第2話 彼は中距離な幼馴染で先輩
【綺麗な満月ですね。先輩のところはどうですか?】
つい、そんなメッセージを送ってしまった。窓を開けて見えた満月があまりにも綺麗だったから、空の向こうにいる先輩はどうなのかがふと気になった。
【ちょっとビビった。ちょうど俺も満月だなーって思ってたから】
【それで、眠れなかったりするのか?いや、普段だったら寝てるからさ】
この4年間、ずっとこんなやり取りをしていたせいか、そんなところまでバレているらしい。でも、理解してくれているのが嬉しい。
【たまには、夜ふかししてみたかったんです】
もう少し先輩とやり取りをしたかった。そんな事をいうのは恥ずかしかったから、そう誤魔化す。
【
【槍ってなんですか。普通は雨じゃないですか?】
【雨だったら普通だろ?だから、槍】
【もう、滅茶苦茶なんですから】
冗談めかしたやり取りが楽しい。こんな交流が続いてもう4年になるんだ、と思うと、感慨深い気持ちになる。
【あ、悪い。もう、寝ようとしてたよな】
そんな気遣いのメッセージ。私はもうちょっとやり取りをしていたかったのに、そんな気遣いが少しもどかしい。
【気にしないでください。私はこうしてるのが楽しいですから】
本心だった。こうして、一人でマンションの一室に暮らしていると人恋しくなることがよくある。先輩との交流は私との支えでもあった。
【それって、天然なのか?】
どういうことだろう。本心を素直に送っただけなのだけど。
【思ったことを素直に言っただけですよ】
【そうか。ありがとな。俺もこうしてるのが楽しいよ】
天然という言葉の意図はわからなかったけど、先輩も楽しいと言ってくれるのは嬉しい。こうして、二人で話している時と、心がポカポカと暖かくなるような気持ちは一体何なのだろう、と少し前に考えたことがあった。
その結果、出たのは簡単な答え。私は先輩が男の子として好きなんだ。でも、それがわかっても、告白するのは怖い。私と先輩の距離は電車で1時間。もし、告白を拒絶されたら、これまでの家族のような、そんな距離で居られなくなる。
【それじゃ、俺も寝るな。あまり遅くなっても悪いし】
そのメッセージに心がきゅうっと締め付けられるような苦しさを感じる。でも、もう遅いのは本当。だから、
【はい。今度こそ、おやすみなさい。真先輩】
【ああ、おやすみ。澄】
そんなやり取りだけをする。
先輩とのやり取りを終えた私は、電気を消して、ベッドにうつ伏せになる。
先輩との暖かな想い出を回想しながら-
◆◆◆◆
小学校の頃の私は、一言でいえば物静かな子どもだった。そして、生まれつきなのか何なのか、体力もなかった。それもあって、友達の輪の中に入っていくことが出来なかった。周りの子は外遊びが好きで、でも、体力がない自分が、からかわれるのが嫌だったから。
小学校も3年になる辺りに、ふと考えたのは、体力をつけるということだった。そうすれば、友達の輪の中に入れるのだと信じて、毎日毎日、ランニングを繰り返す日々。パパもママも身体の弱い私がそうするのを止めたのだけど、自分に負けたくなかった。
ただ、炎天下の中もランニングをしたのが祟ったのか、ある夏の日に、私はマンションの前でうずくまってしまった。
「お、おい。
ちょうどそこを通りがかったのが真先輩。真先輩の家に案内してもらった私は、彼のお母様やお父様に看病をしてもらって、危うく熱中症になりそうなところを助けられたのだった。
「いつも見てたけどさ。松山は、ちょっと無理しすぎだと思うぞ」
いつも見てた、という言葉に、ひっそりとトレーニングしていた事が知られて恥ずかしくなった。
「だって。鍛えないと、友達の輪の中に入れませんから」
別に身体を鍛えるのが目的じゃなかった。身体が弱くて、輪の中に入れないのが嫌で始めたトレーニング。
「あのさ……ひょっとして、友達、いないのか?」
気遣わしげな声。
「はい。居ませんよ。一人も」
実は、私を気に留めてくれた人はいたけど、友達と言える間柄にはなかった。
「じゃあ、ならないか?俺と、友達に」
「え?」
一瞬、彼の言っていることがわからなかった。でも、同情か。そう思い直した。
「同情してくれるのは嬉しいですけど、そんな理由で友達になって欲しくないです」
今思えば、当時の私はなんと気難しいかったのだろうと思うばかり。
「同情じゃないって。いつも欠かさず走ってたのみて、尊敬してたんだぞ?」
尊敬?友達が出来なくて、でも、なんとかして友達を作りたかったから、身体の弱さを克服したかった。ただ、それだけ。
「なんで、尊敬、なんですか?」
「だって、俺なんかいっつも三日坊主だし。凄いな―っていっつも思ってたよ」
凄い。そんな言葉を聞いた私は、いつの間にか目から涙が零れ落ちているのに気づいた。
「お、おい。なんで泣くんだよ?」
「だって、「凄い」なんて言われたの初めてでしたから。嬉、しくて……」
それが、私と彼の始まり。同情じゃなくて、私の努力を純粋に「凄い」と言ってくれた彼。
それから、私と彼は一緒に自分を鍛えることにした。先輩は身体を動かすのが得意だったから、がむしゃらに走っても意味がないと教えてくれた。そして、私が無理しようとしたら、先輩が止めてくれた。
そんな風に自分を鍛えて、いつしか、身体の弱さを克服した私は、教室でも堂々としていられるようになった。
「松山、走るの速かったんだな!すげえ」
「松山さん、実はすごかったんだね!」
そんなクラスメイトからの賞賛の声。昔は苦手だった体育の時間も、いつの間にか楽しい時間になったし、憂鬱だった体育祭の時間も楽しい日に変わっていった。
コンプレックスを克服した私だけど、先輩はもっと凄かった。体育が得意だっただけじゃない。色々なことを思いついては、それを実行に移す行動力があった。たとえば、引っ越す友達が居ると聞いては、お別れパーティーを真っ先に企画したし、理科で習った事があれば、自宅でそれを再現してみたり。分野問わず、どんな事も貪欲にこなしていた。
私はそんな先輩が羨ましくて、真似をするように色々なことに挑戦していった。でも、私には先輩ほどの器用さがなかったから、繰り返し、繰り返し、練習をするのが常だった。大勢の前で話すのを引き受けた時は何日も前から発声練習をしたし、けん玉に挑戦してもすぐにうまく行かないから、ひたすら繰り返し練習をしたり。
私が高学年になる頃は、パパとママの夫婦仲が悪化していていつも喧嘩していたから、真先輩の家に避難して、ご飯をお世話になることもしばしばだった。
そして、私が5年生、先輩が6年生の頃。先輩がご両親の仕事の都合で、
◇◇◇◇
「澄。見送り、ありがとうな」
「真先輩にはずっとお世話になりましたから」
「そこまでのことしたつもりはないんだけど……」
ぽりぽりと頭をかく先輩。そんなことはない。先輩みたいに色々出来るようになりたいから、今の私があるんだと言いたかったけど、きっと先輩は否定するだろう。
「あの……引っ越しても、連絡とっていいですか?」
東京に行ったら先輩は私のことを忘れてしまうんじゃないだろうか。それが不安だった。だから、繋がりが欲しくて、私はそんな事を言った。
「俺もちょうど言おうと思ってたとこ。ラインでも電話でもいつでもしてこいよ」
その言葉に、私は泣きそうに嬉しくなった。
「はい。こっちで何かあったとか、色々送りますから」
「それと、東京の方にも遊びに来いよ」
「え?」
言ってくれた言葉が信じられなくて、一瞬、聞き返してしまった。
「いや、嫌なら別にいいんだけど……」
「そうじゃないです。絶対、遊びに行きますから!」
先輩のところに遊びに行けるなら、きっと、私達は離れ離れじゃない。そう感じられて嬉しかった。
「澄。じゃあ、また今度な」
「はい、先輩。また今度」
近い内の再会を約束して、私達は別れたのだった。それから、私達は言葉の通り、お互いにメッセージのやり取りをしたし、電話もしたし、時にはお互いの家に遊びに行くことすらあった。
その後、私が中学に上がる頃にパパとママが離婚した。パパが結局私を引き取ることになったんだけど、パパは離婚したママの娘である私に複雑な気持ちを持っているのか、なかなか家に帰ってくることがなかった。だから、家に帰った時はいつも孤独だった。そんな私の相談に乗ってくれたのも真先輩だった。
◇◇◇◇
「先輩と私はいつまでこうしてられるのかな……」
ふと、そんなことをつぶやく。先輩ははっきり言ってカッコいい。行動力もあるし、細やかな気遣いもある。彼は男子校だから、と言うけれど、それ以外にも出会いがあってもおかしくはない。
「いつまでも、こんな風にしていられればいいのに」
それが私の今の願い。ひょっとしたら、先輩と恋人になって……という道もあるのかもしれない。でも、先輩が私の事を異性として見てくれているのかわからなかった。
「暗いことばっかり考えても仕方ない、か」
考え事を止めると、徐々に眠気がしてくる。そんな中、ふと、メッセージが来たという通知。どこからだろうと思ってみると、同じく小学校の頃からの先輩で、今の私の学校の一年先輩。
(ひょっとして、真先輩の件だろうか)
お節介を焼いてくる百合先輩の前で、つい、私は真先輩が好きなことを白状してしまったという経緯がある。それで、「私が
【まずは、ごめん。狭間君の件だけど……他に好きな子がいるみたい】
百合先輩からのメッセージは、そんな衝撃的なものだった。真先輩が、好き?他の女の子を?
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