってみたらわかるんじゃないかな」
リジェネ(多分)
言われてリーヴェは眉根を寄せた。
リーヴェ「使えと言われても、どうやるんだ」
リジェネ「うっ。魔法は僕の専門外で、聞きかじりになりますけど……確か、瞑想するんだよ」
リーヴェ「瞑想」
なぜだろう。知っている気がする。立ち止まって目を閉じ、呼吸を落ち着かせ、全身から余分な力を抜き、意識を集中させた。脳裏の闇の中に、何かが浮かび上がってくる。リーヴェの様子を見て、リジェネは昔宮廷の魔法師や神官から聞いたことを助言する。
リジェネ「心が鎮まり集中力と精神力が高まってくると、体内のマナがその時の術者のイメージに沿って術の知識と結びつき、特定の形を示してくる筈です。図形や言葉が浮かんでこないですか?」
リーヴェ「浮かんでくる」
リジェネ「集中力と精神力を一定に安定させながら、言葉なら唱えて、文字や図形なら描いて下さい。無事に終えることができれば発動するはずです」
リーヴェは「癒しの光よ、我がもとに集え」と唱えた。言霊に呼応して彼女の身体よりあふれた光と、周囲から集まってきた光とが溶け合う。
リーヴェ「エルステヒルフェ」
詠唱が終わると光は、尾を引いて宙を舞い、リーヴェを優しく包み込んだ。光が身体に溶け合うにつれ、先の戦闘でついた傷がみるみる治っていく。目を開けた時には全ての傷が完治していた。同時に僅かな倦怠感を感じた。
魔法としては初級で回復量も多くはなかったが、今のリーヴェ達には十分な効力を発揮していた。
リジェネ「よかった。身体はちゃんと覚えてたみたいですね。でも、魔法や技はマナを使いますから気を付けて下さい」
リーヴェ「マナ?」
リジェネ「マナは全てのモノに宿る神秘の力。霊力とか、魔力とか言われてて、その辺を漂ってる光もそうです」
さらにマナには六つの種類があるようで、色によって見分けることができるらしい。その種類は色別に、赤=炎、青=水、緑=風、黄=地、白=光、黒=闇の性質を持っていた。この渓谷を漂っているのは青と黄の光がほとんどだ。
リーヴェ「ならば、マナがないと技や魔法が使えないということか」
リジェネ「そうなるね。でもマナは生命力とかと結びつく性質があるから、戦闘中でも少しずつ回復していくよ」
つまり、使い過ぎなければ枯渇しないということだ。
一通りのレクチャーを終えた頃、都合よく前方に白いネズミの
リジェネ「そうだ。魔法は自分以外の対象にも効果が発揮されるから、フォローもよろしくお願いします!」
リーヴェ「了解した」
互いに頷き合い、二人は魔物目掛けて駆けだした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
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