第5話 ~かくして運命の幕と激戦の狼煙は上がり~
「な……何をやっているんだ奴はぁ!?」
京香のヒステリックな叫びが司令室に響く。
“奴”とは、もちろんアーバロンのことである。
状況は衛星からの拡大映像で逐一把握していた。
そしてアーバロンが発進してから今この瞬間までに、想定外の事態が三つ起こっていた。
ひとつ目は、アーバロンの飛行速度が事前の予測値を大きく上回り、先行していたGF隊を追い抜いてしまったこと。
これはアーバロンの運用テストを──その存在の機密性ゆえに──バーチャル・シミュレーション以外でいっさい行っていなかったことに起因する。
かのロボットに搭載している飛行用エンジン自体の試運転は、既存の航空機に紛れ込むという手段で充分に積んではいるものの、ロボットに組み込んだのち、実際にどれほどの性能を発揮するかについては未知数だった。
機械の性能に関しては慎重派な美麻の意向もあって、かなり厳しめの予想値が立てられていたというのもある。
二つ目の想定外は、怪獣が地上に出現した直後、一種の休眠状態に陥ったことだ。
ただ、これについてはむしろ「予想を裏切ってくれて、ありがとう」と誰もが心中で礼を述べた。
理由は定かではないが、
そもそも怪獣という生命体が未知の塊である以上、予想外もなにもあったものではないのだが。
そして三つ目の想定外──これが今、目の前(の画面(の遙か向こう))で起こっている事態だった。
怪獣が地上での活動を開始した瞬間、抜群ともいうべきタイミングで現場に到着したアーバロンであったが、最初に取った行動は、あろうことか“スライティング土下座”。撃破対象の目の前に身体を投げ出し、砕かれたビルの破片を自ら浴びにいったのだ。
「致し方ありますまい」
「いや、お前絶対に仕方ないと思ってないだろ。全部それで済ますな」
「これは手厳しい。私はただ、現場での判断についてはすべてアーバロン自身に委ねられている以上、彼がそう行動したのなら、我々の気付かない、そうするべき理由が現場にあるということを言いたいだけです」
「長い! それを“致し方ありますまい”でまとめるなと言うんだ! しかし、理由か……技術主任」
インカムで格納庫の美麻を呼んだ。
「はい、京香さん。状況はこちらのモニターで把握してます」
「お前の意見が聞きたい」
「あの、ちょっと言いにくいんですが……」
「なんだ? まさかアーバロンはマゾだとでもいうのか?」
「え?」
「え?」
「いやいやいや。それはないです京香さん。どう考えたらそんな発想が出来るんですか?」
「う、うるさい! お前が言いにくいと言ったから、ちょっとそう思ってしまっただけだ! 忘れろ! それより、いったい何なんだ? もったいぶるな」
「あ、はい。その、衛星から映像だと見えにくいんですが、多分、アーバロンの下に……」
巨大な鉄の眼と、小さな人の眼が、見つめ合っていた。
それも束の間、市民が無事だと分かると、アーバロンは身体を起こした。
背中に乗っていたコンクリートの塊がバラバラと落ち、快晴の周囲で灰色の砂塵を立ち昇らせる。
(ロボット……本物の……)
鋼鉄の巨人が起き上がってゆく姿に、快晴はただただ圧倒された。
怪獣だけでも信じがたいというのに、それと同等のサイズを持った夢の兵器の登場である。
(え、ホントに夢? これ現実?)
そう疑うのも無理はない。
本当はさっきの自転車事故で自分は死んでしまい、魂が身体を離れて、この不思議な世界に転生してしまったのでは…………
大怪獣とスーパーロボット──もしかすると、ここはお正月マンガ祭り、ヒーロー映画二本立ての世界!?
これで魔法少女がいれば完璧である。
快晴は辺りを見回して、可愛いヒロインを探した。
残念ながら、いない。
景色も、快晴が慣れ親しんだ現実の街だ。
なんてことをやっている間に、アーバロンは二本の脚で大地を踏みしめ、怪獣を見据えた。
──ゴゥン。
全身から響いてくる音は、排気音か駆動音か。
だが、快晴にはそれが、ロボットの“声”であるように聞こえた。
「あれです! アーバロンの両脚の間を拡大してください!」
司令室に伝わった美麻の声で、オペレーターが即座に衛星カメラの映像を捜査する。
それは、最新の画素数と解析機能によって、衛星軌道上からでもそもそも鮮明に映し出された。
「あ!」
誰もが息を呑んだ。
青年──逃げ遅れた民間人だ。
「やっぱり。アーバロンはこの人をかばって……!」
驚くと同時に、美麻の表情はどこか誇らしげだ。
「付近の自衛隊に連絡!」
京香の叫びが司令室に響く。
「──いや、警察でもレスキュー隊でもなんでもいい。早急に救助させろ!」
格納庫にいる美麻とは対照的に、その顔からは焦燥がうかがえる。
「ええい、まさかあえて被弾してまで人命救助を優先するとは……!」
冷酷にも聞こえる苦々しげなその言葉は、インカムを切った上で吐き出された。
それとは対照的に、格納庫の美麻は今にも快哉を上げんばかり面持ちで、壁面のモニターを凝視していた。
「ええ、そう……そうよアーバロン。それでいいの。それでこそ、あなたは
怪獣が咆吼した。
突如現れた、自分と同等の大きさを持つ存在に、闘争本能を
それに対して、アーバロンは泰然とした構えから、静かに右腕を前へとかざす。
どう見てもパンチの届く距離ではない。
快晴が不思議に思った直後だった。
ゴウ──ッ!
アーバロンの右腕の肘関節から炎が吹き上がり、突風が快晴の身体を包む。
鋼鉄の拳が飛んだ。
「え──!?」
快晴が驚いた瞬間には、それは空を裂いて怪獣の顔面を撃った。
──ギュアァ!
悲鳴を上げて怪獣が倒れた。
(飛んだ──!)
快晴は目を剥いた。
ロボの前腕が肘を離れ、ロケットのように発射されたのだ。
そして怪獣を殴り倒した腕は、まるで生き物のように空中で逆進し、もとの肘へと帰還した。
(間違いない! あれは──ッ!)
快晴の脳裏に、スーパーロボットヒーローの代名詞ともいうべき超兵器の名が浮かんだ。
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