第10話 姫様について気づいたこと

 ※ユーリ視点


 俺が護衛の騎士団をボッコボコにし、姫様に腕を木っ端微塵に爆破されて死にかけ、泣かせてしまった罪滅ぼしに猪肉を振る舞った日から約一週間。


 今日は魔王軍が来る日だった。


 いつもなら正午までに森のどこかで狼煙が上がり、それを見つけた守衛が俺を呼びに来る。


 けれど待てど暮らせど守衛は来なかった。


 あの爆発に巻き込まれた四天王候補、イアルの身を案じてみるものの特に出来ることもなく、俺は家事に没頭する。


 その結果俺の作業は実に捗った。掃除も食事の準備も家財道具の手入れもその他の雑事も早々に終わり、俺は暇を持て余していた。


 そのまま正午を迎え、今日の襲撃はないなと判断した俺は退屈しのぎに村をうろつくことにした。





 今日は姫様が来てから約一週間でもある。


 その間少なくない回数顔を合わせたり姿を見かけたりする中で、印象に残る発見がいくつかあった。


 例えば、姫様があっさりと村になじんでしまったということもその一つだ。



 てっきり姫様と言う生き物は護衛の騎士やら貴族の男やらお付きの執事やらを引き連れて下々の人間を見下し、高笑いを残して去って行くような、ろくでもない存在だと思っていた。


 けれど最小限の騎士を少し離れた場所に控えさせる姫様は牧場や畑の中にも自ら立ち入って、いろんな人の話を聞いていた。


 村の人間は最初こそ敬遠するような態度を取っていたものの、やがて自ら進んで声を掛けるようになった。


 村人の心をつかんだ要因はたぶん三つある。そのどれもが単純な話だった。



 まず可愛い。


 黙っていればその美しい造形と儚げな雰囲気が見る者に強い印象を残す金髪の姫君だった。


 なのだけれど、言葉を交わしてころころと表情を変えるたびに年相応の可愛らしさが顔を出すのだ。


 その変化に野郎どもはもれなくやられてしまったようだった。


 にやけ面で姫様に手を振るオッサンたちの後ろでフライパンや農具をもって仁王立ちする奥さんたちの姿を見かけたのは一度や二度ではなかった。


 もっとも、その後で女性たちと話をすると、これまたもれなく好意的な印象を残しているようで、道すがら果物や焼き菓子を受け取っていたりすることもしばしばだった。



 次に聞き上手。


 積極的に何事かを主張するタイプでないことは話してみればすぐに分かる。


 だから基本的に姫様は質問に徹するのだけれど、ある程度の話を聞くと話題の要点を絶妙に掠めるような、一番話したいことを吐き出させるような問いを投げかけるのだ。


 その問いに野郎どもはもれなくやられてしまったようだった。


 喋り過ぎて喉を枯らしてしまったというオッサンもいたけれど、単なる酒やけなので少しは控えろと思う。


 もっとも、姫様の問いは何も男性にのみ向けられるものではなく、結構長いこと共に語らうオバちゃんたちも多かった。


 けれど不思議と喉を枯らしたという話を聞いたことがない。単に喋り過ぎなので少しは控えろと思う。



 そして何より、危なっかしい。


 初対面で腕を爆破された後、何が原因だったのかを探るために何十回も死にかけた自分が言うのだから間違いなく危険人物ではある。


 それを差し引いてもなお見る者を不安にさせるのだ。


 がんばっているのは見れば分かる。けれどぬかるみに足を取られて動けなくなっていたり、動物に不用意に近づいて吠えられては涙を浮かべていたりするのだ。


 本人以上に護衛の騎士たちが落ち着かない様子で姫様の様子を見守っていることが多かった。


 騎士たちは持ち回りで姫様の護衛を務めていた。


 けれど、全員揃って行う訓練と言うものがあるらしくたまに護衛につくことのできない時間帯が発生する。


 そんな時には騎士団長が、初対面でぼこすかに伸してしまったこちらの弱みに訴えかけるように姫様の警護を依頼してくるのだった。


 かくして姫様の奇行を目にする機会が増えた俺は、今日もまたその予兆を捉えていた。





 ラスボスが教師を務める学校の校庭では子供たちが謎の泡を宙に浮かべていた。


 石鹸の溶液を使っているようには見えないので、きっと魔法で生み出したのだろう。ラスボスは宴会芸を仕込んでいるのかも知れない。


 そこに何故か姫様も混ざっていた。


 顔を真っ赤にしながら泡を生み出したものの、その大きさは子供たちのそれに及ばないものだった。


 「姫様がんば!」


 「そこでぐっとしてぷあーってすると大きくなるんだって! 何で分かんないかな……」


 「つーか姫様大したことないんじゃねーの? もっとやれるはずだろ!」


 姫様は子供たちの親が聞いたら肝を冷やすだろう声援を受けていた。


 問題になる前に子供たちを止めようと俺が近づくと、姫様はイライラしたのだろうか、ひくひくと笑い始める。


 「……分かりました。もっとやれるところを見せましょう」


 そう言って一人の男の子の前に姫様が立つ。


 そいつは近所では有名なガキ大将気取りで、年上相手に歯向かってはあと一歩及ばず叩きのめされていたり、魔獣に戦いを挑んで死体を持ち帰ってきては全身の怪我で親を心配させたりしている、生傷の堪えない子供だった。


 「その傷痛そうですね?」


 「何だよ……これ位全然痛くねえし……」


 強がる子供に姫様が手をかざすと瞬く間に全身のカサブタが色を変えていき、間もなくぼろぼろと剥がれ落ちる。


 「うおーすげー! 全然痛くねえ!」


 全身ピカピカの肌に生まれ変わった男の子が感極まったように叫んだ。子供たちのどよめきが姫様を包む。


 全然痛くないんじゃなかったのか……と指摘する子は誰もいない。姫様もそうだった。得意げに子供たちを見回している。


 「どうですか? 私もこれ位できるんです」


 「よくできました姫様!」


 「だよな! なんか胸にぐーっときたぜ! 意外とやるじゃん」


 「つーか姫様本気出してなかったんじゃねーの? まだ隠してんだろ!」


 「その通り、もう一つ得意な魔法があります」


 次に姫様は先ほどから励ましの言葉を掛けていた女の子に手をかざして強化魔法を付与すると、近くに転がっていた小石を握らせた。


 「この石をあっちに投げてくれませんか?」


 姫様が指さした方、つまりは森の上空へと女の子は腕の力しか使わない不格好な投げ方で石を放り投げた。


 か弱い女の子の手を離れた石は強弓から放たれた矢のように美しい放物線を宙に描いて彼方へと消えていく。


 女の子は自分の手をまじまじと見つめている。その子を周囲の子供たちが呆気に取られて見ていた。


 「ええええ、ウソでしょ!?」


 女の子たちが困惑している。


 「うおーーー! すげーよ!」


 男の子たちが興奮していた。


 「これが強化魔法です! 見直してくださいましたか?」


 そして姫様が腰に手を当てて胸を張ると、彼女の周囲は興奮のるつぼと化した。

 子供たちの称賛の声を一身に浴びてますます気分を良くした姫様が言った。


 「ふふふふふ……実はもう一つとっておきがあるのです! 皆さんよく見てて……」


 「やめろ」


 さすがに看過できずに俺は姫様の頭を軽く叩いた。


 「……痛いです。何するんですかユーリさん」


 その場にしゃがみ込んだまま恨めしそうに振り返る姫様は、たまたま足元を歩いていただけの無辜の野良猫に両手を伸ばしていた。


 「……爆破しようとしたろ」


 「……してません」


 「猫見るたびに泣くぞこいつら」


 「……ごめんなさい」


 観念した姫様がずれた眼鏡を直しながら立ち上がる。謝罪は口にしたものの、胸中の不満がありありとうかがえた。


 見ての通り、この姫様は危なっかしいのだ。


 それにしても機嫌を損ねたままというのは問題があった。どうしよう。


 「……ま、いいけどな。そんで頭叩いた詫びじゃないが昼飯に猪肉の料理を試作したんだ。良ければ食べに……」


 「本当ですか? 絶対行きます!」


 瞬く間に機嫌を直した姫様はラスボスを呼びに校舎の中へと駆けていった。


 食欲が旺盛。


 それは姫様について気づいたことの中で最も意外なことだった。

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