第4話初仕事【前編】

「ひとまず今日は顔合わせだけだから、土方君は帰っていいよ」


「え…でもまだ時間がありますけど…」


「色々聞いて頭がパンクしそうだろ?」


「はい…まぁ混乱はしてます」


「だったら今日は早く帰ってゆっくり休むと良い」


「わかりました…ありがとうございます」


僕は立ち上がってティーカップを片付けた。

色々聞いたり、見たり僕を百合音ゆりとさんは気遣ってくれているのだろう…。

正直なところ一旦、頭の中を整理したかったから彼女の提案は有難かった。


「では…失礼します」


「ああ。また明日からよろしく!」


百合音ゆりとさんに笑顔で見送られて僕は雑貨屋を後にした。

明日からは警察署に出勤ではなく直接お店に出勤すると言われた。

僕の今後の仕事は百合音ゆりとさんと一緒に妖怪あやかしと人間の問題を解決して

その事務手続きを僕がする…。

それから…。百合音ゆりとさんの身の回りのお世話をする。


「どんなお世話をしたら…いいんだろうか?」


帰りの電車に揺られながら、女性のお世話をしたことがない僕は戸惑っていた。

妹がいるといっても、特に何かしたことがない。

逆に妹の方がしっかりしていたくらいだ。

今日みたいにお茶の用意とかを…すればいいんだろうか?

それだと身の回りの世話にはならない。

彼女の衣食住のお世話をすると捉えていいんだろうか?

うーん…。


「ちょっと…本でも買っていこうか…」


参考程度に何か知っておいた方が良いかもしれない。

僕は悩んだ挙句久しぶりに書店へ行っていくつか本を買う事にした。

役に立つか分からないが、美味しいお茶の入れ方くらいは研究しておこうと思った。


お会計を済ませて、さっきまでのやり取りを思い出す。

百合音ゆりとさんが喜ぶ顔が見たい。

彼女に笑っていて欲しい…。

心なしか浮き立つような気持になった。

その日は珍しく家に帰る足取りが軽かった。



そして。その日の晩も同じ夢を見た。

桜色の中、優しい銀色の女性に抱きしめられる夢…。

いつもと違うのは夢の中の女性が、百合音ゆりとさんになっていた事だった。

きっと…僕の願望だろう。

銀色の女性が彼女であってほしいと言う。

それでも良かった。幸せな気持ちになりながら僕はいつもの時間に起きて身支度を整えた。


そして勤務先である、雑貨屋に到着した。

どうしよう…。つい、いつもの習慣で朝早くから来てしまった‥‥。

百合音ゆりとさんはもういるんだろうか?

早すぎて迷惑ではないだろうか?

店の前で躊躇っていると、真っ白な大きな犬が僕の前に現れた。


「綺麗な…犬だな…」


瞳が金色で、日に当たると銀色にも見えるふわふわした毛並みの犬。

いや…狼の方が近いかもしれない。

ジッとこちらを見つめてくるその表情はとても賢そうに見えた。

しばらく僕を見つめた後、何事もなかったかのように静かに店の中に入って行った。


「中に入っていいって…ことかな?」


僕は意を決して白い狼の後に続いて店に入った。



「おはよう!土方君」


「おはようございます。百合音ゆりとさん」


悩んでいたことが馬鹿らしいくらい、にこやかに出迎えてくれた。

僕はホッと胸をなでおろした。

さっき入り口で見かけた白い狼もいた。

百合音ゆりとさんは椅子から立ち上がって、僕の前に立った。


「早速なんだが、朝食を作ってくれないか?」


「はい。何か食べたいものはありますか?」


「ホットケーキがいい!」


「分かりました。材料を買ってきますね」


「その必要はない。作りたいものを想像すれば勝手に材料が用意されるから」


「え?そうなんですか…」


「ああ。買い物いらずで便利だろう?」


得意げに百合音ゆりとさんがこちらを見て扇をはためかせる。

凄いな…。想像するだけで材料が揃うなんて‥‥。

これも百合音ゆりとさんの能力なのだろうか?

僕は台所にある冷蔵庫を恐る恐る開けた。

すると卵に牛乳、薄力粉、バターに油それからベーキングパウダー。

パンケーキに必要な材料が入っていた。


「ほんとうに…入ってる」


よし!僕は早速、パンケーキ作りの準備を始めた。

作り方はスマートフォンを見れば何とかなる。

あとは…バター以外に蜂蜜もあったら美味しいだろうな‥‥。

そう思った瞬間…。



カタン


いつの間にか手元に蜂蜜が置かれていた。

おお!すごい…。本当に想像しただけで材料が現れた。

じゃあ…。生クリームもあった方が美味しんじゃないか?


カタン


すると目の前に生クリームのパックが現れた。

おお!生クリーム!

僕は感動してしばらく動けなかった。


「いけない…。百合音ゆりとさんが待ってる…」


やかんにお水を入れて湯を沸かしその間に材料を混ぜ合わせて、生クリームを作った。

思ったよりも簡単だ。最近の料理レシピは動画も一緒にアップしてくれている。

それを見ながら作れば初めてでも簡単に再現することが出来た。


僕は紅茶を入れて、焼いたホットケーキを百合音ゆりとさんに出した。


「おお!すごい」


「初めて作ったので…味は分かりませんが…」


「はぁ…最高だ!蜂蜜に生クリームまで…」


「おれのぶんもあるのか?下僕!」


「ありますよ…こちらに」


目をキラキラ輝かせながら僕が作ったホットケーキを見つめる百合音ゆりとさんとかい君。

二人とも可愛い…。

器用な手つきでナイフとフォークを使いながら、ホットケーキを食べている。

かい君も大きな口を開けて美味しそうに頬張っている。

こうしてみると本当に子供みたいで可愛い。


「美味しい!土方君!すっごく美味しいよ」


「良かったです…」


「君は食べないのか?」


「朝は食べれなくて…」


「ダメだぞ!きちんと食べないと!」


「はい…すみません…」


「まぁ…それも今のうちだけだな…」


「え?」


彼女がそうポツリと呟いた。

どいう意味だろう?尋ねたかったが食べるのを邪魔しては悪いと思いやめた。

僕は自分の分の紅茶を入れてソファに腰かけた。

昨日入れ直したものよりも美味しくできていた。

やっぱり本を読んでおいてよかったな…。

紅茶は入れる茶葉によって温度や蒸らす時間が異なる。

しかもお水の種類でも味がことなるという繊細さを持っていた。


「この紅茶も美味しい~」


「喜んで貰えてよかったです…」


胸にほんのり明かりが灯ったような…ほっこりした気持ちになった。

やっぱり僕は彼女が好きなんだろう。

百合音ゆりとさんが笑顔で喜んでくれている表情を見るたびに

僕も嬉しくなり顔がほころんだ。


「あの…百合音ゆりとさん…」


「なんだい?土方君」


「その白い狼はいったい…」


「ああ!彼女の事だな。すまない紹介していなかったな…御影みかげ!」


百合音ゆりとさんがそう言うと、白い狼の姿からみるみるうちに女性の姿に変わった。


「はじめまして…。御影みかげと申します」


「あ…土方明憲ひじかたあきのりです」


礼儀正しくお辞儀された。

御影みかげと名乗る女性は、物静かそうな雰囲気でとても綺麗な女性だった。

銀色の生地に白い糸の刺繍が施されている着物を着て

長い髪を赤いひもで高く結っていた。


「彼女は私を守護してくれている。狛犬一族の娘だ」


「狛犬…狼じゃなかったんですね…」


「おおむね狼で合っています。狼は狛犬の眷属ですから」


「そうなんですね‥‥御影みかげさん。これからよろしくお願いします」


「こちらこそ…。よろしくお願いいたします」


それだけ言うと彼女はまた狼の姿に戻ってしまった。


御影みかげさんは何も食べないんですか?」


「ああ。私の生気を糧に生きているから必要ない」


「そうなんですね…」


「よし!お腹もいっぱいになったし、早速仕事に行こう!」


パン!と扇を閉じて百合音ゆりとさんが立ち上がった。

仕事…。妖怪あやかしの問題ごとを解決する…。

大丈夫だろうか?

今までに体験したことがない仕事だ…。僕は不安になってきた…。


「大丈夫だよ…土方君」


百合音ゆりとさん…」


僕の気持ちを察してか、彼女が肩をポンポンと叩いてくれる。


「君は見ているだけでいい」


「わかりました」


「じゃあ。行こうか!」


パチンと彼女が指を鳴らすと、銀色の髪から真っ黒な髪に変化した。

着ている着物も洋服へと変わっていた。

そして見た目の年齢も幼くなり変化していた。

10歳くらいだろうか…?どう見ても小さな女の子にしか見えない。


「その姿は…?」


「外に出る時は人間の姿になるんだ!見た目だけな!」


バチンとウィンクしながらポーズを決める百合音ゆりとさん。

可愛い…。


「なるほど…でもなんで子供の姿んですか?」


「いつも同じ姿では飽きるだろう?」


「はぁ…」


今の彼女は綺麗な桃色のワンピースを着たどこにでもいる普通の少女にしか見えない。

確かにいつもの姿では目立ってしまうだろう…。

今の姿なら僕と並んで歩いていても親子にしか見られないだろうと思った。


「あ…それから。これを土方君に渡しておこう」


そう言いながら、百合音ゆりとさんが青い宝石がついたペンダントを渡してくれた。

小さな青い石がついた銀色のペンダントだった。

綺麗な色の石…。彼女と同じ瞳の色だ…。

手のひらの上のペンダントを見つめながらそう思った。


「あの…これは…?」


「お守りだ。いつも肌身離さず付けていてくれ」


「わかりました」


僕は手渡されたペンダントを身に着けた。

無くさないように大切にしよう…。


「ついでに言うと、それを付けていれば私の魅了にあてられることはない」


「なるほど…ありがとうございます」


そんな効果があるのか…。

昨日、百合音ゆりとさんに抱き着かれた時

何とも言えないふわふわした気持ちになった。

あれは彼女の力の一部で魅了と呼ばれているものらしい。


「じゃあ行こうか!」


「はい!」


僕は百合音ゆりとさんの後に続いて店を出た。

現場にはかい君と御影みかげさんも一緒に行くことになった。

かい君と御影みかげさんは普通の人には見えないらしい。

彼らはいつも通りの姿で歩いていた。


今日の仕事は神社へ行って騒音問題を解決すると言ったものだった。

警察の仕事でもない気がするが…。

百合音ゆりとさんの話によると、近所の人から通報があり問題のある神社へ行ったところ

鳥居をくぐって階段を上ったところで元の場所に戻ってきてしまうそうだ。

その為そもそもの騒音の原因が調査できず対応に困っていたため

零課にこの案件が回ってきたと言うものだった。


「神社の騒音って…警察の管轄なんでしょうか?」


「管轄ではないが…通報があった以上何かしらの対応をしないといけないんだ」


「なるほど…」


「しかも、対応しようにも入り口ではじき出されているからね…普通の人では解決できないそうだ」


「それで零課に?」


「ああ。零課は特殊な案件を扱う部署だからな」


普通の人では解決できない事…。

つまりは妖怪あやかしが絡んでいるという事だろう。

そう考えると何も知らない僕にとってはどんなことになるのか

全く想像が出来なかった。


店を出て15分ほど歩いたところに問題の神社が見えてきた。

どこにでもあるような神社で鳥居があってその後ろにすぐ上に続く階段があった。


「ここだな!」


「特に変わった様子はないですけど…」


「いや…もうここから嫌な空気が流れてるよ…」


「えっ?そうなんですか」


「じゃあ現場に行く前にいくつかルールを伝えておくね!」


くるりと振り向いてこちらを見てくる百合音ゆりとさん。

声は明るいけど表情はとても真剣だった。


「まず一つ目は誰に話しかけられても答えてはいけない」


「…百合音ゆりとさんからもですか?」


「そうだ」


「二つ目は相手の目を見てはいけない」


「分かり…ました」


「最後は私の傍を絶対に離れない事」


「はい…」


そんなに恐ろしい相手なのだろうか…。

話を聞いただけでは騒音が問題になっているだけで実害はまだない。

でも、百合音ゆりとさんの決まり事を聞いている限りでは

途轍もなく恐ろしい相手なような気がした。


それも…そうか。

なんせ相手は人間ではない。妖怪あやかしなのだ。

漫画やアニメで見るような恐ろしい相手なのかもしれないのだ。


僕は百合音ゆりとさんから言われた事を忘れないように何度も頭の中で反芻した。


「じゃあ…行くよ。土方君」


百合音ゆりとさんがにこやかな表情で問いかけてくる。

僕は何も言わずに、コクリと頷いた。

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