第3話白銀の一族


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その一族のなすことに逆らってはいけない。

その一族を怒らせてはならない。

その一族を敵に回してはいけない。


なぜなら彼らは神のように尊く、妖怪あやかしのように強い力を持ち

人でありながら人成らざる者だからである。


神と妖怪あやかしに愛された人々。


輝く銀色の髪を持つその一族をみな『白銀はくぎんの一族』と呼んだ。


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「あの…この部屋はいったい…さっきの庭はどこに行ったんですか?」


「ハハハ!驚いただろう?あれは私の作った夢庭ゆめにわだ」


夢庭ゆめにわ?」


「そう。妖怪あやかしの術だ。人と妖怪あやかしの世界の狭間の空間に私が思い描いた世界を作る…そういう術だよ」


「じゃあ…望月さんは妖怪あやかしなんですか?」


「いいや…ちょっと違うな…今からそれについて説明しよう!」


彼女に座るよう促されて僕は近くに会ったソファに腰かけた。

よく見ると部屋の中には大きなソファと。ローテーブル

望月さんが座っている椅子に文机。

全ての家具がこげ茶で統一されており、モダンでレトロな調度品が並んでいた。

壁には花柄の壁紙。大きな柱時計。彼女の机の上には砂時計や万年筆が置かれてる。


とても不思議な空間だった。

でも…凄く居心地がいい。なんでだろう?


「よし!かい。アレを頼む!」


「りょうかいした!」


かいと呼ばれる少年がゴロゴロと音を立てながら映写機を押してきた。

望月さんがパチンと指を鳴らすと部屋が暗くなり、映写機から映像が流れだした。

人形劇だった。布でできた人形が出てきて動き出しナレーションの声が聞こえてくる。


『むかしむかし、ある所にそれそれは美しい女性がいました』


『その女性は小さな村で両親と慎ましやかに暮らしていました』


『ところがある日。その女性が湖で水浴びをしていると3人の男に見られてしまします』


『3人の男は一目見た瞬間、その女性を好きになってしまい虜になってしまいました』


『3人の男は美しい女性に気に入られようとありとあらゆる財宝を送ります』


『しかし、何を贈っても女性が喜ぶことはありません』


『困り果てた一人の男が尋ねます。どうしたらあなたは喜んでくれますか?』


『すると美しい女性はこう答えました。何もいりません。ただ健康に暮らしたいのです』


『もう一人の男も尋ねました。健康以外に欲しいものはないか?』


『何もいりません。ただ多くの人に囲まれて楽しく暮らしたいのです』


『最後の男も尋ねます。健康と多くの人に囲まれること以外に欲しいものはないか?』


『女性は答えました。何もいりません。ただなんの不自由なく生活したいのです』


『その答えを聞いた男たちは女性にそれぞれ望むものを与えました』


『一人はどんな病気も怪我もたちどころに治る丈夫な体を』


『一人は誰でも魅了しどんな人でも虜にする美しい瞳を』


『一人は何も不自由することなく生活できるよう賢い頭を』


『それを与えられた美しい女性はたちどころに髪の色が銀色になり、輝く蒼い瞳を持ち、どんなことでも理解する知識を得ました』


『美しい女性を好きになった3人の男達は人間ではなく、神や妖怪と呼ばれる人達だったのです』


『そうして美しい女性は与えられた体と知識で両親と村人たちと共に楽しく暮らしましたとさ』


カシャン。


そこで映像が終わり部屋が再び明るくなった。


「今見た映像の話が…望月さんという事ですか?」


「私ではない。私の曾祖母の話だ」


「そんな前の…」


「私達は『白銀はくぎんの一族』と言われ、常人離れした能力を持って生まれる一族なんだ」


「常人離れした能力…」


その言葉でさっき起こった現象を理解した。

望月もちづき百合音ゆりとという女性は人間の姿をしていながら

妖怪あやかしの術を使っていた。

彼女の見た目は、人形劇でできた『美しい女性』そのままだった。


「私の曾祖母はもうかれこれ500年以上生きていて、今でも一族をまとめる長をしている」


「500年!!」


「ああ。本人ももう詳しい年月は覚えていないと言っていた」


「ちょっと…待ってください。そうすると…望月さんは…」


「うーん…。わたしで100歳くらいか?ハハハ」


「ハハハって…僕より年上だったんですね…」


「うん。そうなるな!」


白銀はくぎんの一族』

常人離れした能力をもち、長い寿命をもつ人々の総称。

確かに、さっきの人形劇では病気にもならず怪我もすぐに治る体と言われていたけど…。

だめだ…。情報量が多すぎる…。


「まぁ!落ち着き給え。土方ひじかた君」


「はぁ…」


「一度に理解しなくていい。私達は常識の外側の存在だからな」


「すみません…混乱してて…」


「大体みんなそんなものさ。さぁ。お茶でも飲んでリラックスして…」


かいと呼ばれる少年が、危ない足取りでティーカップを運んでくる。

僕は思わず立ち上がって、彼からティーカップを受け取った。

椅子に座って、深呼吸してお茶を飲んだ。


「ぐはっ…!!」


まずい!!


「な…何で‥すかこのおちゃ…ゲホゲホ」


咽てうまくしゃべれない。

独特の苦みと匂い。まるで、土と草をそのまま煮だしたような味だった。


「うーん…。かいは家事が苦手でな…あの子が入れるといつもそうなる」


「これは…ひどいですね…」


「うっせ!下僕のくせになまいきだぞ!」


「痛い!」


またかいという少年に思いっきり足を蹴られてしまった。

骨が折れるんじゃないかというくらいの衝撃。

彼も…妖怪あやかしかなんかの類なんだろうか…?


かい!すぐに蹴るのはやめなさい」


「だって…」


「あの…僕が入れ直してもいいですか?」


「本当か!」


いきなり、望月さんが立ち上がってこちらに向かってきた。


「え…ええ。家事は一通りできますし…お茶くらい…」


「それは凄く助かる!!ぜひ頼むよ」


そう言って思いっきり望月さんに抱き着かれてしまった。

あ…。いい香りだ…。

思わず意識がとろんとしてふわふわした心地になってしまった。


「おっと…。すまない。距離が近すぎたな」


「いえ…あの…」


「これも曾祖母から受け継いだ能力の一つなんだ。魅了と呼ばれている」


「なるほど…」


だからあんなにふわふわして夢見心地な気持ちになったのか。


「それと…わたしのことは百合音ゆりとでいい」


「いえ‥でも…」


望月もちづきといわれても、望月家は沢山いるんだ。名前で呼んでもらった方が助かる」


「わかりました…。では百合音ゆりとさんとお呼びします」


「うむ!じゃあ…早速。美味しいお茶を入れてくれ」


ニコニコしながら、胸元から扇をだしてパタパタと仰ぎだした。

優美で綺麗な動作だと思って、思わず見入ってしまった。

百合音ゆりとさん…。

今度、夢の話をしてみよう…。もしかしたら僕がずっと恋焦がれいた女性かもしれない。

そんな事を考えながら僕はお茶を入れ直した。

僕達がいる部屋の隣に小さなキッチンがあった。

そこにはやかんにティーカップ、スプーンやお皿。

一通りの調理器具が用意されていた。

僕はやかんに水をそそいで沸騰させ茶葉をティーポットに入れた。


「美味しい!!君は天才だな!!」


「いえ…普通に入れただけです」


「こんなに美味しいお茶は久しぶりだ」


「ありがとうございます」


彼女のクルクルと変わる表情を見ていると、だんだんと落ち着いてきた。

今僕が置かれている状況はとても不思議で現実離れしている。

少し…怖い。

でも…百合音ゆりとさん自身は悪い人には見えない。


今僕の目の前で美味しそうな顔をしながら、僕が入れたお茶を飲んでいる女性。

悪いようにはされないだろう…。

それにしても…。


「あの。百合音ゆりとさん。僕は何の仕事をすればいいでしょうか?」


単純に思った疑問を彼女にぶつけてみた。


「君には私のアシスタントをしてもらう」


「それは…具体的にはどんなことを?」


「私は主に妖怪あやかし専門に商いをしている」


「はい」


手に持っていたティーカップを置いて、ゆったりとした動作で扇を持ちながら

百合音ゆりとさんが説明してくれる。


「その妖怪あやかしが時々、人間界に行って、現象を起こしてしまう事がある」


「はい」


「それは人の目には全く見えない。竜巻が起こっているようにも見えるし、地震だと思う時もある」


「なるほど…」


「でも実際には妖怪あやかしが関連していることがほとんどで、それを解決するのがこの公安零課というわけさ!」


バシ!と小気味よい音をたてて開いていた扇子を閉じた。

どの所作を見ても彼女の動きは綺麗だ…。百合音ゆりとさんが綺麗だからだろうか?


「僕がその仕事をするって事ですね?」


「実際には、解決するのは私だ。土方君にはその後の人間界側の事務手続を行ってもらいたい」


「わかりました…」


「あとは…」


「あとは?」


何だろう?凄く真剣な表情で百合音ゆりとさんがこちらを見つめてくる。

ゴクリと僕は生唾を飲んだ。


「土方君には…」


「僕には…」


「私の身の回りの世話をしてもらいたい!」


「へっ?」


そんな事でいいのか?

緊張していた分、拍子抜けしてしまった。

もっと凄い事を要求されるかと思った…。


「頼めるだろうか?」


百合音ゆりとさんが、上目遣いで心配そうな顔でこちを見つめてくる。

ドクリと心臓が大きく鼓動するのを感じた。

何だろう…。この気持ちは…。


「問題ないです。やります」


「ありがとう!土方君ならそう言ってくれると思っていたよ!」


嬉しそうに花が咲いたように笑う、百合音ゆりとさん。

かっ…。可愛い!!!!


僕は年甲斐もなく赤面してしまったことに気が付いた。

こんなに女性を可愛いと思ったのはいつぶりだろうか?

いや…。そんな体験した事あったか?

正直、部屋がいきなり変わってしまったことよりも

今自分の身に起こっている現象の方が衝撃だった。


40歳になってこんな気持ちになるなんて‥‥。

彼女が夢の中の女性だからだろうか?


ニコニコして上機嫌な百合音ゆりとさんを尻目に僕はこの感情を持て余していた。

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