第3話 ~ロボには名前が必要だ~
「G三九、全機発進準備完了!」
モニターのひとつにかじりついていたオペレーターの一人が叫んだ。
「なに? もうリフトが着いたのか!?」
「いえ、G10Qの方ではなくて、G三……失礼しました、GF三九です!」
「よし、G10Qに先行して全機発進!」
飛鳥の号令で、山麓を映した映像に変化が起こった。
緑の斜面が真っ二つに割れ、山を穿つ滑走路が現れたのだ。
そして、その奥から次々に銀色の翼が飛び出し、大空へと舞った。
GF三九──G10Qとは異なる怪獣対策理論から造られた戦闘機である。
「全機発進完了、姿勢安定、速度マッハ2。五分後には現地に到着する予定」
「了解した。目標が見えたら知らせよ。G10Qはどうか?」
「まだ……全体の三分の一くらいです……」
ロボの発進状況を見守っていたオペレーターが暗い声をモニターに落とす。
司令官も深々と溜息を吐いた。
「この際だ。技術主任」
「はい」
「G10QとGF三九のコードネームはまだ決まっていないのか? 正式名称というか開発コードが微妙に似ているせいで、現場での言い間違いが
自分も間違えたことは棚上げである。
「致し方ありますまい。競うように開発が進められた別プランの兵器ですからな。似せる気がなくとも、製品の型番など、どこかしら似てくるものです」
「仕方ないで済まんから、今どうにかしようとしてるんだろうが。で、技術主任……職員から名前を公募していただろう。選考係はお前だったはずだ。なにかいいのはなかったのか?」
「すみません。それが全然、選ぶ余裕がなくって」
技術主任が心底から申し訳なさそうに答える。
「先々週のことだぞ? 訓練やミーティングだって四六時中あったわけじゃないし、選考係のための時間も割いていたはずだ」
「だって、G10QとGF三九のぶん、あわせて三〇〇通も来たんですよぉ! 一次選考すら終わってないんです!」
「三〇〇……」
盛大な溜息をついて司令は天上を仰いだ。
「待て、うちの職員は総勢百二〇人。全員がロボと戦闘機ぶんに応募したとしても、二倍して二四〇……」
「明らかに……多重応募してる者がおりますな……」
参謀がフフッと笑う。本気で面白がっているのか、それとも苦笑いか。
「一人一通までと明記したはずだが……匿名公募にしたのが間違いだったな。この件が落ち着いたら、全応募の筆跡を鑑定して不埒者を処罰してやる」
インカムを通して、何人かの職員の「ひっ」という小さな悲鳴が聞こえた。基地内の共同回線であるため、発信者の数と正体は不明だ。
「そういう意味では、紙での投票にして正解でしたな」
「──なんて推理ごっこをしてる場合じゃない。ええい、もうこの際だ美麻、お前が考えろ──今だ」
「ええ、私がですか!? せっかく公募までしたのに、それはひどいんじゃ……」
「お前は奴の責任者で、なおかつ生みの親の後継者だ。名付け親になるなら誰も文句は言うまい。いや私が言わせん!」
最後のひと言は、その会話を聞いている全ての人間に向けられていた。
「え、でも……」
「緊急事態なんだッ! このままでは作戦指揮に支障をきたす!」
「そ、それだったら司令官が付けちゃった方がいいんじゃ……」
「私に任せていいのか? それだったら天空の天に蒼穹の穹で《
たちまち、二人の通信にもの凄い数の「ぶーぶー!」というブーイングが割り込んでくる。
さきほどの悲鳴と同様、どこから飛んできているのかは分からない。
「ほれ見ろ!」
「あ、その名前、公募の中で見ました。京香さんだったんですね……」
「言うな! 忘れろ!」
戦艦みたいで堅苦しいが、開発コードと音も一緒だし、ひょっとしたら採用されるかもしれない、と冒険してみたかった司令官である。
「ともかく、お前が決めろ! どんな名前でもいい!」
「あ、はい。えっと……じゃぁ、えーっと……」
美麻は思わず室内を見渡した。
作業机の上、書棚、壁、天井、ここにはG10Qに関するすべてが揃っている。
自分のひと言が、あのスーパーロボットの名を決めるのだ。あとから悔いのないようにしたかった。そのためには、やはりその体を表すような名を送るしかない。
美麻の目は最終的に、二つのものを捉えた
ひとつは、机の隅に趣味で置いたフィギュア──有り日にテレビで観た特撮のスーパーロボットだ。
丸みを帯びた胴体はロボというより、手足を長くしたQP人形。色は「配色? なにそれ美味しいの?」と言わんばかりに、頭のてっぺんから脚の爪先まで真紅一徹。
だが、それが幼い美麻にロボットへの夢と関心を抱かせた、思い出のヒーローだった。その存在がなければ、今の自分もなかったかもしれない。
そして今ひとつは壁に飾った絵である。これも思い出の品だ。
アーサー王物語の一節──アヴァロン島で最期を迎えるアーサー王と、彼を看取る乙女らを描いたものだ。
名のある絵の複製画だが、美麻にとってその
これは彼女がロボット工学の師から譲り受けた品であり、二人にとってかけがえのない人が、もっとも愛した絵だった。
その人は今、フィギュアの横で静に微笑んでいる。
美麻と師と彼女、三人で撮った唯一の写真だ。
そして、美麻の中にひとつの名前が生まれた。
ちょうどその時、オペレーターがロボットの動向を告げた。
「G10Q、カタパルト到達。発進準備よし」
「美麻!」
司令が叫ぶ。
「大丈夫。決まりました……これ以上ない名前が」
「よし、発進の号令はお前に託す。その名前を叫んでやれ」
「京香さん……ありがとうございます! では……!」
スゥ、と美麻は息を吸って、止めた。
「アーバロン! 発進!」
「あ……!? あああああーばろんんん!?」
何だその名前は、と言いたげな素っ
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