神樹編 

第1話 記憶喪失

 ここは11柱の神々が創りし惑星「タルシス」。

 外装世界タル・テソスと、内包世界シス・ラキエと呼ばれる天地に、4つの異なる世界が共存している惑星だ。4つの異なる文化をもった世界は互いの領域を侵す事なく、世界の外に世界がある事を知る者は非常に少なかった。


 すべての世界に共通して存在するエネルギー「マナ」。多くのモノの源として使われる「マナ」は、マナの母木から生まれて世界をめぐり、惑星の中心へと収束することでこの惑星世界は保たれていた。



 ※「小説家になろう」では、ここに挿絵があります。

 画像のURL https://33352.mitemin.net/i476473/

(「みてみん」にて、挿絵タイトル「【挿絵01】惑星タルシス地図(補足版)」です)



 4つの世界には、それぞれ異なる発展と進化を遂げた『人類』が存在していた。

 我々「地球人」と何ら変わらない寿命や身体能力であり、優れた技術力と妖精の存在と力に助けらて暮らす地上界の人々「地上人アーシィアン」。

 神々の末裔といわれ、身体の成長が遅く美しい容姿をもつ、マナの扱いに長けた争いを知らない天空界の人々「天空人セルフィーラ」。


 男女の概念がなく、成熟した状態のマナの身体をもって生まれ、6属性の王の元で継承を繰り返して生きる精霊界の人々「精霊人ニームファン」。

 身体の成長が早く、高い身体能力と角や尾などの異形の姿が混じった姿をもち、ある目的から負の活力を求める好戦的な暗黒界の人々「暗黒人イヴ‐オグル」である。


 創造神の手から離れ、長き年月にわたり続いてきた平穏。

 だが、20年程前の事だ。地上界=シュピッツヘイムを照らしていた「太陽」と「月」が忽然と姿を消した。

 むろん消滅当初の混乱は凄まじいものだったが、魔法や妖精などに慣れ親しんだ人々は、やがてこの異常事態にすら寛容になっていった。



           ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    



 一面に広がる炎。神殿を思わせる白い石造りの建造物も、正円形に建ち並んでいたであろう街並みも、そのすべてが瓦礫と化していた。街の上空に浮いている真白な祭壇つきの広間も崩壊寸前だ。

 舞台程の広さをもった祭壇の上から眼下を見下ろし、荒廃した街並みをくまなく眺めまわして不気味な笑みを口元に浮かべた。

 手には実態があるのかさえ定かではない大きな鎌。陽炎のように輪郭が揺らいでいる真っ黒なソレは、体勢を崩しそうな程に確かな重みがあった。


???『クックククッ……滅べ、滅びて、しま……え』


 雑音の入り混じった若い女性の声。胸の内から沸々と沸き起こる衝動と、得体のしれない気配。本能に似た快楽に突き動かされ、高揚し、愉悦に浸りながら暴れ狂う。何かが壊れる度に、壊すごとに、歓喜と悲愴の混在した笑い声が発せられる。


 ――嫌。

 自分じゃないみたいだ。


???『お前さえいなければ……消えろ、消えろっ』

 ――やめて。


 削り取られていく。確実に、何かが。まるで現実味のない不安定な意識の中で、ぼんやりと響く声を「私」はただ傍聴していた。


???『あぁぁ……』


 狂気を帯びた眼差しを上へ上へと這わし、遥か天空の一点にひときわ強く輝く光を見つける。まるで太陽のように眩い光の塊は、不穏な何かを感じ取ったかの如く明滅しており、太陽を支えるように伸びる柱は今にも消えそうな程か細くなっていた。


 ――ダメ。それだけは。


 視界に捉えたモノが何か、「私」は知っている。とても馴染みのある、大切なものだ。不意に脳裏を過った考えに、直感が明らかな拒絶と警鐘を鳴らしていた。


???『…………』


 探し物を見つけたとばかりに目を見開き、歯が見える程口角を上げ、崩壊を加速させるくらいに祭壇を踏み切って……飛んだ。天空の輝きが近づいていく。間近まで迫ると、手に持った重みにめいいっぱい力を込めた。


 ――いやぁぁぁぁっ!



           ☆    ☆    ☆    ☆    ☆   



???「うっ……ン……っ」


 爆発でも浴びたかのような閃光に視界を占領され、???は飛び起きた。

 夜風があたり、額や背中が汗で濡れているのがわかる。澄んだアイスブルーの髪が風に揺れ、サファイアのように深い蒼の瞳と透き通る白い肌が、夜闇に浮かぶ蛍火に似た光に照らされて美しい。

 怖い夢を見た所為か、思わず辺りを一巡見して、ほっと息をつく。


???「夢、か」


 なんともリアルな悪夢だった。いや、そもそも「本当に夢だったのか」と思える程、鮮明で実感があり、まるで実際に見てきたかのようだ。

 もう一度、周囲を見回す。誰もいない。かなり人気のない場所に自分はいるようだ。そもそも自分は、ここで何をしていたのだろう。


 すぐそばにベレー帽に似た形状の蒼い帽子が落ちていた。神秘的な白い刺繍が淵をぐるりと飾った上品な帽子だ。どうやら倒れた時に落とした物のようだ。帽子を拾ってシニヨンにまとめた長い髪がすっぽりと収まるように被る。

 立ち上がって土埃を払い、身体の状態を一通り確かめる。立ち上がった時、一瞬胸元の何かがきらりと光った。


 ???は瞳の色と同じ深い蒼を基調とした縦襟で袖裾の長い上衣を纏い、白いフードつき外套マントとズボン、革製の長靴と、腰には何かを固定する為の金具がついたベルトを身に着けていた。

 中性的な顔立ちと美麗で華奢な体格。服装や凛々しい立ち姿の印象はまるで王子様だ。


 ???は長い睫毛を微かに伏せて思案する。現在地に関する情報は記憶にない。どうやら外のようだし、地面は硬い岩肌のようだ。今は夜なのか、視界も随分と暗い。ここはどこだ?


???(……ダメだ、まったく思い出せない)

???「ん?」


 水の音がする。流れがある音のようだ。川があるのか、と思い音のほうに近づいてみると、いきなり靴底に触れる感触が消えた。身体が下へ引き寄せられる。


???「えっ? おわぁぁ!」


 短い悲鳴を上げ、崖から落下しかける。が、寸でところで崖端を掴み、身軽な所作で勢いよく身体を持ち上げて落下を免れた。思いのほか身体能力は高いようだ。

 ひとまず安堵感が胸を満たす。今のは危なかった。

 下には川があるようだけど、音の聴こえ方からしてかなりの高度がありそうだし水の流れも速そうだ。一歩間違ったら怪我では済まなかったことだろう。


???(まさか、訳も分からない所で早くも死にかけるとは思わなかった)


 ここが危険地帯かもしれないと、???は肝に銘じようと感じた。

 さて、と一拍おいてこの場所の探索を開始する。本来であれば、明るくなるまでじっとしているべきだが、???にはなぜか「待つだけ無駄だ」という直感めいた感覚があった。

 ゆっくりと確かめながら歩みを進める。ここが何処だか知る為にも、まずは人のいる場所に行かなければならないと思ったからだ。

 暗い視界の中、ゴツゴツとした岩群に足を取られつつも、何とか崖を回避しながら下を目指した。



 しばらく歩き続けていると、不意に不自然な物音がした。嫌な予感がする。


???(獣、か? ……いや)


 これは、人の気配だ。そう直感が知らせてくる。しかも複数の気配と一緒に金属音。武装しているのか? だとしたらマズい。なぜならば、???は武器を何一つ所持してはいなかったからだ。どうする。逃げるか。だが、何処へ? そもそも逃げ切れそうか?

 考えがまとまらない。そうこうしている内に足音は近づき、???の周囲を取り囲むように柄の悪い連中が姿を現した。身なりからして山賊だと推測できる。


山賊A「よぉ、綺麗な兄ちゃん。そんなひょろっちぃ格好でここいらを歩いてっと危ねぇぜぇ?」

山賊B「そうだぜぇ。ここは坊ちゃんみてぇなのが、1人で来るようなトコじゃねぇんだよ」

山賊C「まっ、運が悪かったと諦めるんだな。……て、アレ? オマエ……」


 ニヤニヤと近づいてくる男どもの1人が、怪訝そうに目を凝らした。手に持っていた松明を???に寄せる。突然向けられた明かりに目を細め、???は唇を歪ませた。


???「くっ」


 こんなに接近されていては逃げるのは無理か。人数はともかく、山賊達は自分より体格がいいのは辛うじて見える。周りの地形も覚束ないうえにそばには崖、相手は大なり小なり武器を所持している。

 仮に武器を所持していたとしても、そもそも自分が戦えるのかも怪しい。戦闘という選択肢は難しい状況だ。何とか隙をついて逃げられれば……。


山賊B「おい、どうした」

山賊C「いや……コイツ」

山賊A「なにボヤッとしてる。早くとっつかまえろ!」

山賊達『へいっ』


 そう言って、山賊たちは一斉に飛びかかってきた。


???(今だっ)


 力いっぱいに地面を踏み、距離を詰めてきた山賊の合間を走り抜ける。飛びかかってきた何人かが激突する音を背後に聞き、振り向かずにそのまま脱兎の如く夜の闇を突き進んだ。怒声を上げて追いかけてくる音が聞こえる。まだ諦めてはいないようだ。


 それとは別に、???の心中は軽い驚きを覚えていた。動く。自分が思っていたよりも軽やかに身体が反応するのが分かった。真っ暗な悪路も、なんとか躓かずに走れている。

 崖の一件でもそうだったが、以外と自分の身体は身軽だったようだ。これなら、いけるかもしれない。耳が、目が、全身が、比較的安全な足場を導き出してくれる。五感の感度も結構いいようだ。


???(そろそろ、撒けたか?)


 速度を緩めて背後の様子を窺う。闇に慣れてきた視界に人影は見えず、気配も感じられなかった。足音や金属音も聞こえない。大分距離を離せたのだろうか、と辺りを探っていると、背後から音もなく腕が伸びて???を捕らえた。


???「うぐっ」

山賊C「へへっ、よーやく捕まえたぜ」


 しまった。いつの間にか回り込まれていたのか。どうやらコイツら、相当な土地勘があるらしい。木陰や物陰からゾロゾロと山賊連中が集まってきた。さっきよりも人数が多い。隠れて様子を見ていたか、増援を呼んだか。どっちにしろ、武器を持たずに1人でどうにかできる人数ではなかった。万事急須か。


山賊C「こっ、お、お、お」

???「…………」


 ん? なんだか???を捕らえている男の様子がおかしい。そっと視線だけを向けてみると、頬を僅かに赤らめて狼狽する男の顔が見えた。なんだ、この反応は。自分はまだ何もしてないぞ。

 すると、仲間の異変に気づいた連中の1人が声を上げた。


山賊D「お前、なんつぅー顔してんだ。なんかされたのか?」

山賊C「あ、い……いや。こ、コイツッ」


 何故そんなに慌てているのか、連中はおろか???にもわからなかった。先程も変な反応を見せていたが、何かの作戦だろうか。だが、心なしか拘束が緩んできたような気がする。


???(どうも引っかかるが、気にしている時ではないな)


 そう気持ちを切り替え、???は肘打ちを食らわせて男の足を踏みつけ、悲鳴を上げよろめいたところに回し蹴りを食らわせた。腕から逃れ、一気に連中から距離を取って包囲の薄いほうに逃げ込む。

 しかし、すぐに足を止めることになった。向かった先にあったのは崖だったからだ。高い。さすがに飛び降りて逃げるのは無理だ。


???(こうなったら戦うしか。何か、武器になりそうなものは……)

山賊A「どうやら、今度こそお終ぇみたいだなぁ」

山賊E「いい加減諦めて、身ぐるみ剥されろ?」

???「ふん、誰がっ」


 白々しい笑みを浮かべて虚勢を張るが、正直打つ手が思いつかない。背中に叩きつけられる突風が、この状況を嘲笑っているかのようだ。


人の声「…………っ」

???「えっ」


 ???は目を見開いた。風に乗って誰かの叫びが聞こえた気がしたからだ。なぜだか、とても懐かしいと感じる声が。

 微かなその声を空耳かと思いかけた瞬間、背後の崖下から翼のある大きな影が躍り出た。同時にはっきりと響き渡る少年の声。


少年「姉さんっ」


 突然の闖入者に驚く一同。???はゆっくりと背後を仰ぎ見る。そこには、2・3m程の白い竜に跨って飛翔する少年騎士の姿があった。


???(……誰?)


 まったく覚えのない顔だ。今、「姉」と言ったのか? 

 「姉」とは、やはり自分の事だろうか。ダメだ、まるで実感がない。大急ぎで何度も思い返してみるが、名前すら知らない少年でしかなかった。


 でも、なぜだろう。怪しいはずなのに、不思議と少年に対する警戒心が湧いてこなかった。

 混乱のあまりに???が動けずにいると、白龍に跨っていた少年がひょいっと両者の間に飛び降りた。???を守るように山賊へ槍を構える。


少年「姉さん、コレを!」


 少年が背を向けたまま、???に持っていた美しい装飾の片手剣を差し出してくる。

 ???は武器「白翼のプラチナソード」を手に入れた。

 疑問は尽きなかったが、とりあえず剣を受け取り鞘から引き抜く。右手でぎゅっと握りしめると、想像以上に手に馴染むのがわかった。

 2人のやり取りで正気に戻ったらしい山賊が敵意をにじませる。僅かな沈黙の後、少年と山賊は勢いよく刃を交えた。


少年「姉さん。大丈夫? 戦える?」

???「あ、ああ」


 棒立ちだった彼女の様子に気づいた少年が声をかけた。我に返った???も顔立ちを新たに剣を構える。不思議なくらい身体が次の行動を知っているかのように動く。今なら戦えそうな気がした。

 戦闘メンバーに槍使いの少年が加わった。

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