中距離幼馴染な後輩が相談事があるらしいのだが、理由がわからない

久野真一

第1話 彼女は中距離な幼馴染で後輩

 秋も深まって来た、10月のある夜。


「ほんとに山手線一周してきたんですね……」


 電話の向こうから、そんな静かな驚きの声が聞こえてくる。彼女の声は静かで、でも耳に響きわたる不思議な声質だ。


まこと先輩は、本当に、昔から、思い立ったら即行動なんですから」


 そんな事を言う声はどこか愉快そうな響きを含んでいた。


「でもさ、本当面白いんだぜ。普段、電車を使って移動してた風景が全く違ってみえるんだから。冒険してるような気分っつうかさ」


 今は、電話の向こうにいる松山まつやますみに山手線を徒歩で一周する企画について語って聞かせている最中だ。


 小学校以来の付き合いで、大切な親友。そして、今は少し、いや、割と離れたところに暮らしている。俺は都内の秋葉原あきはばら。彼女は関東の地方都市である茨城県いばらきけん土浦つちうら在住。


 彼女は日本人でも珍しい金髪に近い髪色を持った女の子だ。クォーターなのだが、それでも彼女ほど金髪に近い髪い髪色は珍しいようだ。そんな髪色に、全体的にほっそりとした体格。意思の強さを感じさせる碧眼。胸は……あまりないが、そこはどうでもいいか。


「写真とかないんですか?真先輩の撮った風景、見てみたいです」


 少し緊張したような様子の、そんな声に胸がドクン、と高鳴る。「見てみたいです」なんて言われると意識してしまう。


「あ、ああ。ちょっとまとめたのスマホで送るな」


 グルルフォトにまとめた、歩いた最中に撮った景色を送る。


「秋葉原、御徒町、上野、鶯谷、日暮里……本当に、一周してきたんですね」


 そんな感嘆の響きを含んだ彼女の声を聞いて、内心小躍りしそうだった。元々は、彼女に見合うような男になりたいと、自分の意志力を試すための企画だった。ただ、準備不足でいきなり決行したせいで、最後の方はヘトヘトだったのは秘密だ。


「なんだ。ひょっとして疑ってたのか?」


 少し照れくさくて、そんな風に茶化してみる。


「真先輩がこんな嘘なんてつかないのは、わかってます」


 抑揚のない淡々とした返事。その言葉が心からのものだとわかる。

 

「そんなわけで、各駅を周った感想なんだが、東京は地続きなんだって実感したよ」


 中学生になってから都内に来た俺にとっては、東京都とはいっても、電車移動が多くて、イマイチ地理的なつながりがピンとこなかった。それが、一本の線につながったような感覚。


「冒険みたいで楽しそうですね。私も周ってみたいです」


 少しワクワクとしたような響き。


「澄は身体弱いんだから、間違ってもやろうとするなよ?」 

「身体が弱いって、もう昔の話じゃないですか」


 拗ねたような声。ふと、昔の想い出が蘇る。澄は体力がないのを克服しようと、よく運動をしていたっけ。それでもって、異様に根気があるものだから、炎天下で無茶をしてぶっ倒れそうになった彼女をうちで看病したこともあった。


「ところで……今週末の土曜日、先輩の家に遊びに行っていいですか?」


 控えめで、伺うような声。


「ああ。澄みたいな可愛い後輩なら大歓迎だ」


 ちょっと冗談めかしてそんな事を言ってみる。


「もう、真先輩は相変わらずお世辞が上手いですね」


 クスっと笑う声が聞こえる。


「お世辞じゃない。本心だって」


 本当に、本当にお世辞ではない。断じて。


「じゃあ、ありがたく受け取っておきますね。あ、お母様とお父様へのお土産は何にしましょうか?」


 本当に律儀だ。でも、そんな気の遣い方が少しだけもどかしい。


「澄は家族みたいなもんだ。気にすんな」


 半分は願望かもしれない。秋葉原と土浦。そんな、遠くもなく近くもない距離。それでも、小学校の頃から変わらずに居るのだと、信じたい。そんな願望。


「家族、ですか。本当に、真先輩は優しいですね」


 穏やかな声。彼女の家の境遇は少し複雑だ。だから、その言葉に込められた意味合いが嫌でもわかってしまう。


「ところで、そっちは元気でやってるか?」


 前にこっちで会ったのが一ヶ月くらい前か。


「いつも通りです。来月は文化祭がありますけど、私は帰宅部ですし」


 そんな淡々とした返事。


「文化祭か。それなら、俺呼んでくれよ。女子校とか見たことないしさ」


 澄が通うのは、土浦女子第三高等学校つちうらじょしだいさんこうとうがっこう。地元でお嬢様校として知られた女子校だ。


「真先輩はエッチだから駄目です」

「いやいや、澄のセーラー服姿が見たいんだって。変なことはしないからさ」

「んー。それじゃあ、考えておきます。真先輩の所は、文化祭いつでした?」

「澄の所の翌週かな。地理部で、色々展示するくらいかな」

「じゃあ、交換条件にしませんか?」

「澄のところに行きたいなら、俺のところに来させてくれってか?」

「私も、真先輩の制服姿を見てみたいですし。男子校の雰囲気って興味あります」


 そんな男心をくすぐる言葉。でも、こいつは天然でそういう事いうからなあ。


「おっけー。お互いに文化祭見に行くってことで」

「はい。楽しみにしてます。ところで……」


 それから、お互いの近況を話し合ったり、雑談に花を咲かせる。


「あ、そろそろ寝ないとですね」


 腕時計を見ると24:00前。早寝早起きの彼女にとっては、そろそろ寝る時間。


「じゃあ、またな。おやすみ、澄」

「はい、おやすみなさい。真先輩」


 電話を切った俺は、しばし会話の余韻に浸る。


 俺と澄は、土浦でともに過ごした仲だ。でも、中学校に上がる前に、父さんが都内に転勤。それで、俺達は離れ離れになった。


 でも、澄と離れたくなかった俺は、この4年間、彼女と交流を保ち続けてきた。お互いの家に遊びに行ったり、都内で一緒に遊んだり、色々な事をした。


 そんな彼女との普段の交流手段はラインに電話。


 この4年間の俺と澄の距離は、近くて、でも、少し遠い。違う中学と高校に、電車で1時間という距離。そして、俺は男子校で澄は女子校。


 最近、そんな彼女と俺の距離についてよく考える。俺は彼女のことを家族のように思っているし、女性としても魅力的だと思っている。でも、彼女はどうなのだろうか?兄?先輩?それとも……。


「まあ、うだうだ悩んでいる暇があったら告白しろって話なんだろうけどな」


 そう独り言をつぶやく。中学に上がったときは友情だった。でも、彼女も中学にあがって、少しずつ成長していく様子を見ていた俺が、身近で、そして、意思の強さを持った彼女に女性として魅力を感じたのは自然なことだった。


「でも、やっぱり、怖いよな」


 もし、俺が土浦にいたままだったのなら、勇気を出して告白に踏み切れたかもしれない。でも、今は電車で1時間の距離。振られても友達の距離で居るのはきっと難しいだろう。そんな距離が俺を臆病にさせていた。


 本当に、近くて遠い。いや、遠くて近いのだろうか。


 ふと、夜風に当りたくなって、窓を開ける。


「あー、涼しい……」


 考えごとのあまり、身体全体が熱を持っていたらしい。昔から、自分にはそういうところがある。


 空を見上げれば、綺麗な満月だ。


「澄も同じ空を見ているのかな……なんつって」


 何をポエミーなことを言っているんだろう、と自嘲する。早寝早起きな澄のことだ。24時を過ぎた今はもう寝ているだろう。そう思っていたら、


【綺麗な満月ですね。先輩のところはどうですか?】


 そんなメッセージが届いた。今想っていた、その当人から。


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