第5話初仕事【後編】

ジャリ   ジャリ   ジャリ



砂を踏みしめる音を立てながら一段一段ゆっくりと階段を上っていく。

百合音ゆりとさんが先上りにはじめ、僕は彼女の後に続いた。

後ろにはかい君と御影みかげさんがいる。


ここからは誰に何を聞かれても答えてはいけない。

誰とも目を合わせてはいけない。

そして何があっても百合音ゆりとさんから離れてはいけない。


さっき教えられたルールを一つ一つ確認しながら階段を上る。

緊張してきた…。

階段を一段上がるごとにどんどん空気が重たく感じる。

それになんとなく肌寒い。

百合音ゆりとさんが言っていたのはこの事だったのか?


僕は誰とも目を合わせないように足元を見つめながら階段を上った。

少し先に百合音ゆりとさんの靴が見える。

これを見失わないようにしよう…。


「さて…。中に入る事には成功したな」


いつの間にか階段を上り参道が見えるところまで来ていた。


ドーン  ドーン  ドーン


遠くの方で大きな音が聞こえてくる。

これが…通報のあった騒音。

明らかに異常な音だった。

近くにあるように感じるのに遠くで響いているようにも感じる。

それにいったい何をすればこんな大きな音になるんだろうか?


「このあたりに問題はないな…。本殿へ行ってみよう」


百合音ゆりとさんがこちらを見てそう告げた。

僕は黙って頷いた。

すると、彼女が僕の左手をぎゅっと握ってきた。


‥‥!!!


びっくりして思わず声を出しそうになった。

彼女はニコニコしながらこちらを見ているだけだ。


「はぐれてしまうとまずいからな!」


コクコクと僕は何度も頭を縦に振って頷いた。


「ハハハ!土方君はかわいいな~」


からかわないでください!

そんな気持ちを込めて僕は百合音ゆりとさんをじっと見つめた。


「すまない…。土方君の反応が素直で…ついな」


「‥‥!」


にこっと太陽のような眩しい笑顔で笑う百合音ゆりとさん。

綺麗だ…。

思わず言葉に出して言ってしまいそうになる。

彼女が僕の手を握りながら前に進みだす。

手にはじっとり汗をかいてしまっている…。


恥ずかしい…。

40歳のおっさんの手なんか握って嫌じゃないのだろうか?

…いや、彼女の方が年上なのか。

仕事とは言え彼女に触れられることが嬉しかった。

僕はぎゅっと彼女の手を握り返した。


ドーン ドーン ドーン


本殿に近づくにつれて音がどんどん大きくなる。

空気が震えて地面も揺れている気がする。

この…音は地響きなのか?


本殿にたどり着くとさらに音の大きさがまし鼓膜が破れそうになった。

耳が…痛い!


「主様!!」


「ああ。分かってる…この中だな!」


かい君が百合音ゆりとさんの前に立ち身構えている。

いつにもまして激しい目つきだ。

この中に…妖怪あやかしが!!


ドーン ドーン ドーン


百合音ゆりとさんは何のためらいもなく本殿の扉を開けた。

すると中には大きな図体をした真っ赤な生き物がいた。

なんだ…これは…。

衝撃的過ぎて言葉にならない。

さっきからその大きく真っ赤な生き物は地団駄を踏んでいた。


「久しいな!鬼丸」


その大きな生き物に向かって百合音ゆりとさんが話しかけた。

するとこちらに気が付いた鬼丸と呼ばれている生き物がこちらに振り返った。


「…!!百合音ゆりと様!!」


「元気にしていたか?鬼丸」


「はっ…!お陰様でこの通りピンピンしておりまする」


僕は目を合わさないように俯いて二人の会話に耳を傾けた。

ほんとうに…妖怪あやかしがいるなんて…。

しかも神社に…。


「どうやら機嫌が悪いみたいだな。何をそんなに怒っている?」


「はっ…。お恥ずかしながら…私が大切にしていた物が何者かに壊されてしまいまして…」


「それは大変だ。何を壊された?」


「ご神体として飾ってあった鏡でございます」


「なるほど…それで結界をはり人間の侵入を防いでいたのか…」


「はい!ご神体が傷ついた今…ここは危険ですので。人間が近づけないようにしておりました」


「そうか。では鏡はこちらで何とか修理しよう」


「ありがとうございます!百合音ゆりと様」


恭しく頭を下げた鬼丸。

明らかに鬼丸の方が恐ろしく力も強そうだが、その態度は明らかにへりくだっている。

百合音ゆりとさんを尊敬し敬っているように感じた。

まるで忠誠を誓った武士のようだった。


「じゃあ早速ご神体のある場所まで案内してくれ」


「はい!畏まりました」


そう言うと鬼丸は大きな体をゆっくり動かしながら本殿の外に出て裏側に回った。

鬼丸の話では、この土地は悪霊や悪鬼が住み着きやすい場所で

人間に害をなすため、神社を作りご神体を祀りこの土地を守っていたそうだ。


ご神体は本殿の裏側の祠に祀られておりそれを守る役割が鬼丸で

数週間前に祠が壊されてしまっていたそうだ。

外に出ることも出来ず自分で修理することも出来ず

ここで地団駄を踏み、異音を出すことで誰かに気が付いてもらうのを待っていたそうだった。


本来なら壊される時に気配を感じるはずが何も感じず

神社の雰囲気が変化したことで異変を感じご神体が壊れていることに気が付いたそうだ。

いったい誰が…?

そんな大切なものを壊したんだろう?


僕と百合音ゆりとさん、鬼丸達と共にご神体のあった場所を確認した。

鬼丸の話していた通り、祠が壊されて荒らされた後だった。

壊れた祠の中にヒビの入った鏡が無造作に置かれていた。


御影みかげ何か分かるか?」


「はい…。微かですが匂いが残っています」


祠のあたりで匂いを嗅いでいた御影みかげが言う。

彼女は凄く鼻がいいらしく、何キロ離れていても嗅ぎ分けることが出来るそうだ。


「よし。その匂いをたどって犯人を突き止めよう」


「方角はあちらの方です…」


「ここから遠いのか?」


「そうですね‥‥。歩くと結構かかります」


「そうか。じゃあ…先に鏡を修理しよう。かい


「はい!主様!」


他らの中に会った鏡をかい君が手にして持ち運んだ。

どこから出したのか、大きな桐の箱を出してきて丁寧に鏡をその中に入れた。


来た道を戻り僕達は祠を後にした。

百合音ゆりとさんに手を引かれて入り口まで戻ってきた。


ツンツン


何かに服を引っ張られている感覚があり僕は後ろを振り向いた。

すると見たことのない赤い着物を着た少女が立っていた。


誰だ?

こんな子供いたか?


【お兄さん。お兄さん】


声にならない声で話しかけられる。

その瞬間全身の血の気が一斉に引いてく感じがした。

僕は慌てて前を向いて視線を逸らした。


目を…合わせてしまっただろうか?

前髪が長いため少女の目は見えてない。

寒い‥‥。でも熱い‥‥。

全身の毛穴から汗が一斉に噴き出てくる気がした。


【ねぇ。ねぇ。お兄さん】


僕は目を閉じて聞こえないふりをした。

答えてはダメだ…。

見てもダメだ…。

ここに入る前百合音ゆりとさんに言われたことだ。


ドクン ドクン


心臓の鼓動がどんどん速くなり息も上がってきて呼吸が荒くなる。

苦しい…。怖い…。

僕は胸を押さえて必死に呼吸を整えようとする。


ツンツン


まただ…。また服を掴まれてる…。

赤い着物の少女はまだぼくに話しかけるのをやめない。

どうしよう…!!!

逃げないと…そう思った瞬間、百合音ゆりとさんの声がした。


「土方君…土方君!」


遠くの方で彼女の声がした。

するとさっきまで握られていた手の感覚を思い出してハッと目を開いた。



「…!!!」


「大丈夫か?ボーっとして?」


僕は黙って頷いた。足が震えてる…。


「もうしゃっべてもいい!顔が真っ青だぞ。何かあったのか?」


「さっきまで…服の裾を小さな女の子が…」


百合音ゆりとさんの許可が出たため言いかけて振り返ると誰もいなかった。

さっきのは幻覚だったのか…?


「誰に話しかけられた?」


「赤い着物をきた小さな女の子です…」


「ほぉ…。なるほど…」


何か考え込む様に僕をじっと見つめる百合音ゆりとさん。

まだ…心臓がどきどきしている。


「恐らく鏡を壊した犯人だろうな…」


「そうなんですか…」


「しかし…私に気づかれず土方君を捕まえるとは…なかなかだな」


「すみません…返事はしなかったんですが…目は合ってしまったかもしれません…」


「気にすることはない。私と一緒にいたから問題ないよ」


「そうですか…」


僕はホッと胸をなでおろした。

見かけは先ほど目にした、鬼丸の方が恐ろしいのに

恐怖を感じたのは赤い着物を着た少女の方だった。

目が見えなかったからなのか?

正体の分からない不気味さ。本能的に危ないと肌で感じた。


「じゃあちょっと土方君しゃがんでくれ!」


「あ…はい」


僕は言われるがまま百合音ゆりとさんの前にしゃがんで膝をついた。

彼女がコツンと僕のおでこに自分のを引っ付けてきた。

えっ…?!

一瞬すごくどきっとして躊躇ってしまったが恐らく必要な事なのだろう…。

何も言わずにじっとして彼女にされるがままになっていた。


百合音ゆりとさんが何かを念じながら目を閉じている。

すると体がふわっと軽くなり緊張がほぐれてきた。

黄色い光に包まれて温かなお湯につかっているような心地になる。


不思議な感覚だ…。でも…ほっとする‥‥。


「よし!もう大丈夫だ!」


彼女がそう言って両手を頬からはなした。


「すごい!体が軽いです」


「少し邪気が付いていたから祓った。何か違和感はないか?」


「大丈夫です。ありがとうございます!」


「よかった!」


にっこりと百合音ゆりとさんが微笑んでくれる。

小さな女の子の姿だがとっても綺麗だ。

やっぱり彼女はどんな姿でも綺麗なんだろうなとこっそり思った。


「よし!一旦店に戻ろう。犯人は後だ」


「でも…」


「土方君は妖怪あやかしに触れたんだ。無理しない方がいい」


「分かりました…」


御影みかげ!追跡して場所が特定できたら知らせてくれ」


「畏まりました」


百合音ゆりとさんが支持すると、御影みかげさんは走り去り消えてしまった。

僕とかい君と百合音ゆりとさんの三人で店に戻ることになった。

戻る道中もずっと左手を百合音ゆりとさんが握ってくれていた。

まるで何かから守るみたいに…。


あの赤い着物を着た女の子は何なんだろう?

どうして鏡を壊したんだろう?

何で僕に話しかけてきたんだろう?


分からないことだらけだ…。

昨日と同じで頭の中は様々な情報で溢れかえっている。

これは…慣れるまでハードな仕事だな…。

全く違う世界。日常から非日常。こちらのルールが通じない相手。

そんな世界に僕は足を踏み入れてしまったのか…。


僕は帰りの道を歩きながら、今後…この仕事を続けていくには覚悟が必要だと感じていた。

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