Wish for you

夕月コウ

禁忌の魔術

「あ、やっぱここに居た」


 書庫の扉をガラガラと音を立てて開け、一人の男が入室してきた。

 彼の名は、ディスタ•クローウェル。

 このシュリヴァナ王国の第一騎士団を率いる騎士団長だ。

 彼の着崩した隊服の襟にかかる綺麗な金色の髪にはキラキラと光る水滴が滴っていた。


「ディスタ、本が濡れちゃうだろ。ちゃんと汗を拭いてから来なよ」


 車椅子を窓辺に寄せ本を読んでいたディスタとそっくりな顔をした男が、白銀の前髪を耳にかけ苦笑を見せる。

 彼の名は、ウィズ•クローウェル。

 ディスタの双子の兄であり、シュリヴァナ王国一の魔力を誇る白魔道士だ。


「汗なんか拭いたって無駄無駄。この暑さじゃ歩いてるだけで汗が噴き出てくるよ」


 手頃な椅子をウィズの隣に置き、どかっと座って足を組む。


「兄さんはいいよなぁ、ずっと涼しい部屋ん中居られて。汗なんか無縁でしょ」


「そうかな? 僕は太陽の下で元気に動けるディスタの方が羨ましいけどね」


「そうかな? 何もよくないよ? あっついだけ」


 そう話しながら隊服を脱ぐディスタに、お疲れ様と笑いながら、ウィズは側に置いていた冷たい果物水をコップに注いで渡す。


「兄さんはまた魔力譲渡の方法探してるの?」


「あれ、バレた?」


 窓辺に積まれた本を手に取り、怪訝そうに眉を潜めてディスタが問うと、ウィズは笑いながらその本を取り返すと、ブックカバーを外して見せた。


「ただの文庫みたく偽装できたと思ったんだけどなぁ」


「俺にその手は通用しませーん。ってか、兄さん物語なんて読まないでしょ?」


「まぁ、確かに」


 クスクスと笑いながら、窓辺に積んだ本からカバーを全て外していく。

 その様子を見ながら、ディスタはカバーを外された本を一冊手に取りパラパラとめくる。


「魔力を人に渡すとか、そんな方法ホントにあるの?」


「あるよ。噂には聞いてたし」


「ただの噂でしょ?」


「火のないところに煙は立たないってね」


 トントン、と本の背表紙を叩いてウィズは得意げに話す。


「この魔導書の著者であるルイズ•パーシヴァルって人なんだよ、その噂に聞く魔術を成功させたの」


「え、まじ?」


 パッと手に持った本の背表紙を見ると、そこにも同じ著者の名前が書かれている。


「積んである本全部その人の魔導書なの?」


「そう。几帳面な人だったらしいから、絶対書き記して残してると思ってね」


「なるほど、確かに」


 本に目を落とすと、一ページ一ページにぎっしりと文字が書き込まれており、ディスタはすぐに本を閉じた。


「で、兄さんは何日寝てないの?」


 閉じた本を返しながら、横目でウィズの顔色を伺うと、いつにも増して真っ白な顔をしていることに気づき、じとっと睨む。


「あー、大丈夫。まだ三日」


 えへへと笑いながら答えるウィズに、ディスタは頭を抱えた。


「まだ三日、じゃないよ! 三日も寝てないの⁉︎ また倒れるよ!」


「えー、そんなにやわじゃないよ」


「そんなにやわだから言ってるんですー」


 ディスタは窓辺に積まれた本を抱えると、本棚のポッカリと空いていた一番上の段に仕舞い込む。


「ちょっと、そんな上に入れたら届かないよ」


「届かないようにしてんの。兄さんは一回寝なさい」


「意地悪だ」


「おっと」


 車椅子で後ろをついて来たウィズにシャツの裾を引っ張られ、ディスタは抱えていた本を一冊落とした。


「ちょっと、兄さんが引っ張るから」


「ごめん。でもディスタが勝手に仕舞うから」


 まったく、と溜息を吐きながら、ディスタが落ちた本を拾おうと腰をかがめると、一枚の紙が挟まれていることに気づいた。


「ん? 何この紙」


「あ、それは!」


 拾い上げて紙の挟まれたページを開こうとしたディスタの手から、ウィズは勢いよく本と紙を奪い取る。


「え?」


「あ、ごめん」


 急なことに驚いて目をぱちくりさせているディスタに、ウィズはハッと気づいて謝る。

 その様子を見て、ディスタは嫌に機嫌がよさそうにニコニコと不適な笑いを浮かべながら立ち上がった。


「兄さん、それ、なーに?」


「えっと、あ、新しい魔術のいいアイデアが浮かんだから、考えてて、その、メモ、みたいな」


 面白いものでも見つけたかのようなディスタの笑顔に、ウィズは目を泳がせながら答える。


「はい嘘ー。俺も嘘つくの苦手だから人のこと言えないけど、兄さん分かり易すぎ」


「う、うるさい」


「ほら、見せて? 減るもんじゃないしいいでしょ?」


 ケラケラと楽しそうに笑うディスタが手を差し出すも、ウィズはギュッと本を抱え込む。


「ダメ」


「えぇ、珍しいね、兄さんがそんなこと言うの。でもそんなに拒否されると、余計見たくなるんだよなぁ」


 そう言うとディスタは、パッと簡単にウィズの手から本を取り上げた。


「ちょっと、ディスタ!」


「兄さんは力無いんだから諦めてくださーい」


 取り返そうとするウィズの手を片手であしらい、パラっと紙の挟まれたページを捲ると、そこには先程話していた魔力譲渡の魔術が記されていた。


「え、これって……」


「読まなくていい! まだ解析できてないから!」


 ぐっと腕をひかれウィズの顔を見ると、泣きそうな目でディスタを見上げていた。


「それも嘘だ。解析は出来た、そして術を行う日取りも決めた。そうでしょ?」


「ち、違う。解析出来てなんか……」


 悲しそうに眉を下げるディスタから目を逸らし、ウィズは俯く。


「月が赤く染まる夜って、三日後の皆既月食のこと?」


 メモに目を通すと、ディスタはスッとしゃがんでウィズの顔を覗き込む。

 それでも目を合わせずに黙ったままのウィズにため息を零し、ディスタは紙の挟まれていたページを読み始めた。


「なんで方法が分かったのに兄さんが隠したのか、大体予想はつくけど……」


 そしてディスタは、探していた単語をそのページに見つけ出す。


「あぁ、やっぱり……代償は、命、ね。しかも自分の魔力を全部譲渡するって……」


 呆れたように息を吐くディスタの肩を、ウィズが弱々しく掴んだ。


「いいんだ……」


「よくない」


「いいんだよ」


 はっきりとそう口に出すと、ウィズは顔を上げて、ディスタの目を見て微笑んだ。


「僕は十分生きたよ。もう全て君に返すべきだ」


「どうゆう意味?」


「僕らは一卵性、元々は一人の人間として生まれてくるはずだった。でも何かの弾みでたまたま僕が出来てしまったんだ、本来君に宿るはずだった魔力を全て奪い取ってね」


 その言葉にディスタは目を見開いた。


「歩けない、走れない、剣も振れない。普通に生活することすらままならない出来損ないの僕は、本当は生まれてくるべきじゃなかったんだ」


 目にうるうると涙を溜めながらも笑いながらそう話すウィズの膝に、ディスタはどさっと顔を伏せた。


「え、ディスタ?」


「バカなの、兄さん」


 オロオロと行き場を探して彷徨うウィズの腕をギュッと握ると、ディスタは大きくため息を吐いた。


「生まれてくるべきじゃなかったのは、俺の方」


「え?」


 その言葉に動揺するウィズを無視して、ディスタは言葉を続ける。


「魔力もない、知識も持たない、ただ剣を振るしか出来ない。俺が兄さんから健康な体を奪って生まれたんだよ。みんな言ってる」


 そう言ってディスタは手を離し、本を棚の一番上に入れ、紙は破り捨てた。


「ディスタ?」


「俺の名前の由来、兄さんは知らないでしょ」


 ふっと自嘲するように鼻で笑い、ディスタはウィズを見下ろした。


「災厄。お前が生まれて来たせいで、シュリヴァナ王国一の白魔術士に不幸が降りかかったんだって」


「そんなこと!」


「逆に兄さんの名前の由来は、希望。俺が小さい頃から剣術を叩き込まれたのも、俺のせいで自由に動くことの出来なくなった兄さんを守る為。王国騎士団に入団させられたのも、王宮直属の魔道士になった兄さんを常に傍で助ける為。俺は全部、兄さんの為に生きてるんだ」


 困ったように微笑むディスタを、ウィズは唖然と見つめることしかできなかった。


「あー、確かに小さい頃は俺も魔力欲しいって兄さんによく離してたけど、別に魔力がなくても剣術だけで団長に昇り詰めてやったし、もう大丈夫だよ。それに、兄さんから魔力を奪ったなんてことになったら国に殺されちゃうや」


 黙ったままのウィズを見て、ディスタはケラケラと明るい調子で笑って見せた。


「俺は別に、今の暮らしに何も不自由してないし、兄さんのことを恨んでるとかそう言うのもないから安心して。むしろ兄さんのことは大好き」


 しゃがみ込んで目の高さを合わせると、ウィズの頭をぽんぽんと撫でる。


「俺のせいで不自由な身体になっちゃって、本当にごめんね、兄さん」


 泣きそうに目を下げて微笑みディスタが立ち上がろうとすると。離れていく手を慌ててウィズが掴んだ。


「僕のせいで魔術が使えなくて、本当にごめん、ディスタ」


 驚いて顔を見ると、ウィズの目からは涙が溢れていた。


「ディスタがそんな風に周りから言われていたなんて、気づかなくてごめん。でも、ディスタのせいで不幸なんて、そんなことない。魔力が強いからって今までたくさん命を狙われたりして来たけど、その度にディスタが助けてくれた。ディスタがいなければ僕はここに生きていない。僕にとっては、ディスタこそ僕の希望だ」


 ギュッと手を握りながら口早にそう伝えるウィズに、ディスタは思わず笑いながら涙を溢した。


「何それ、俺にとっては兄さんこそ俺の希望なんだけど」


「あ、ありがとう?」


「ふはっ、俺こそありがとう。俺、兄さんさえいれば本当にそれだけでいいんだ」


 涙が溢れる自分の瞳を袖で拭って、ディスタはウィズの手を両手で包み込んだ。


「兄さんは、自分の身体を健康にする魔術でも研究してください」


「うん、そうする」


 微笑んでそう伝えるディスタに、ウィズはしっかりと頷いた。

 それを見てディスタはパッと手を離し、立ち上がる。


「じゃあ、まずはしっかり睡眠を取ることから始めよっか、兄さん」


「はーい」


 茶化すように言うディスタに、くすくすと微笑みながらウィズは車椅子を操作し、窓を閉めに行った。


「もしその魔術の代償で命が必要なら、その時は俺の命を使ってね、兄さん……」

                                      終わり

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