第8話.白銀の一族-頭領-

「さて…。何から説明しようか…」


「あ…その前に何か簡単に作りますね」


「土方君…。私は有難いが…大丈夫かい?」


「はい。いつも通りしてた方が落ち着くので…」


「そうか。ならお願いするよ」


「はい」


僕達はあのことがあった後、すぐに雑貨店に戻ってきた。

ある程度の不思議な現象に慣れてきてはいるもののさっきの出来事は衝撃的だった。

あんな恐ろしいモノがこの世に存在するなんて…。


今思い出しただけでも背筋が冷たくなり冷や汗が止まらない…。

とにかく何かして落ち着きたかった。

お菓子を作ると不思議と落ち着いた。それにこの部屋はとても安心する…。

安全だとどこかで確信しているからかもしれないかった。


僕は簡単に作れる蒸しケーキを作ることにした。

材料はパンケーキとほとんど変わらない。焼くか蒸すか。の違いだけだった。

パウンドケーキで使ったレーズンが余っていたからそれを乗せて蒸し器にいれる。

30分ほど蒸したら出来上がりだ。


「ふぅ…」


息を吐いて紅茶の準備をした。

かなり落ち着いてきた…。はぁ…。我ながら情けない。

こんなに動揺してパニックになるなんて。

もっと僕が若かったたら…。こんな状況でも早く慣れることが出来たんだろうか?

ぎゅっと手を握って握り拳を作った。

あんな状況になったら僕は足手まといでしかない…。

戦うなんてもってのほかだし、対処の仕方も知るすべもない…。


「考えても仕方ないか…」


落ち込んだりもしたが、僕が元々何もできない事は最初から分かっていた事だ。

それなら出来る事から始めようとしているところだ…。

だったら落ち込む暇はない。少しでも慣れてついていけるようにしよう。


ピピピピ


さっきセットしたタイマーが鳴った。どうやら蒸しあがったようだ。

僕は一つ手に取って味を確かめた。


「うん…。柔らかくて美味しい…」



これなら百合音ゆりとさんに出しても大丈夫だろう。

僕はお皿に盛りつけて紅茶を注いだ。



「おー!!これは蒸しケーキだな♪」


「はい。熱いので気をつけてくださいね」


「ありがとう!いただきまーす」


フーフーと息を吹きかけながら美味しそうに頬張る百合音ゆりとさん。

ニコニコしながら食べてくれている。

僕はゆっくり紅茶を飲みながら、彼女が食べ終わるのを待った。



「あー!!美味しかった♡」


「良かったです。紅茶のお代わりはいかがですか?」


「いただくよ」


僕は百合音ゆりとさんのティーカップに紅茶を注いだ。

それを受け取って優雅な手つきで紅茶を飲む。

僕はそれをただただ黙って見つめていた。



「さて…。さっきの事だけど何から説明しようかな~」


「はい…」


僕は背筋を正して座り直した。


「ふふふ。そんなに畏まらなくていいよ。さっき君を襲ったモノはあれは誰かの使い魔だ」


「使い魔…ですか」


「ああ。簡単に言うと私とかいのような主従契約を結んでいる妖怪あやかしの事だよ」


「なるほど」


「まぁ…。さっきの奴は簡易契約だろうね。結びつきが弱い。だから力も弱い」


「そうなんですか…じゃあ、百合音ゆりとさんとかい君の結びつきは強いんですね」


「ああ。私は持っている生気を差し出し、かいは私に命を差し出している」


「命を…?」



それを聞いてドクリと心臓が大きく揺れた気がした。

そんな強い強制力があるような契約をしているのか…。

じゃあ百合音ゆりとさん死んだら…かい君も死ぬって事か?




「誰とでもできる物じゃないしすることもない。因みに御影みかげも同じ契約だよ」


「そう…ですか…」


「それから、土方君を襲ってきたのは偶然かどうか分からない。ただ誰の使い魔なのかは大方想像できる…」


百合音ゆりとさんがそう言って、机の上にコトリと石を置いた。

深緑の半透明な小さな石だった。


「この石で誰かが特定できるって事ですか?」


「ああ…」


珍しく百合音ゆりとさんの顔が歪んだ。

しかも怒っているようにさえ見える。

彼女の周りの空気もピリピリとしていて肌に突き刺すような感覚を感じた。


百合音ゆりとさん…」


「…すまない。少し考え事をしていた」


ふと我に返ったかのように百合音ゆりとさんの表情が和らいだ。

彼女の周りの空気もいつも通りだった。


「まだ断定はできないが…おそらく土方君を襲った奴は…」





シャリーン‥‥




「…?何の音ですか?」


「嘘だろ?!なんで…急に…」





シャリーン‥‥




何か鈴の音のような風鈴のような、不思議な澄んだ音が響いてきた。

それと同時にさっきまで寝ていたかい君が飛び起きてヒヒの姿になった。

百合音ゆりとさんも尋常ないくらい慌てている。



「まずい!土方君…こっちへ…」


「えっ?」


僕は思いっきり百合音ゆりとさんに引き寄せられて頭を抱えられる形で抱きしめられた。

なんなんだ?どうしたんだ?

頭の中で?がいっぱい浮かんでいる。



シャリーン‥‥



音が少しずつこちらに近づいて来ているのがわかる。

部屋の中にいるのに…。頭の中に響くような感覚だった。


「土方君…いいかい。気をしっかり持つんだぞ…」


「それはいったい…どいう…」


「今は私の事だけ考えるんだ!いいね!」


「わ…分かりました」


僕は怖くなって百合音ゆりとさんの着物をぎゅっと握りしめた。

それだけ百合音ゆりとさんの声に緊張がはらんでいたからだ。

さっきの妖怪あやかしと戦っている時よりも切羽詰まった声だった。

もっと恐ろしい妖怪あやかしが来たんだろうか?




シャリーン‥‥



音が最もと近づいたところで止まった。

この部屋に誰かいる…。

明らかに部屋の中の空気が変わった。それも劇的にガラリと。

熱いようで寒い。寒いようで熱い。

百合音ゆりとさんが僕を抱きしめる手に力がこもる。


『久しぶりね…。百合音ゆりと…』



「お久しぶりです。御婆様…」



おばあさま?

という事は百合音ゆりとさんの…。

白銀の一族の始まりの人。500年以上生きてるという…。

それにしても不思議な声だな…。

耳元で囁かれているような気もするし、頭の中に響いているような気もする。



『近くまで…来たものだから…顔を…見に来たの…』


「それなら前もって連絡をして下さい。私の部下…人間がいるんですよ」


『あら…ごめんなさいね…』


「御婆様の放つ気は人間には猛毒です…少しは配慮してください…」


『ふふふ。そう…ね…。私の気に当てられたら死んで…しまうものね…』


「はぁ…。分かってるなら、来る前に使者をよこしてください」


『ええ…。次からそうするわ…。その抱きかかえている子が…新しいあなたの子ね…』


「はい」



これが…神のように尊く、妖怪あやかしのように強い―白銀の一族…。


さっきの少女の姿をした妖怪あやかしが可愛く思えるほど

今この場にいる女性は畏れの対象だった。畏怖‥‥と言ってもいい。

彼女の放つ言葉、彼女の纏う空気、何もかもが神聖で清らかに感じる。

それと同時に怖さも感じる…。

周りの音が何も聞こえず、匂いも感じず、目も見えないところに放り込まれたような気分だった。


百合音ゆりとさんがいてくれてよかった…。

ああ…。温かい―…。

今は百合音ゆりとさんの事だけ考えていよう。

僕はゆっくりと呼吸をして彼女の心音を聞いた。



『とっても綺麗な…魂を持った子ね…』


「御婆様でもそう感じますか?」


『ええ…。今時…珍しい…くらいね』


「そうですか。だからか…」


百合音ゆりとちゃんが…守っておあげなさい…』


「はい。かしこまりました」


『元気そうで…良かったわ…』


「ええ。御婆様も…」


『じゃあ…また…ね…』



シャリーン‥‥





シャリーン‥‥




シャリーン‥‥



ゆっくりと…でも確実に音がどんどん遠ざかっていく。

そしてそれと同時に部屋の中の空気もいつも通りに戻っていく。

まるで台風の中にでもいたかのような心地だった。


「はぁ~‥‥疲れた~」


百合音ゆりとさん…さっきの方は…」


「私の曾祖母…。そして白銀の一族の頭領だ」


「そうですか…」


「すまない…土方君を巻き込んでしまって…」


「いえ…ぼくはぜんぜん…」


むしろ…あったかくてホッとしたというか…。柔らかいというか…。

いい匂いがする…。ああ…ずっとこのままでいたい…。

そんな事を考えた瞬間、ふと僕は我に返った。


「‥‥っ!!!百合音ゆりとさん!?」


「ん?どうしたんだ?」


「あの…そろそろ離してもらっていいですか?」


「ああ!すまない…。苦しかったか?」


「そう…じゃなくって…」


「土方君!大丈夫か?顔が真っ赤だ…どこか悪いのか?」


百合音ゆりとさんが抱えていた手をほどいてくれたおかげで

彼女の胸から顔を引き離すことは出来た。

と思ったら今度は百合音ゆりとさんの顔が思いっきり近づいてきた。

ちょっと待ってくれ!!!


「御婆様の気に触れたからな…体は大丈夫か?痛い所はないか?」


「だっ…だだ…大丈夫です!!」


「本当に?熱でもあるんじゃないか?」


「ほん…とう…に大丈夫です」


「そうか…?体に異変を感じたらすぐに言うだぞ?」


そう言ってコツンと僕のおでこに自分のおでこをくっつける百合音ゆりとさん。

うあー!!!!うわー!!!うおー!!!

近い、近い、近い!!!

あと数センチ近づいたらキスできるんじゃなかって距離だった。

それを自覚した瞬間…一気に体中の血液が沸騰して体中を駆け巡った。

ダメだ…。さっきの百合音ゆりとさんの胸の感触と相まって恥ずかしさが倍増だ‥‥。


「うーん…熱は…やっぱりあるな…もう御婆様がいきなり来るから…」


そうブツブツ言いながら百合音ゆりとさんが僕の額に手を当てたり

頬を優しく撫でたりしている。

ダメだ…。嬉しすぎる…。もういつ死んでも悔いはない…。


そんな訳の分からない事を考えていたら僕は鼻から血を出してしまった。

中学生か!?

情けない…。恥ずかしくなって興奮して鼻血を出すなんて…。

僕は百合音ゆりとさんに心配されながら、鼻血が止まるまでひたすら自分を呪った。


いっそ子供だったら良かったのに…と。

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