第2話 公安・零課
ピピピ!ピピピ!
目覚ましのアラームが鳴る音で僕は目が覚めた。
ディスプレイを確認したら午前6時ちょうど。
ぼんやりとした意識の中でスマートフォンのアラーム通知を止める。
「懐かしい…夢だったな…」
僕はポツリと呟いた。
小さい頃の記憶だが今でも強烈に覚えている。
眩い光の中を泣きながら歩き続けて…その先に銀色の髪をした女性を見た。
顔は見えなかったがおそらく綺麗な女性だろう…。
子供の頃、彼女の姿を見てそう感じ今でも綺麗だと思っている。
「なんで…今になって…」
大人になり就職して働くようになってからは全く見なくなった夢だった。
小さい頃は何度も繰り返し見ていた。
その度にあの優しい女性に抱きしめられるところで目が覚める。
続きが見たいと思っていても、僕の記憶はそこで止まっているためできなかった。
僕が憧れ続けている女性…。綺麗な銀色の髪をした女性…。
いつか…彼女にもう一度会えたら…。
「何を…馬鹿なことを…」
僕はため息をついてベットから起き上がり洗面所に行って顔を洗った。
鏡に映る自分はひどく疲れた顔をしていた。
頬はやせこけて目の下には消えない隈がくっきりある。
最近は目元の皺も深くなってきた気がする…。
「当り前か…もう今年で40歳だもんな…」
そんな事を呟きながら髭をそり、髪型をセットして身支度を整え勤務先へ向かう。
朝食は食べない。
用意をすることが煩わしいことと、朝から食べる気がしないのだ。
20歳の頃は朝から唐揚げとか食ってたけどな…。
働き始めの頃を思い出して、少し胸焼けするような気がした。
勤務先は電車で30分行ったところにある警察署。
その中で交通課の事務をするのが僕の仕事だ。
毎日決まった時間に起きて、決まった時間に出勤する。
それが僕の日常だった。
毎朝早く家を出るのは通勤ラッシュを避けるためだ。
人混みが苦手な僕は必然的に朝早く行動するようになった。
午前8時。
自分の席でいつものように書類に目を通しパソコンに打ち込んでいく。
何の変哲もない、いつもの日常だった。
妻も子供もなく40年間生きてきて、大きな事件や事故に合う事もなく
ドラマチックな恋愛もすることなくただただ…平凡な毎日を送っていた。
元々大人しい性格のせいかもしれない…。
恋人もいた事はあったが自分から告白した記憶はない。そして
自分から別れを告げたこともなかった。
いつも相手から告白されて、相手から別れを告げられる。その繰り返しだ。
来る者拒まず。去る者は追わず。
それがいつものパターンだった。
何もなければそれでいい…。そう自分に言い聞かせながら生きてきた。
何かに打ち込んだこともなく熱中したこともない。
淡白な人生だと思う。それでもそれなりに幸せだと思ってる。
僕は大きな病気も今のところなく健康だし仕事もある。老後の蓄えもしている。
家族は皆離れて暮らしているけど元気だし、大学の時代からの友達も数人いる。
だいたい結婚してしまって会うことは少ないが多少なりとも、交流はある。
もし今僕が死んでも誰も困りはしないだろう。
妹はもしかしたら寂しがってくれるかもしれないが…。
ただ可もなく不可もなしの人生。それだけだ。
それが警部の一言で大きく変わってしまう。
「土方君!ちょっと来てくれ」
「はい」
警部に呼ばれて僕は別室に通された。
警部の隣には役職がかなり上の警視までいた。
…。僕は何かやってしまったんだろうか?
上司に別室にいきなり呼び出された僕は一抹の不安を覚えた。
「あの…僕は何かしたんでしょうか?」
僕は不安に耐え切れず口を開いた。
「君に辞令が出ている。今日から公安零課に行ってもらいたい」
「へっ…?」
予想だにしなかったことを言われて思わず間抜けな声を出してしまった。
「公安…零課?ですか…」
「そうだ。今日から1年間そこで従事してくれ。詳しい事は行けばわかる」
「あの…でも…」
「話は以上だ」
そう言われて話を打ち切られてしまった。取り付く島もなかった。
なんで…?こんな時期に異動なんて…。しかも公安零課なんて聞いたことがない…。
頭の中に様々な疑問が浮かぶが、上司がいう事が絶対な警察の中では従うしかない。
すごすごと部屋を出て行き、ため息をついた。
「仕方ない…。ひとまず指定された場所へ行くか…」
警部に渡されたメモを握り締めて僕は目的地に向かった。
ここからそう遠くない場所が指定されていた。
でも…なんで警察署の外で待ち合わせなんだ?
新しい上司は変わっている気がした。
普通なら異動で所属が変わるなら配属先の部屋に行くのが当たり前だ。
まぁ…行ってみれば分かるか。僕はメモに書かれた住所をスマートフォンに打ち込んだ。
今日は天気も良く気温も温かい。春も終わりを告げて夏を迎えようとしている。
少し歩くと汗ばむ季節だった。
「確か…この辺なんだけど…」
スマートフォンのナビには今自分が立っている場所が現在地と示している。
でもそこにはどこにでもあるような雑貨屋さんが一軒ポツリと建っているだけだった。
この雑貨屋さんが指定された場所なのか?
店の前で何度もスマートフォンを確認しながらウロウロしていると
後ろから声を掛けられた。
「おい!そこのおまえ」
「えっ?」
振り返るとそこには目つきが鋭く、紺色の甚平を着た黒髪の少年が立っていた。
幼稚園児くらいかな…。
僕の膝くらいまでの身長の少年がしたからジッと僕を見上げてくる。
「どうしたのかな?僕」
「おまえ、主様のあたらしい下僕か?」
「はぁ?主様…下僕…」
おおよそ幼稚園児とは思えない単語が発せられ理解するまでに時間がかかった。
この子はなんなんだろう?
無視するわけにもいかず、どう対応するか考えていたらいきなり手を掴まれ引っ張られた。
「ついてこい。主様のもとへあんないする」
「えっ!ちょ…ちょと僕!」
思いのほか強い力だった。
ズルズルと引きずられるような形で店の中に入って行った。
店に入ると様々な日用品が並んだ棚がありその奥にレジカウンターがあった。
その横の扉を開けて少年は前に進んでいく。
扉を開けた瞬間‥‥。眩しい光が目の前を覆う。
僕はあまりの眩しさに思わず目を閉じてしまった。
「主様!あたらしい下僕をつれてきました!」
「こらこら。
先ほどの少年の声と女性の声…。
どうやら連れていかれた先に女性がいるようだった。
僕はゆっくりを瞼を開けた。
「ここは…!!」
瞼を開いたその先には季節外れの桜が一面に咲き誇る庭に出ていた。
なんで?さっきまで店の中にいたよな?
ここはどこだ?
それに…この景色…どこかで見たことがあるような…。
「君が
「は…い…」
僕は目の前にいる女性を見た瞬間…息をのんだ。
夢の中の銀色の女性だ!
桜が一面に咲き誇る庭。銀色の髪をなびかせ、艶やかな着物を着た女性が立っていた。
僕がずっと会いたいと願い続けていた女性…。
夢じゃない…。よな…?
「今日から君は私の部下でありアシスタントだ。宜しく頼む」
「え…あ…はい」
「はっきりへんじをしろ!主様のまえだぞ!」
「痛い!」
目つきの悪い少年に思いっきり足を蹴られてしまった。
よろめいて倒れそうになった…見かけによらず物凄い力だ。
「こら!
「だって…こいつが…」
「
「ごめんなさい…」
銀色の女性に窘められた少年が小さくなって俯く。
どうやら彼女の言う事は聞くようだった。
だが、この状況は全く理解できない。
今いる場所も…目の前にいる女性も…とてもじゃないが現実とは思えない。
「まずは自己紹介をしよう!私は
「僕は
そう言ってにっこりと笑い、彼女はほっそりとした白い手を僕に差し出してきた。
僕はゆっくりとその手を握り返した。
一言一句、噛みしめるように彼女の名前を心の中で呟いた。
「この雑貨屋の店主であり、公安零課の仕事をしている」
「あの…公安零課って?」
「誰もやらない、誰もにもやれない事をする課さ!」
「はぁ…」
答えにならない答えが返ってきた。
ニコニコしながら穏やかな口調で受け答えをする望月さん。
彼女の声はとても耳障りが良く不思議と初対面なのに緊張しなかった。
「土方君。君は今何歳だ?」
「今年で40歳です」
「うむ。ちょうどいいな」
「あの…何がちょうどいいでんすか?」
「まぁ…いずれ分かるよ」
穏やかな笑顔で
綺麗だ…。
長い綺麗な銀色の髪の毛に、くっきりとした二重の大きな瞳。
彼女の瞳の色は硝子のように澄んだ蒼い色をしていた。
常人離れした彼女の容姿はまるでこの世のものとは思えないくらい美しく感じた。
彼女の歳はどれくらいだろう…。僕よりも一回り以上若く見える…。
「それにしても…君は…独特の気配があるね」
彼女がぐっと距離を詰めてきて僕の顔を覗き込んできた。
僕は思わずたじろいて後ろに一歩下がる。
「なぜ逃げる?」
「すいません…急に近くなったので」
「それはすまないな!私は距離感が近いとよく言われるんだ」
「そう…なんですか…」
「妹達にもよく怒られる…気を付けるとしよう!」
そう言うと彼女はパっと後ろに下がって距離をとってしまった。
勿体ない事をした…。思わずそんな事を思ってしまった。
それにしても…妹さんがいるのか…。
「よし!立ち話も何だし部屋に戻ろう」
「えっ?」
パン!
彼女が両手を叩いた途端、桜の庭から屋内に移動した。
なにが…なんだか…。
さきほどから色んなことがあり過ぎて頭の中が破裂しそうだった。
でもこの異常な状態に僕はなぜか慌てもせず、じっとただ彼女だけを見つめていた。
彼女と出会い関わっていくことで、僕の平凡で何の変哲もない毎日が大きく変わる。
これは…彼女と僕の1年間過ごした日々の物語だ。
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