第9話 ラスボスさんの表と裏
護衛の騎士団を返り討ちにされ、私の存在意義ともいえる切り札を完璧に見抜かれ、この世のものとは思えない美食でもてなされた末に村にとどまることを決めた日から一週間が経とうとしています。
その間に分かったことがいくつかありました。
ラスボスさんはすごい方ですが、ユーリさんに飼育されています。
村人の方たちの生活を見学する私たちが目にするラスボスさんは表向き、天才を育てた教師の名に相応しい振る舞いを見せていました。
生徒たちの学習進度に合わせて専属指導を行っているのは、魔法でラスボスさんが作り出した手乗りサイズのゴーレムです。
奇抜な衣装を身に纏う、美男美女を象ったのだろうそのゴーレムは人語を解し、思考し、子供たちと会話をしながら教科書の内容を丁寧に解説しています。
「フィギュアがそんなに珍しいかの?」
『ふぃぎゅあ』と呼ばれるゴーレムが珍しい、といえばその通りです。ただ、その名前自体が相当に珍しいのだということにラスボスさんは一向に気づかないようです。
「教えると言っても、教材だけ用意してしまえばフィギュアたちに喋らせるだけじゃ。楽なもんじゃろ?」
ラスボスさんはそう言っていくつもの教室を巡回し、時々子供たちと簡単な会話をしながら時間を過ごしていました。
たった一人で子供たち全員の指導ができるのはこのゴーレムたちの活躍によるものなのですね、と納得するのですが、そんなゴーレムにもできないことがありました。
魔法の実演です。
正午前に生徒たちを空き地に集めたラスボスさんは火・水・土・風の基本四属性の魔法だけでなく、治癒、強化、果ては浄化術や呪術までもを鼻歌交じりに披露します。
「……今日は土魔法と風魔法、水魔法を同時に使ってみようかの。よく見ておくのじゃ!」
そう言うなりその場でくるりと一回転したラスボスさんの周囲には淡い虹色の光を反射させる大小の泡が現れました。そよぐ風に吹かれてふわふわと空中を漂います。
「これが私の一発げ……得意魔法、『いきなりシャボン』じゃ」
「うおおお、すげー!」
「せんせー、それ何の役に立つんですかー?」
「役に立つわけないじゃろ。フワフワして人を驚かせるだけじゃ」
魔法技術の見地からすると、ラスボスさんのしている事は詠唱や魔法陣の補助なしでの三属性同時発動という高等技術です。
ただ、本人の言う通り何の役にも立たなそうな魔法です。それに『しゃぼん』とは……ツッコむのも面倒になってきました。
「やってみたいというのなら教えてやろう。どうじゃ、立候補する奴はおるかの」
子供たちは我先にと手をあげます。私も参加したくはあるのですが、気恥ずかしいので我慢します。
それから十分も経たないうちに、やり方を教わっていた子供の一人が、小さいながらも空中にいびつな泡を作り出しました。
吹き抜けた風に数秒と持たずそれは散らされてしまいましたが、私の目の前には小さな先駆者の誕生を喜び、コツを聞き出そうとする子供たちの姿がありました。
そうこうしているうちに魔法の練習はラスボスさんの手を離れ、子供たち同士の遊びの研究へと姿を変えていきます。
私の研究者魂も俄かにうずき始めました。
「……あー、腹が減ったのう……」
子供たちの様子を眺めながらおなかを抑えるラスボスさんの力は、確かに騎士団の皆さんが警戒するに値するだけの底知れなさを感じさせるものでした。
◆
そんなラスボスさんはしかし、自宅に戻るなり人格が変わったようにだらけ始めます。
「あの……お邪魔します」
「……ただいまー、うあー……ユーリ、今日の昼ごはんは何かの」
「干し肉のサンドイッチだな。テーブルの上に……」
「うぇー……干し肉ぅ? カピカピの肉を挟んでも旨いわけないじゃろ……」
「騙されたと思って食べてみろって、こないだの水属性の猪肉を……」
「いただきます! ……やっぱり美味しい、干し肉なのに燻製みたいに柔らかいです!」
「ああああああああ! こやつ私より先に食べおったぁ!」
お腹が空いていた私はテーブルの上に置かれていた『さんどいっち』に飛びつき、早速舌鼓を打ちました。
先を越されたラスボスさんはぷんぷんしながら私の頬を引っ張ります。
「
痛みに耐えながらも『さんどいっち』を手放さない私からラスボスさんはむしり取るように一切れ奪い、かみ砕くようにがっつきます。
その後、着ている服をその辺に脱ぎ捨ててあっという間に下着と『きゃみそーる』だけの姿になると『じゃーじ』という地味な長ズボンに足を通して部屋の角に吊るされた『はんもっく』の上に寝転びました。
「うあーー、快適じゃあ……」
「だから服を脱ぎ散らかすなって……姫様がいるんだぞ」
冷たく目を細めながら散らかった衣服を拾い集めるユーリさんの言葉に、ラスボスさんは何かを考え、やがて頷きました。
「……そうじゃな、姫様にはここらでちゃんと言っておかねばの」
「……何ですか?」
真っ赤になっているだろう自分の頬をさすりながら、私は二切れ目のサンドイッチを掴みます。
「古い伝承の中にの、『七つの大罪』という言葉があるんじゃ」
真剣な口調でした。『さんどいっち』と甲乙つけがたいくらいに興味深い言葉でもありました。
「……初めて聞きます」
「傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰……七つの死に至る罪、人に罪を犯させる感情のことなのじゃが……」
「その大罪、というのがどうかしたのですか?」
「……私は全部持っておる」
「…………」
サンドイッチをくわえようとしていた私は謎の緊張感に口を半開きにしたまま、息を止めました。
「深刻に捉えなくていいぞ。エラソーで欲しがりで嫉妬深くて怒りっぽくてエロくて食いしん坊な怠け者……要するにラスボスはダメ人間なんだよ」
「うむ。じゃから私のご飯に手を付けるのはやめておくことじゃ。私の感情が爆発するやもしれんのでの」
「……分かりましたが……胸張って言うことですか?」
「変に隠して善人ぶるよりはマシじゃろ。何なら『大罪の化身』と呼んでも……いや、やっぱ眠い。私は寝るのじゃ……ふあぁ……」
ラスボスさんはろくでもない異名を誇らしげに自称すると、すぐに睡眠欲に負けて『はんもっく』によじ登ります。
自由過ぎる振る舞いに戸惑いを隠せない私に、ユーリさんが小さな声で同意を求めました。
「な? 深刻にとらえるだけ無駄だろ?」
何となく納得した私は、こくりと頷きました。
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