第7話穢れなき魂

「ちわーっす!金物屋でぇーっす」


明るい大きな声でお店に入ってきたのは金髪で見た目がヤンキーのような男性だった。

誰だろう…?

ここに誰かかが尋ねてくるなんて初めての事だった。

新聞紙を読んでいた手を止めて百合音ゆりとさんに

声を掛けられた。


伴内ばんないか…。土方君。お茶を入れきてくれるかい?」


「あ…はい」


僕は立ち上がってお茶を入れる準備をした。

伴内ばんないという人なのか…。

今日は緑茶にしてみよう。

そう考えながら僕は緑茶をイメージする。


面白ことに紅茶の茶葉と日本茶の茶葉は同じ【茶の木】から採れる。

加工の仕方で色も味も驚くほど変わるのだ。

ざっくり言うと、発酵させるかさせないかの違いだ。

紅茶は【完全発酵茶】といわれ、最終段階まで茶葉を発酵させて作られている。

緑茶の製造工程では最初に火がかけられる。

その為【不発酵茶】といわれる発酵させないお茶になるのだ。

これも、本で得た知識だった。


僕は深蒸し煎茶を入れることにした。

深蒸し煎茶は30秒ほどで抽出されるため

手早く出すにはもってこいだった。


「どうぞ。深蒸し煎茶です」


「あ!どーもっす」


「ありがとう。土方君」


「いえ…」


僕はテーブルにお茶を並べて百合音ゆりとさんの横に座った。

ちょっと迷ったけど、彼女がトントンと椅子を叩いて横に座るよに指示したのだ。

僕が座ったの見計らって、伴内という男はゆっくりお茶を飲みだした。


「うまいっすね~。今度の新人さんは優秀っすね」


「ああ。土方君はお菓子作りもうまいんだ」


「あ…ありがとう…ございます」


他の人の前で褒められると恥ずかしいな…。

僕も自分で入れたお茶をゆっくりと飲んだ。

うん。渋くなくて美味しい…。

抽出時間が長いと苦くなって美味しくない。

ここは紅茶と違う所だな。


「しかも3日以上もった新人さんは久しぶりじゃないっすか?」


「そうかな‥‥。そんなに前は短かったか?」


「短いも何も、会ってすぐ帰れって言ってた時期もあったじゃないですか~」


「うーん…。沢山会いすぎて覚えてないな」


「かー!!百合音ゆりと様は相変わらずクールだね~」


伴内さんと、百合音ゆりとさんは昔からの知り合いらしい。

とても砕けた感じで話している。

百合音ゆりとさん対して対等に話している人を始めた見た。


「それより、伴内。鏡は仕上がったのか?」


「はい!言われた通り綺麗に直しましたよ~」


ニコニコしながら伴内さんが風呂敷に包んでいた桐の箱をだし中から鏡を取り出した。

中からは綺麗に修理された鏡が出てきた。

それを百合音ゆりとさんが手に取りじっくり眺める。

この時ばかりは伴内さんは黙って見守っていた。

ちょっと緊張しているようにも見えた。


「うん。これなら申し分ない。ありがとう伴内」


「ふぅ…。よかったっす~」


「じゃあ神社に戻しに行くんですか?」


「ああ。早速今から戻しに行こう。早い方がいい」


「分かりました」


「じゃあ俺はこの辺で失礼します!」


「急がせて悪かったな」


「いえいえ~。百合音ゆりと様のお願いとあらば徹夜くらいどうってことないですよ」


「礼はまた御影みかげに届けさせるよ」


「はい!またどうぞよろしくお願いします!!」


そう言うと伴内さんはペコリとお辞儀をしイタチの姿になってお店から出て行ってしまった。

イタチだったのか…。全然分からなかった…。


「今の人も妖怪あやかしなんですね」


「ああ。彼は伴内と言ってイタチの妖怪で、金物屋の主だ」


「なるほど…」


「見た目はあんなんだが、手先が器用で真面目でいい奴なんだ」


「そうなんですね」


妖怪あやかしにも金物屋とかあるんだな~。

僕はか関心しながら、お茶を下げた。

台所から戻るとすでに百合音ゆりとさんは幼女の姿になっていた。

帰ってきたら…何を作ろうかな?

僕は頭の中でレシピを思い浮かべた。


「よし!じゃあ行こうか。土方君」


「はい」


自然な流れで百合音ゆりとさんが左手を繋いで歩き出した。

‥‥。

これも前回と同じで妖怪あやかし対策なんだろうか?

僕は緊張しながら彼女の横を歩いて神社に向かった。



神社に着くと不思議な音はすでに止んでいて静かだった。

本殿に行き鬼丸を呼び出した百合音ゆりとさんは

持ってきた鏡を見せていた。


「おおお!こんなに美しく…もとに戻していただいて」


「綺麗に磨いてあるから、これならしばらくは問題ないだろう」


「ありがとうございます!百合音ゆりと様」


「気にするな。さて…修理代だが何を差し出せる?」


「はっ…少々お待ちくださいませ」


僕は俯きながら百合音ゆりとさんと鬼丸のやり取りを聞いていた。

修理は…ただじゃないのか…。

まぁそりゃあそうか。費用は掛かっているよな。


「こちらをお納めくださいませ」


「うむ。拝見するよ」


百合音ゆりとさんは差し出された箱を受け取り中身を確認した。

鬼丸さんは何を差し出したんだろう…。

目を合わせることが出来ない僕はひたすら会話に集中した。


「いい…角と牙だな…」


「はっ!50年前に取れましたわたしの角と牙です」


「鬼丸の角と牙ならよい道具になるな…有難く頂戴するよ」


「ははっ」


「ではこれで失礼する。また何かあればいつでも呼んでくれ」


「ありがたき幸せ…鬼丸はいつでも望月家に忠誠を誓っておりまする」


「ああ。ありがとう鬼丸‥‥」


やり取りをし終わったところで、百合音ゆりとさんが立ち上がって部屋を出た。

僕も黙ってその後に続いた。

ふぅ…。やっぱり何もしないけど緊張したな…。

僕は階段を下りながらホッと息をついた。


さっきのやり取り…なんだか戦国武将みたいだな~。

そんな事をぼんやり考えていた時だった。

また急に後ろから僕を呼ぶ声がした。


【ねぇねぇ。お兄さん】


ドクリと大きく心臓が跳ねる。

また…だ。またあの声だ!!!


僕は百合音ゆりとさんの手をぎゅっと握りしめた。

今度は振り返らない。何も見ないぞ。

僕は唇を噛みしめて目を閉じた。


【お兄さん…お兄さん】


声はだんだんと近づいてくる。

寒気がしてきた。背中がゾクゾクする…。

怖い…。


【聞こえてるんでしょう?お兄さん‥‥】


そうしてまた服の裾を掴まれた。

百合音ゆりとさん!と心の中でそう叫んだ瞬間だった。


「私の部下にちょっかいだすとは…いい度胸じゃないか」


急に足元がふわっと軽くなり目を開くと空を飛んでいた。

しかも百合音ゆりとさんに抱かれてる!!!

僕は百合音ゆりとさんにお姫様抱っこされていた。

よく見ると百合音ゆりとさんは男性の姿に変わっていた。

いつの間に…。

僕はそんな暢気なことを考えていた。


【お姉さん。お兄さんをわたしにちょうだい?】


「無理な相談だ。お前にはやらん。かい!!」


「まかせろ!主様」


百合音ゆりとさんの後ろからかい君が飛び出してきて

思い切り長い刀で少女に切り掛かった。

なんだか…かい君大きくなってないか?

って言うか…人の姿をしていない!


真っ黒なヒヒの姿になったかい君。

全身が黒い毛でおおわれて姿が何倍にも大きくなっていた。

そして手足が恐ろしく長い。

かい君も百合音ゆりとさんと同じで姿を変えれたのか…。


ふわりと僕を抱えたまま地面に降り立った百合音ゆりとさん。

男性の姿になったからだろうか僕を抱えるのは何とも思っていないようだった。

地面に降ろされて彼女の後ろに庇われるようにして立つ。

百合音ゆりとさんの視線の先にはかい君と先ほどの赤い着物の少女が戦っていた。


「…」


「?」


百合音ゆりとさんが僕をじっと見つめて人差し指を立てて黙るようジェスチャーした。

僕は黙って頷く。どうやらまだ声は出してはいけないようだった。


【欲しい!欲しい!欲しい!穢れなき魂を…我が主に…】


「あいつは主様の下僕だ!おまえになんかにはやらん!」


目が血走り、牙が生えてきて涎を垂らしながら物凄い形相に変化してかい君に襲い掛かる少女。

もうどうみても少女には見えないが…。

彼女の狙いはどうやら僕のようだった。穢れなき魂…?どういう意味だ。

僕は百合音ゆりとさんの背中越しにかい君とのやり取りを見た。

かい君が物凄い勢いで切り掛かり追い詰めていく。

少女も抵抗するが無駄だった。スピードや力は明らかにかい君の方が強い。

戦闘が分からない僕ですらその差がはっきりわかるくらいだった。


「これで…おわりだ!」


【ギャー!!!!】


勝負はあっという間についた。

かい君が彼女を真っ二つにしてしまい粉々になって消えた。

跡形もなく。

刀を治めてかい君が元の姿に戻り、百合音ゆりとさんの元へ駆け寄ってくる。


「主様!やっつけたよ」


「ありがとう。かい。えらいえらい」


「へへへ」


百合音ゆりとさんに頭を撫でられて嬉しそうにするかい君。


「これ…あいつがもってた」


「よくやった。さすがは私の守り手だ…」


「えっへん!」


かい君が何か手にしていた物を百合音ゆりとさんに手渡す。

僕にはなにがなんやら…。

また色んなことがあり過ぎてキャパシティーを超えてしまっている状態だった。


「土方君。もうしゃべって大丈夫だよ」


イケメンの百合音ゆりとさんに優しく告げられる。

男性でも綺麗だな~。男の俺でもドキッとする色気を醸し出している…。


「ふぅー。あり…がとう…ございます」


「ひとまず帰ってからゆっくり説明するよ」


「はい…分かりました」


「下僕!おれのゆうしみてたか?」


「ああすごかったね…」


「そうだ!おれはつよいんだぞ!」


嬉しそうにふんぞり返りながら得意げな顔をするかい君。

あまりにも彼がいつも通りだったので僕はほっとした。

あんな大きなヒヒの姿になったとはとても信じられない…。

今さらだけど、かい君も妖怪あやかしなんだなと実感した。



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