殺された少女

 それから母の行動は早かった。

 わたしが被害に遭った次の日には学校へと向かい、娘が通学路でどんな目にあったかを訴えた。

 学校側は一貫して、我が校の安全対策に抜かりはありませんという木で鼻をくくったような態度だった。

 だが、同じような被害が出ていることを突き止めた母がさらなる追求をすると、渋々隠していた不審者情報を公開した。

 保護者は学校の隠蔽体質に怒り、PTAを中心とした大規模な通学路見守り隊が結成された。


 だが、事態は収束しなかった。

 いや、むしろ悪化したと言っていい。

 わたしの通っていた学校ではない、少し離れた地区の女の子が死体で発見されたのだ。

 山の中にある浄水場のそばに死体は遺棄されていた。

 わたしはその子を知っていた。通っていた塾で顔を合わせていたのだ。

 決して仲が良かったわけではない。

 むしろその逆だった。

「これってさ、◯◯◯◯の服だよね? ねえ、これ、いつも着てない?」

 彼女はわたしの着る安価なカジュアルブランドの衣服をよく馬鹿にした。

「お金ないの?」

 ――言われなくても分かってる。

 だけどみんなの前でそう言われると、怒りよりも恥ずかしさで何も言えなくなった。

 クスクスと嘲笑が聞こえる中、わたしは俯くことしかできなかった。

 それを母に愚痴ると、なんてひどいことを言う子なの、と一緒になって怒ってくれた。

「まぁ、うちが裕福じゃないのは認めるけど」

 ため息交じりに発泡酒を傾ける。

「でもひょっとして、その子さ、あなたに成績で負けてるから悔しくてそう言ったのかもね」

 確かにその子の成績はわたしよりも少し下だった。

「あなたはいつだって、何を着たってかわいいよ」

 言って、母はわたしの頭を撫で抱き寄せた。


 犠牲者はさらに増えた。

 今度はわたしと同じ学校の女の子だった。

 死体は少し離れた寺の墓地に遺棄されていたらしい。

 彼女は同級生だった。

 学校で急遽朝礼が取り仕切られ黙祷が捧げられた。集められた講堂内に女子のすすり泣きが響く。

 だけどわたしは悲しくなかったし同情もしなかった。なぜなら、その子ははわたしをいじめていたからだ。

 人を巻き込んで嫌がらせをしてくるタイプだった。

 授業中、子どもたちが戯れに回す伝言の紙があり、その紙を拡げると、

 ――片親で貧乏でも負けないでね。

 ――百円なら恵みます。

 ――ガムっておかずになる?

 わたしの片親をネタにしたメッセージが寄せ書きのように書き連ねられていた。クラスメイトの笑い声が聞こえる。

 その子が主導した嫌がらせだった。

 似たようなことは一度や二度ではない。

 悲しくて悔しかったけど、スクールカーストの上位者に対して言い返すことは事実上不可能だった。

 その代わり家で母に話して、気持ちを整えていた。

 わたしはその子が死んだと知った時、まったく悲しくなかった。むしろもういじめられずに済むと安堵したのを覚えている。


 被害者が出てからは、ニュースでも頻繁に取り上げられるようになった。

 連日リポーターらしき大人が大挙して押し寄せ、子どもがさらわれて殺される事件の詳細をこぞって報じた。

 ワイドショーの功罪は、結果的に通学路にひと気が多くなったことだと思う。

 ぴたりと犯行は収まった。

 それでも母はわたしを心配し、よく一緒に登校していた。

 いつも校門前で別れる時に目を見て言う。

「何かあったら。母さんに必ず言うのよ」


 二人目の死者が出て半年が経過した頃、ようやく犯人が捕まった。

 わたしは、テレビでニュース番組を見ている母の背中越しに、犯人の男の顔を見た。

 心臓がひゅっと縮こまる。

 ――こいつだ。

 わたしが見た男。子犬を蹴り飛ばしたあの男。

 フードを被りマスクをしているが、間違いない。あの目。

 ――やっぱりこいつだったんだ……。

 あの時の恐怖が思い起こされて体が震える。途端に呼吸が荒くなった。

 こちらを振り返った母が、倒れそうになるわたしを抱き寄せた。

「大丈夫、大丈夫だからね」


 その後の捜査で、男はいたずら目的で子どもらを拉致していたことを認めた。

 驚くべきことに、男の家には百匹近い犬が多頭飼育されていた。犬たちは狭い部屋に閉じ込められ、散歩にも連れて行ってもらえず、そこで自身の汚物を食べ仲間の死体を食べ命をつないでいたという。

 つまり飼育環境はほとんど崩壊していたということだ。

 男はそこで勝手に生まれてくる子犬を、子どもをおびき寄せるためのアイテムとして利用した。

 用が済めば子犬は使い捨てられた。ほとんどが道路なり土手なりに叩きつけられて殺されていた。

 だが男は、子どもの殺害については否認した。

 加えて、殺害された少女二人についても、自分は一切無関係だと言い切った。

 マスコミは男の残虐性や身勝手さを大々的に報じ、世間のバッシングはピークに達した。

 結局、男は殺害を否認したまま裁判は進み、最高裁まで争われて死刑が確定した――。

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