「お前は邪龍らしくない」と実家を追い出された邪龍は、人間界へ行くようです

@sharaku04

「お前は邪龍らしくない」と実家を追い出された邪龍は、人間界に行くようです

――魔界ヘルヘイム

そこは、幾多の魔族たちが住まう世界。

力だけを絶対の法とし、欲望のままに生き抜く者たちの、弱肉強食の世界。

人智を超越した力を持つ異形の群れ、その頂点に立つ一握りの覇者達の一つに、邪龍の一族がある。

禍々しき姿をした邪龍の一族は、ドラゴン種特有の強靭な肉体に加え、破滅と災いをもたらすための特別な力をそれぞれ持つ。

まさに、魔界ヘルヘイムにおける絶対強者というべき存在である。


そんな邪龍の一族の若き龍2匹が今、死闘を繰り広げていた。

黒と緑、2匹の龍は互いに爪と牙を突き立て合いながら天を舞い、交錯する。

単純な肉弾戦に見えるが、その裏では邪龍の力による激しい攻防が繰り広げられていた。

緑の龍が猛毒の雨を降らせると、黒の龍は瘴気を放ちそのことごとくを吹き飛ばす。

黒の龍が緑の龍の体に影で出来た茨をまとわりつかせると、緑の龍が全身から腐敗毒を噴出してそれらを枯れ果てさせる。


二匹の龍の鍔迫り合いは6日間に及んだが、黒の龍の魔弾を受けた緑の龍が地へと落ちたことで終わりが訪れた。

緑の龍を追いかけ地へと降り立った黒の龍は、とどめを刺さんと腕を振り上げる。

しかし一瞬のためらいの後、力なくその腕を垂れ下げ、もう決着はついたとばかりに緑の龍に背を向け飛び立とうとした。

その瞬間に意識を取り戻した緑の龍は、無防備に背を向けた黒の龍に向かって猛毒のブレスを吐いた。

意識外からの咄嗟の攻撃に黒の龍は反応する間もなく、その身を壮絶な破壊エネルギーで貫かれた。

全身が傷つき、力なく倒れ伏した黒の龍は、意識を手放した

深い闇の彼方へと――






――「この軟弱者が!!」


天を引き裂かんばかりの怒声を上げながら、私の胴を突き飛ばしてくるのは私の父上だ。


「ニド、先の戦いはなんだ!ヨルが倒れ伏したときに、さっさととどめを刺しておけばよかった物を。敵に情けをかけおって!挙句背中を取られて無様に負け姿を晒すとは何事か!」

「うぐっ……し、しかし父上!ヨルは私の実の弟なのです。私がヨルを手にかけるなど……」


どうやら父上は先ほどの成龍の儀の、私たち兄弟の戦いで私が見せた醜態にたいそうお怒りのようだ。

たしかにアレは我ながら酷い決着の仕方だったと思う。

手心を加えた結果、弟にしてやられたのだ。

しかしだ、今しがた自分の口から述べたように、ヨルは私の実の弟だ。

あの時、ヨルは完全に意識を失っていて、無防備な状態だった。

動けない相手を、ましてや自分の実の弟を手にかけるなど、私には到底できなかった。


「愚か者が!そのお前の甘さが敗北を招いたのだろうが!ヨルを見てみろ。みすみす勝機を零したお前と違い、ヨルは邪龍らしく最後まで戦い抜いた。よもや身体能力で劣る弟に負けるとは……お前は一族の恥さらしだ!」


ヨルの最後の一手。

背を向けた私への渾身のブレスは強烈だった。

とっさの攻撃に反応しきれなかった私は、5重の魔力障壁を貼りつつ、毒の完全除去までは行えたものの、ブレスのエネルギーを完全には防ぎきれず倒れてしまった。

あれは本当に邪竜らしい、邪ないい一撃だった。


「ひっ……も、申し訳ありません、父上!」

「ニド、お前はいつもそうだ。常にビクビクとおびえ、誰に対してもヘコヘコした態度をとる。聞けば眷属の魔族どもに甘い顔をして、気安く頼みごとを聞いているそうだな。つい先日も、あの沼トカゲモドキどもを手伝っていたとか?」

「は、はい……リザードマンの村の者たちが、食糧不足に苦しんでいたようなので……。私の魔術で漁のための道具を強化してやりましたが……」

「この馬鹿者が!お前がそうやってほいほい頼みを聞いて甘い顔をしていたのでは、我ら邪竜の一族が舐められることになるであろう!お前は邪竜として優しすぎるぞ!」

「ひぃ……し、しかし父上。あのまま放っていては、リザードマンの村は餓死者が出るところでした。我らの統治の安定のためにも、眷属たちには適切に手を貸してやらねば……」

「甘い戯言を申すな!ここは魔界ヘルヘイムだ!力あるものだけがすべてを支配し、力なき虫けらどもは滅びゆくのが法である。やつらとて、腐っても我らが眷属、滅び行く定めを受け入れるだけの覚悟があって当然。お前がしたことなど、邪龍の一族にとっては余計な真似。全くの無駄だ!」

「そ。そんな……。ち、父上……私はただ……。」

「もうよい、ニド、お前のような邪竜らしくない軟弱な邪龍など、顔も見たくないわ!お前をわが一族から追放する!我らの領域から出ていくがよい!」

「……な!お、お待ちください、父上!追放などと……!」

「やかましい、もうお前などわが息子ではないわ!さっさと出ていくがよい!」


そう言うやいなや、父上は邪龍の力を使い、空間ごと私を吹き飛ばしてしまった。


こうして、私ことニドは家を追い出されてしまった。




あれから数か月、邪竜の領域を追い出された私は、自分の居場所を探すべく、魔界ヘルヘイムのあちこちを渡り歩いていた。

灼熱の火山や、極寒の凍土、常に大嵐に覆われた砂漠……色々な場所に住む、様々な種族のもとを訪ねたが、どの種族も私の姿を見た途端に逃げ去ってしまうので、声をかけることすら叶わなかった。


「……やはり、私のような邪龍らしさのない邪龍には、居場所などないのだろうか。」


父上に言われた言葉が、ズキズキと心をえぐる。

私は昔から、邪龍らしくないと言われ続けてきた。

他者を傷付けることが嫌で、時間さえあれば魔導書を読んで魔法の研究をしていた。

大人の龍たちの前ではいつもビクビクとおびえ、同世代の龍たちからはからかわれていた。

産まれてきてから一度も、ここが自分の居場所だと思えたことなどなかった。


「ここからいなくなってしまいたい……。」


そうひとりつぶやいた私は、あることを閃いた。


「……魔界ヘルヘイムがだめなら、魔界ヘルヘイムの外に行けばいいのではないか?」


私が家を追い出されたのは、私の性格が邪竜の一族に、ひいては魔界ヘルヘイムに合っていなかったからだ。

なれば、人族が暮らすという中世界ミドガルズに移り住めばいいのではないだろうか。

昔、人族が使うという魔法について研究するために読んだ資料の中で、『肉体の弱い人族たちは、魔族たちから身を守り生き抜くために、互いに協力し合い、助け合うことを尊んできた』、と書かれていたことをふと思い出した。


中世界ミドガルズでの人族の生き方こそ、私が望んでいたものだ……。……そうだ、中世界ミドガルズに行こう!」


心に浮かんだ言葉をそのまま声に出すと、それはとても素晴らしいアイデアのように思えてきた。

気づけば、力なく垂れ下がっていた私の翼は空へと羽ばたいており、俯いていた頭ははっきりと目的の方角をとらえていた。


「いざ、中世界ミドガルズへ……!」




数か月に渡って飛び続けた私は、魔界ヘルヘイムの空の果てまでたどり着いた。

私の目の前にあるのは、私の身体の5倍はゆうにある、黒い大きな石造りの門と、何百万もの亡者の列。

ここが、魔界ヘルヘイム中世界ミドガルズを繋ぐ門、地獄の門インフェルノ・ポート

門の装飾には禍々しくごつごつとしたとげが数多く施されており、門の上部に絡みついている蛇の石像達は、はっきりと意思を持って蠢いていた。


地獄の門インフェルノ・ポートのことは、魔界に住まうものなら誰でも知っている。

曰く、この世界を創造した神が創り出したもので、宙に浮かぶ星々よりもはるか遠く、異なる次元に存在する世界同士を結び付けているのだとか。

そして、地獄の門インフェルノ・ポートは誰しもが自由に使えるものではない。

地獄の門インフェルノ・ポートを通れるのは、亡者たちだけ。

それも、中世界ミドガルズから魔界ヘルヘイムへの一方通行。

中世界ミドガルズで死して魂となったものたちが、魔界ヘルヘイムへと導かれゆく場所、それが地獄の門インフェルノ・ポート

もしも、中世界ミドガルズの生者や魔界ヘルヘイムの住民が地獄の門インフェルノ・ポートを無理に通ろうとすれば、恐ろしき地獄の番犬たるケルベロスにたちまち喰われ、無間地獄に落ちるだろう、と。


中世界ミドガルズに行こうと決意したその時から、地獄の門インフェルノ・ポートをくぐるためにはどうすればいいのかを、ずっと考え続けてきた。

悩みに悩んで、いろんな方法を頭の中で試してみて、やはり一つの答えしか浮かばなかった。

――ケルベロスを倒すしかない。


他者を傷付けることを嫌う自分が、誰も傷付けなくていい世界へと行くために、ケルベロスと戦う他に術がないと悟った時には、その皮肉を心底恨んだものだった。

ましてや、相手はケルベロスだ。

果たして自分が勝てるのかどうかも分からない。

最悪の場合、中世界ミドガルズに行けずに死ぬことになるかもしれないが、このまま魔界で死んだように生き続けるくらいなら、それもありだとすら思えた。

それだけの覚悟を胸にここまで来たのだが……。


……地獄の番犬は現在私の目の前でいびきをかいて眠っている。

3つの首それぞれに、空になった巨大な酒瓶を咥えながら。


……なんだか、泣きたくなってきた。


こっちは死ぬ覚悟までしてきたのに、と実物のケルベロスの残念さに対して心の中で無数の悪態をつきつつも、戦わずに済んだことに対して心から安堵していた。

こうして私は、寝落ちしているケルベロスを横目に、複雑な心境のまま地獄の門インフェルノ・ポートをくぐり、魔界ヘルヘイムを後にした。






――「腹が減った……。」


中世界ミドガルズに来てから2週間が経った。

こちら側の地獄の門インフェルノ・ポートは海洋の真上にあったようで、一番近くの大陸を見つけるのに1週間かかった。

また、人族の身体は脆弱で、過酷な自然環境には耐えられないからであろうか、せっかく見つけたというのに、火山と砂漠だけで出来たその大陸には、人族の姿はなかった。

仕方なく、人族の住まう領域を探すために、私はさらにもう1週間海の上を飛び続けた。


そして今、私の空腹は限界を迎えていた。

邪龍種である私は、食事を取らずとも、自分の周囲の魔力を吸収して代わりとすることが出来る。

魔界ヘルヘイムでは大気中の魔力がとても豊富であったため、家を追い出されてあちこちを旅していた時には、食事に困ることはなかった。

一方で、中世界ミドガルズの大気中の魔力はとても薄く、私の身体を維持するには到底満たない。

このまま周囲の魔力吸収だけで済ませていたのでは、いずれ栄養失調になってしまうだろう。


「仕方ない……適当な魔物でも探そう」


幸いにも、私の眼前には既に新たな大陸が広がっていた。

前回見つけた大陸とは違って緑が生い茂っており、人族によって造られたと思われる建造物が、所々に見られる。

ようやく出会えた人族の痕跡に胸を躍らせつつも、産まれて初めて感じる空腹による宇通に耐えかねた私は、海から少し離れた森へと向かう。


魔物とは、れっきとした生物である魔族とは異なり、大気中の魔力が生物の形を模しただけの、知性なき獣のような何か、である。

魔物については私もそれほど造詣が深いわけではなく、魔導書の一節で読みかじった程度である。

ただ、子供の頃から軽食代わりによく狩って食べていたため、その味は書の著者よりもよく知っているつもりだ。

純粋な魔力の塊で出来た魔物たちはとても甘く、父上や叔父たちは嫌っていたが、亡き母や妹たちは私同様好んで食べていた。


……じゅるり。

いかんいかん、魔物の味を思い出していると思わずよだれが出てしまった。

空腹の時に思い出していいものではないぞ。

余計に我慢が利かなくなってしまった。


そうして己の空腹と戦いつつ、魔物を探して飛び回っていた時のことだった。

私の地獄耳が、誰かの甲高い叫び声を捉えたのは――






――ミーア・オルガンは森の中を必死に走っていた。


ミーアは今年で14になる、どこにでもいるような猫人族の村娘だ。

辺境の森の近くの村に産まれ、農夫の両親の元で2つ下の妹とともに、愛情を受けて育った。

明るく素直な性格で村のみんなから愛され、忙しくも幸せな日々を送っていた。


そんなミーアの運命が変わってしまったのは、つい2分ほど前……いや、正確には一昨日の夜からだ。

妹のシラが流行り病にかかってしまった。

晩飯時までは、少し顔色が悪い程度だったシラは、次の日には別人のようにげっそりとしてしまって、ベッドの上でうなされていた。

シラがかかった病気は致死率の非常に高いもので、薬を処方しなければ1週間と経たずに死に至ると言われている。

薬を用意するために必要な薬草は非常に希少なもので、最悪なことに、村の薬師のところでは在庫を切らしてしまっていた。


ミーアの父は村の人に借金をして早馬を借りて昨日の夕方には近くの街へと出ていったが、果たして間に合うかどうか怪しい。

ミーアはシラのことを誰よりも愛していた。

シラを何としても助けたいと思ったミーアは、希少な薬草を手に入れるために、母や周りの制止も無視して、危険な魔物の住まう森へと向かった。


森の中は木々がうっそうと生い茂り、昼でも暗く足元が見えずらい。

地面は獣や魔物の足跡で荒れ放題で、ろくに人が通れるような道もなかった。

驚くべきことに、ミーアはそんな悪環境の中、目的の薬草を見つけだしていた。

いかに夜目が利き平衡感覚に優れた猫人族とは言え、この森の中で希少な薬草を見つけられたことは、まさに愛が生んだ奇跡というほかない。

しかし、薬草を見つけられたことで気の抜けてしまったミーアは、近くの草で手のひらを切ってしまった。

浅く切れた傷口からは血が滲みだし、不運にもその匂いを嗅ぎつけた魔物がミーアへと近づいて行った。


ミーアが村へと急いでいると、自分のすぐ後ろから、獣の息遣いが聞こえた気がした。

本能のままに身をかがめたその瞬間、たった今自分の頭があった位置を、大きな獣が通り過ぎて行った。

ほんの少しでもかがむのが遅ければ、自分は殺されていたかもしれない。

その事実を刹那のうちに理解してしまったミーアは、強い恐怖感に襲われた。

身体が恐怖ですくみ、上手く言うことを聞かない。

今すぐ逃げ出さなければいけないと、分かっているのに足が動かない。

恐怖に凍り付いたまま、どうにか視線だけは前に向けると、体勢を立て直したそれと目が合った。


……レイジウルフ。

村娘のミーアでも知っている、凶暴なオオカミの姿をした魔物だ。

前回村の近くに現れた時には、村の狩人衆が総出で戦い、ボロボロになりながらも追い払った。

ミーアと同年代の男の子が、その戦いで亡くなってしまい、数日間はショックで泣き続けていたことを、今でも鮮明に覚えている。

そんな村に死を招く災厄が、今ミーアの目の前にいる。


「……あ、あぁ……なんで……。」


もはやミーアの頭の中はぐちゃぐちゃだった。

死というものがより具体的な形で目の前に現れたことで、感情のコントロールが利かなくなっていた。

頭の中を様々な光景が駆け巡っていく。


「ダメ……シラが!」


死を覚悟した瞬間、シラの顔が頭に浮かんだ。

自分がここで死んでしまっては、最愛の妹は助からないばかりか、両親は娘を2人も同時に失う悲しみを味わうことになる。


「……生きなきゃ!……うああああああああああ!!」


ミーアは、こんなところで死ぬわけにはいかないと、精一杯の声を張り上げながら、震える身体を無理やり動かして、村へと駆け出した。

視界が暗く足元の悪い森の中を、息も絶え絶えに全力でかけていく。

木の枝葉が頬を掠め、擦り傷と切り傷が次々と刻まれていくが、無視して走り続ける。

だが、恐怖と疲労とでとっくに限界を超えていたミーアの身体が、ここにきて悲鳴を上げた。


「……うわっ……あっ!……ぐぅ……。」


足がもつれた拍子に硬い木の根っこに引っかかってしまい、全身を強く地面に打ち付けて転んでしまった。


「うぅ……ぐっ…………。」


慌てて起き上がろうとするが酷い痛みのために、身体に力が入らずすぐに崩れ落ちるように倒れてしまう。

それでも何とか前に進もうと、身体に鞭を打って這う這うの体で村を目指す。

村まではまだかなりの距離があるが、構わずに進もうと手を動かす。

だが残酷にも、死神はすぐ背後まで迫ってきているのを、ミーアは見てしまった。

動けない自分を嘲笑うかのような低い唸り声をあげながら、レイジウルフがにじり寄ってくる。

口元から突き出た鋭い牙が、暗闇の中でも光って見え、ミーアは恐怖のあまり目を瞑ってしまった。

もはや自分には死を待つことしかできないと悟ったミーアは、レイジウルフの凶悪な牙が自身の頭部に突き立てられ、その中身を潰れたトマトのようにぶちまけるシーンを明確に想像し、失禁してしまう。


そうして震えながらジッと固まっていたが、頭の中のシーンはいつまでたっても現実にならない。

なぜだか生臭い、嗅いだことのない臭いがし、水音のようなものも聞こえてくる。

3分ほど経ったところで、流石に何かがおかしいと思ったミーアは、怯えながらうっすらと目を開けた。

ミーアの目と鼻の先には赤い水たまりが出来ており、レイジウルフのものだったと思われる、血の付いた大きな牙が数本転がっていた。

一瞬訳が分からず、自分はもうとっくに死んで死後の世界に来てしまったのかと考えたが、自身の頭上で唸り声がしたので、思わずといった風にそちらを見上げた。


真っ黒な死の象徴が、ジッとミーアを見ていた……。






叫び声が聞こえた方へと向かうと、丸々と太った美味そうなレイジウルフと、地面に倒れている人族と思しき少女がいた。

ようやく人族と遭遇できたことは喜ばしいが、状況がいまいちよく理解できない。

少女のほうは倒れたまま動いていないが、死んではいないことは分かる。

一方のレイジウルフは、突然現れた私に驚いたのか、少女のそばから咄嗟に飛びのくと、キャンキャンとうるさく鳴きながら私の顔めがけて飛び掛かってきた。

なので、ちょうどいいからと私も口を大きく開け、レイジウルフの全身を牙で受け止めた。

そして、そのまま口の中でゴリゴリとレイジウルフをかみ砕き、甘い肉の味を楽しんだ。

途中、下にチクチクと刺さるレイジウルフの骨や牙が邪魔で、その辺にテキトーに吐き出しておいた。


久々の美食を満喫した後、ふと目の前の少女のことを思いだした私は、どうしたものかと頭を抱えながら、少女のことをじっと見降ろしていた。

改めて見てみると人族の少女は、魔導書で読んだままの姿をしていた。

多少、頭から獣の耳が生えているなどの違いはあるものの、それも個体差の範疇だろう。

見るに、身に待っている装束は泥まみれでボロボロになっており、体中に細かな傷跡がついている。

状況を整理しなおして考えるに、少女はレイジウルフに襲われていたのだろう。

人族は弱く臆病な生き物で、魔物相手に逃げ出すこともしばしばあると、知識にある。

とはいえまさか、魔物の中でも最弱に近いレイジウルフ相手にすら怯え、簡単に死んでしまうような弱い生き物だとは思わなかった。


この事実は、私にとって都合の悪い現実を、暗に示唆している。

私が彼らとともには生きられないだろう、ということだ。

おそらく彼らにしてみれば、私は恐怖の対象でしかなく、私が望むような、助け合って生きる家族のような存在としては受け入れてもらえないだろう。

冷静に考えてみれば、予想できたことだ

せっかく命の危険を冒してまで魔界ヘルヘイムを抜け出したというのに、これではあんまりだ。

人族との共存が出来ないというのなら、中世界ミドガルズまでやって来た意味がない。

食事の確保すら面倒な世界で、これからずっと一人で生きていかねばならぬのかと思うと、最悪な身分だった。

そうして落ち込んでうなだれていると、不意に少女と目が合った。


一瞬驚いて声が出なかった。

倒れたまま動かないと思った少女は、いつの間にかこちらを見上げてわなわなと震えていた。

口をパクパクさせて声にならない声を漏らしている。

おそらくは自分を見て怯えているのだろう。

予想していたことが思ったよりも早く現実となり、気分がより一層落ち込む。

そんな私に対し、少女が突然大声で叫んだ。


「……ど、ド、黒ドレイク……!!」

「……失礼な!私はこれでも一応はドラゴンだ!」


まさか黒ドレイクと間違われるとは……。

確かに私は他の龍たちからバカにされたときに、まるで黒ドレイクのようだと揶揄されたこともあったが、その際も断固として抗議してきた。

いくら私が邪龍らしくないとはいえ、あんな自分で出した糞尿の匂いを嗅いで失神するような知能の低い生物と一緒にされるのは我慢ならない。

理不尽な間違い方をされ、思わず怒鳴り返してしまった。


「え、嘘……!?しゃ、しゃべっ……え、でも黒ドレイクが……?」


一方の少女のほうは混乱しているらしく、上手く言葉になっておらず、呂律も回っていない。

言葉の断片から察するに、私が言葉を話したことに驚いているようだが、気になるのはいまだに私をドレイクと間違えていることだ。

先ほどは強い言い方をしたせいで、少女を怯えさせてしまったのではないかという心配があったが、ここは名誉のためにも、もう一度言い聞かせておくべきだろう。


「だから私は黒ドレイクではなく、ドラゴンだと言っている。あんな低能な連龍と一緒にされるのは流石に心外だ。」

「……ど、ドラゴン……?御伽噺とかに出てくる……神の使いの?」


よしよし、なんとか私がドレイクでないということは理解できたようだ。

しかし、少女の反応からすると、彼女はあのドラゴンを知らな……いや、見たことがないのか?

そういえば私が幼き頃、祖父から聞いた覚えがある。

はるか昔、地獄の門インフェルノ・ポートが出来るよりも前の頃、中世界ミドガルズへと旅立ち、神の使いを名乗った龍がいたことを。

そして、その龍の末裔たちが現在、中世界ミドガルズで神の使いとして崇められているという話を。


「人族に伝わる御伽噺とやらは分からんが、神の使いと呼ばれているのは確かだな……。」


私の元同族がな。


「やっぱり……じゃ、で、では、龍神様が私を魔物から助けて……あ、お救いくださったのですか?」

「りゅ、龍神様!?」


龍神様とはなんだ……!?

いや、ニュアンスから察するに私、もといドラゴンのことを指しているのだろうが、神の使いのはずなのに神様呼ばわりというのは、一体どういうことだ?


「は、はい……。え~っと、街の協会の偉い神父様が、ドラゴンは神の使いであり、神そのものでもあるから、そう呼ぶんだって言ってました。確か、信仰の対立による不幸かどうとか……。」

「な、なるほど……。」

「それで、龍神様はなぜ私をお、お救いくださったのですか……?」


人族の中にも色々と事情があるのかな?

龍神様呼びについては、分かったような分からないようなって感じだな。

にしても、なぜ助けたのかと聞かれても……。

う~ん……どう答えたものか。

正直に言えば、この少女を助けるつもりなどなかった。

というか、空腹でテキトーに魔物を探して食べに来たら、結果的に助ける形になっただけなんだよな……。

せっかくいいように勘違いしてくれてるのだし、このまま話を合わせておけば、上手くすれば人族とお近づきになれたりして……?

う~ん……でも、だますような真似は心が痛んで、私には無理だな。


「君を助けたのは……たまたまだ。そう、たまたま。腹がすいていたので、獲物を探していたら、先のレイジウルフを見つけたというだけのことだ。」

「……そ、そうなのですか?で、では、龍神様はなぜこのような人里近くまで来たので、ですか……?龍神様が住まう場所は、この世界の果てである、と聞いていたのですが。」


思い切って素直にすべて話してみたが、予想した通り反応はいまいちだ。

それで、こっちのドラゴンはなんだってそんな辺鄙なところに住んでいるんだ?

魔物でも捕まえやすいのかな?


「……私は、人族とともに暮らしてみたくて、ここに来たんだ。」

「人族と暮らすため……ですか?龍神様?」

「あぁ、その通りだよ。私には、ドラゴンといての暮らし方は合わなくてね。人族のような生き方をし、キミたちと仲間のように触れ合いたいと思ったんだ。だからその龍神様、という御大層な呼び名ではなく、私のことは『ニド』と呼んでほしい。」

「わ、分かりました……りゅ、に、ニド様。」

「様もつけなくていい、ニドでいいよ。それに、そんなかしこまった言葉遣いもしてくれなくていい。それじゃ今度は、君の名前を教えてくれないかい?」

「わ、私の名前……?私は……ミーアって言います。ミーア・オルガン。」

「ミーアか、かわいらしい名前だね。」


うおおお!感動だ!

私今、人族と会話してる!?

会話成立してるよ!

字名で呼んでもらえたし、上手く打ち解けられてるんじゃない?

なんだ、意外と普通に話せるじゃないか。

このまま上手く話を続けられれば、もしかして人族の村に遊びに行けたりしちゃうんじゃないのか。

あれ、村といえば……どうしてミーアは一人でこんな森の奥にいるんだろうか?

人族は大人数で群れをつくって、村の中で生活してるんじゃなかったか?


「それで、ミーアはどうしてこんな森の中に一人でいたんだい?」


私がそう尋ねると、ミーアはハッとした様子で、自分の服を探り始めた。


「あっ……よかった!あった~……。」


ミーアは上着も小物入れから、葉っぱを数束取り出すと、安堵したように涙を浮かべて喜んだ。


「ミーア、それは何の葉っぱなんだい……?」

「あ、ニド……!実はね……。」


ミーアは、自分の妹が重い病にかかってしまったこと。

妹の病を治すのに必要な薬草を取りに、森へ入ったこと。

森で薬草を見つけた直後に、レイジウルフに襲われてしまったことなどを話してくれた。

妹のことが心配なようで、端折り気味に、早口ではやしていたが、要点だけは理解できた。


「妹が助かるなら私はどうなったっていいって思ってた。

でも、ニド様が助けてくれなかったら、私はもうシラに会えなかったかもしれない……。

本当にありがとう、ニド!……ニド?

……どうしたんですか?」

「……うおおおおおおお!ミーア、私は今とても感動している!私は、君のような人族に会いたくて、ここまでやってきたんだ!妹を助けるために、命をいとわず行動した君の愛に感動した。」

「ふえっ……あ、ありがとうございます!?」

「ミーア!私を君の、君たちの仲間にしてくれないか?君たちと一緒に暮らして、君たちのことを見ていたいんだ!」


あぁ、なんてことだろう……書に書かれていた事は真実だった!

自分を犠牲にして誰かのために行動する、魔界ヘルヘイムにおいては考えられないことだが、正しくそれこそが私の望む、人族の愛の美しさだ。

妹のために勇気ある行動を起こしたミーアの愛はまさに感動的だった。

その甘美なる美しき愛に、私は思わず涙を流し、ミーアのことをとにかく褒め称えた。

ミーアはどうしていいのかわからなさそうにオロオロとしていたが、そんな彼女を置いて私の感情は突っ走っていき、気づけば「仲間にしてほしい」という思いが口から出てしまっていた。


「えぇ!?な、仲間ですか……?ニドは確かに私の命の恩龍(?)だし、ニドの頼むことなら出来る限りこたえたいけど……。さ、流石に村には連れていけないよ~!ニドの姿を見たら村のみんなは怖がるだろうし、ドラゴンだなんて聞いたら驚いて倒れちゃうよ。村長さんなんてお歳だから、そのままぽっくり逝っちゃうかも!それに、そんな大きな身体で村に入られたら、村の家が潰れちゃうかも!」

「な!……そ、そうか。う~む、だとすればこれからどうしたものか……。村に行けぬことは非常に残念で仕方ないが……ご老体の命には変えられんしなあ……。身体のことも、今はどうすることもできないからな……。むむむ……この身体をこんなにも恨めしく思えたのは初めてだぞ……。」


あぁ、やっぱりこうなるのか……。

ミーアが少しずつ打ち解けてきてくれたから、もしかしたらと期待したけれど……。

冷静に考えたら無理だよなぁ。

喜びでいっぱいだった胸が、深い悲しみを受けて音を立ててしぼんでいくのが分かった。

気分が一転して落ち込んでしまった私は、尻尾を地面に打ち付け、うなだれて深いため息をついた。


「あ、あの~……ニドを仲間として村に迎え入れるのは無理だけど。私なんかでもよければニドの、その、と、友達になってあげようかな……なんて……。」

「……友達?」

「あ、あわわ……、すみません、ニドが気さくだったんで調子に乗りました!

やっぱり私みたいな獣人がニドの友達だなんて失礼でしたよね……。」


ん?今ミーアはなんと……?

私の都合のいい聞き間違えでなければ、友達と言ったか…!?

それはつまり、ミーアが私と個人的な有効を結ぶという……!


「友達!いいのか、ミーア……!私と友達になってくれるのか!それは素晴らしい!ぜひとも私と友達になってくれ……!」

「ふえっ……!?は、はい!私とニドは……友達です。……これからよろしくね、ニド。」


あぁ……!今日が終末の日ラグナロクであったか……!

これほどの喜びは、産まれてきてからの520年の龍生の中で初めてだ。

私の身体はこのまま消失してしまうのではないだろうか……。

「私とニドは友達」……なんといい響きであろう。

私の頭の中では、天国アスガルズにあるという巨大な祝福の鐘が鳴り響いていた。

ブレスを吐きながら溶岩にでも飛び込みたいような、高揚感と幸福感に包まれた。


「そうだ!友達になった記念に、私が村まで送ってあげよう。先ほどの話を聞くに、妹さんのためにも急いで帰らねばならないんだろう?私の翼なら、村まで一瞬だぞ!」

「ふええ!?だ、ダメだよニド!さっき言ったじゃない、ニドが村に行ったらみんなびっくりしちゃうって。ニドのその身体で村に近づいたら、見張りのおじさんにすぐにバレちゃって大騒ぎになっちゃうよ!それに、私がニドの背中に乗ってお空なんか飛んだら、すぐに落っこちちゃって私絶対死んじゃうよ!気持ちはうれしいけど、途中までで大丈夫だから!」

「そのことなら心配しなくてもいい。私は魔法全般が得意でな、周りから姿を見えなくする魔法を使えるんだ。まぁ、残念ながら体を小さくする魔法は、今まで使いどころがなかったために覚えていないんだがな……。飛ぶ時も、落ちないように風の魔法で身体を支え続けてあげよう。」

「ま、魔法……!?ドラゴンって魔法まで使えちゃうの!」

「あぁ、使えるぞ。全てのドラゴンが使えるわけではないがな。特に私は同族の中でも一番に魔法が得意でな。戦い以外のために使う魔法まで修めているのは、私ぐらいのものだろうな。」


私は、自分がドが付くほどの魔法オタクであることは自覚している。

周りの龍たちが外に出て他種族との闘争に明け暮れていた間も、私だけ部屋にこもって魔導書を読みふけっていた。

邪龍の領域にいた頃は馬鹿にされることもあったが、私がそれをやめることはなかった。


「な、なにそれすっご~い!ニドはすごいんだね……!そんなに魔法が使えるなんて、憧れちゃいます!」

「そ、そうかなぁ///……そんな風に言ってくれたのは、ミーアが初めてだ……。」


あぁ……こんな気持ちは産まれて初めてだ。

今まで誰からも馬鹿にされ、蔑まれてきた私が、誰かにこんな温かい言葉をかけてもらえる日が来るなんて……。

これが、褒められるってことか……?

ミーアは目を輝かせて私のことを見ているし……。

恥ずかしいような、嬉しいような、温かな気持ちで胸がいっぱいになる……。

……と、いかんいかん、ミーアの妹が待っているんだ。

いつまでもこんなところでいつまでもおしゃべりを楽しんでいる場合じゃない……名残惜しいが。


「ま、まぁそういうわけだから、早く私の背に乗りなさい。妹のためにも、ミーアは早く村に帰ったほうがいい。」

「あっ、う、うん!でもニド、私たちの村の場所は分かるの……?」

「問題ない、ここまで飛んでくる途中に、それらしき場所を空から見ていた。あちらの方角にある、多くの動物が飼われている場所がそうだろう?」

「うん、そうだよ!そ、それじゃあニド……村までお願いしてもいい?」

「あぁ、任せておくといい。よっと……これで落ちないだろう。」

「わわっ……!ニド、いきなりはびっくりしちゃうよ!」


私はミーアを尻尾でくるっと巻いてつかみ上げると、自分の背中に乗せて、風の魔法で体を安定させた。

ミーアを背中に乗せると、ぐったりとして身体を預けてきた。

話している姿は元気そうに見えたが、身体は限界が来ていたのだろう……。


「あぁ、ごめんごめん。降ろすときは気を付けるよ。さて……ついでににこっちも何とかしておこうか。」

「わあっ……!?ニド、今いったい何を……?って……服がきれいになってる!?き、傷もなくなって……!ニド、あなたがこれをしてくれたの?」

「あぁ、そうだよ。随分と汚れてしまったみたいだったし、身体もボロボロだったから気になってね。」

「ニド……。ありがとう!私、ニドにどうやってお礼すればいいのか……。」

「なに、気にしないでくれ。私たちは友達になったんだ。友達とは、対価を求めずに助け合うものなのだろう?」


私がミーアに治癒と再生、清掃の魔法をかけると、ミーアは心からのお礼をしてくれた。

私が友達だから気にしなくていいと言うと、ミーアが優しく微笑んでくれた。

そのことで、ミーアと本当に友達になれたように感じられ、私の心は踊るようだった。


「さて、行こうか……。少しめまいがするかもしれないが、すぐに終わるからね。」

「は、はい?分かった、って……きゃああああああああ!!」


ミーアに声をかけると、私は一瞬で飛び立ち、全速力で空を翔けていく。


「ま、待ってぇ……ニド、少しでいいから、スピードを落としてえええええ!?私、目が回っちゃってるよ~!」

「その必要はないよ、ミーア。もう村に着いたから。」

「へ……?えええええ!?ほんとに村にいるぅ!」


私が本気で飛んだときは、音を置き去りにして翔けることが出来る。

ほんの数秒で村までついた私は、村のすぐ近くの森の中に、ミーアを降ろした。

ちなみに、今度は声をかけてから、ゆっくりと降ろしてあげることが出来た。

忘れずにできた私、えらい。

降りたミーアの足はフラフラだったが。


「まだ目が回ってる~……。で、でもこれでシラはきっと間に合うはず……。ニド、本当にありがとう!」

「気にしなくていいよ、私たちはと、友達なんだから///……さぁ、早く妹さんのところに行ってあげなさい。私は、私の居場所を探しに旅立つよ……。」

「えっ……ニド、また旅に出ちゃうの?でも、行くところは、あるの……?」

「いや、心当たりはないけれど……。私は村に入ることはできないし、森で一人で暮らすというのも寂しいからな……。」


せっかく見つけた人族の村だが、ここに私の居場所はないようだから、諦めるより他にない。

私のことを受け入れてくれそうな、別の人族の村を探すか、世界の果てに住むといわれる元同族を探すか。

……最悪は魔界ヘルヘイムに戻ることも考えねばならないか。

あぁ……でもせっかくミーアと友達になれたというのに……悲しいなぁ。


「……だったら、私が会いに来るよ!ニドには恩を返しきれないほどお世話になったし……。恩人で友達であるニドに、寂しい思いなんてさせられないからね!」

「……ミーア、それは……いいのかい?私みたいなドラゴンのために、会いに来てくれるのかい……?」

「うん!それこそ毎日だって会いに来るよ!私たちは……友達でしょ。」


思いもしないミーアの言葉に、私はこらえきれずに涙を流していた。

最後に泣いたのはいつのことだっただろう……もう200年は前だろうな。

嬉しくて流す涙がこんなにも温かいものだとは、知らなかった。


「グスッ……わ、分かった。ありがとう……ミーア。私に会うときは、森の入り口で私の名を呼んでくれ。それで私には聞こえるし、ミーアのことを迎えに来るから。」

「はい……ニド。これからよろしくね。」

「あぁ……よろしく、ミーア。」

「あっ、ニド……少しだけ頭を下げてもらっていい?私が届くぐらいで。」

「えっ……?あ、あぁ、分かったよ……こうでいいかな?」


ミーアはそういって私に頭を下げさせると、私の額に口づけをした。

どういうことなのか分からずに聞いてみると、ミーアの村での信愛の証だということだった。

彼女はもう一度私に微笑むと、「それじゃまた」と言って村へとかけていった。

私はその背を見送りながら、一人喜びの咆哮を上げた。






私、ミーア・オルガン、14歳!

農家の娘で、どこにでもいる普通の村の女の子……なんだけと。

実は、私には誰にも言えない秘密があるの。

その人と出会ったのは半年前のことだったの。


半年前、妹のシラが恐ろしい流行り病にかかって倒れちゃったことがあるの。

シラを治すためには希少な薬草が必要だったんだけど、村の薬師様のとこには無くって。

私はいてもたってもいられなくて、常闇の森に入ったの。

常闇の森は、魔物がよく出る場所だから、絶対に入っちゃダメって、村の人たちに言われてたけど、シラのことを考えたら勝手に身体が動いちゃってたの。

今考えたら怖いもの知らずだったな~、私。


森の奥で運よく薬草を見つけたとこまではよかったんだけど、そこでレイジウルフと出会っちゃったの……。

思わずニックのことを思い出して、私も殺されちゃうんじゃないかって、すごく怖い思いをしたの……。

いきなり襲ってきたから必死に逃げたけど、私のことを追いかけてきたの。

走っている途中に転んじゃって、全身をうってものすごく痛くて……地べたを這ってもがいてたら、レイジウルフが私に追いついてきたの。

動けない私のことを笑ってるみたいで、すごく悔しくて、すごく怖かった。

あぁ、私ここで死んじゃうんだなって、もうシラやみんなに会えないんだなって思うと涙が止まらなくって……。

もうダメだって諦めた時だったの。

……ニドが私を助けてくれたのは。


「お~い、ニドぉ~!」

「ミーーアぁーーー!」


私が森へむかっってが声をかけると、森の奥のほうから黒い大きな塊がすごい速さで飛んで来た。

この真っ黒い大きなドラゴンがニド。

私の友達!


「ニド、今日はどうしてたの?」

「いつもと変わらないさ、テキトーに美味しそうな魔物を探して食べ、その後は果物と薬草を探してたんだ。」


ニドはあの時、どこからか突然飛んできて、私を襲おうとしてたレイジウルフをあっさりと食べちゃったの。

まぁ、私は怖くて目をつぶってたから、ほんとはよく知らないんだけどね。

最初は竜(ドレイク)と勘違いしちゃって、すっごく怖かったんだけど、ニドが物語に出てくるドラゴンだって分かってからはドキドキの方が強かったかな~。

ニドがしゃべりだした時はビックリしちゃったよ。

それで話してみたら、ニドは人族と一緒に暮らしたくてこの森までやってきたっていう、変わり者だけど優しいドラゴンだって分かったんだ。


「いつもゴメンね、私のためにいろいろ気を遣わせちゃって。」

「気にしないでくれ、私が好きでやっていることだ。それに、私たちは友達、だからな!」

「うん、分かってるよ。

いつもありがとうね!」


村には住めないってわかると、ニドはものすごく寂しそうにしてて、だから、私がニドの友達になろうって言ったの。

そしたらニドがすっごく喜んでくれて、村まで私を背中に乗せて送ってくれたの。

ドラゴンの背中に乗ったことがある獣人族なんて、多分、私しかいないんじゃないかな?

そもそも、普通はドラゴンに会うことなんて一生ないんだけどね。

ニドが村まで送ってくれたおかげで、私の薬草は間に合って、シラは助かった。

パパとママにはものすごく怒られることになったけどね。

今こうしてシラと私が元気に生きていられるのは、ニドのおかげ。

だから、ニドにはすっごく感謝してる。


「ところでミーア、前から気になっていたんだが、こんなに毎日ここにきていて、その……大丈夫なのか?ここは村の人たちから、入っちゃいけないって言われていたのだろう?」

「うん、今のとこは大丈夫だよ。パパとママには、森の浅い安全なところで薬草探しに行ってるって伝えてるし、村の人たちもそれを信じてるから。」


あれから私は、村のみんなに内緒で、毎日ニドに会いに来てるの。

薬草を取りに行くって名目でね。

もちろん最初は疑われないように、ほんとに薬草を取ってたんだけど。

私とおしゃべりする時間が減るからって、途中からはニドが私と会う前にとって来てくれるようになっちゃった。

ニドは本当に優しくていっぱい気を使ってくれるの。

私が森に入る時も、名前を呼ぶとすぐに迎えに来てくれるし、私をもてなそうと、美味しい果物を毎回探して用意してくれている。

だから私は、村のみんなに嘘をついてでも、毎日ニドに会いに来てる。

この強くて優しくて、寂しがりやな友達が、傷つかないように。


「そうか、それならいいんだが……。おっと……もう日が暮れてきたな。背中に乗ってくれ、村まで送ろう。」

「うん、今日はこれで帰るね。よいしょっと……。」


毎日こうして日が暮れるまでニドとのおしゃべりを楽しむことが、私の日常になってきてる。

これが私の、誰にも言えない秘密ね。

でも、いつかシラにだけは教えてあげてもいいかな、お姉ちゃんはドラゴンさんと友達なんだよって。

ふふ、楽しそうかも。

まぁ、シラがもう少し大きくなってからの話かな~。


「それじゃあニド、今日もありがとう。また明日ね。」

「あぁ、楽しみにしている。明日は、ミーアの好きなバーニャの実を用意しておこう。」

「わぁ~、それはすっごく楽しみ!それじゃあね、ニド、おやすみなさい。」

「あぁ、おやすみ、ミーア。」


ニドと別れて村に戻ると、なんだか騒がしい声が聞こえてきた。

村長さんの家の前に、村の大人の人たちが集まっているみたい。

猟友会の人たちがなんだか怖い顔で話してるけど、何かあったのかな……。


「あの~……なにかあったんですか?」

「ん……?おぉ!ミーアか!よかった、無事に戻ってきたんだな!」

「ふ、ふえ?なになに?いきなりどうしたの、おじさん?ほんとに何があったの?」


私の知り合いのおじさんは、私が声をかけると、すごく安心したように息をついて、私の肩をもって身体を揺さぶってきた。


「あ、あぁ……実はな、村のすぐ近くでオークの目撃があったんだ。」

「え!?オークが……?」


オークはレイジウルフと同じで、村を襲いに来ることがある危険な魔物のこと。

群れで行動することが多いらしくて、村にとってはレイジウルフ以上に恐ろしい魔物。

幸い、私たちの村には今までオークに襲われたことはなかったけど、襲われた他の村の生き残りの人から聞いた話だと、男と老人は殴り殺されて肉を喰われて、女子供は連れ去られて飽きるか死ぬまで侵され続けるって。


「じ、じゃあ……私たちの村が狙われてるかもしれないってこと!?」

「あぁ、そうなんだ。だから、森に出ているミーアをみんな心配して待ってたんだ。オークがいるかもしれない以上、俺たちは村を空けて森に入るわけにもいかないからな……。待つことしかできなくて、みんなヒヤヒヤしてたんだぞ。」

「そうだったんだ……。心配かけて、ごめんなさい!」


まさか私がニドとおしゃべりしてる間に、そんなことがあったなんて……。

事情を聴いて顔を青ざめた私は、集まっていた人たちに頭を下げた。


「いや、無事だったんならそれでいいんだ……。

まあ、後ろのお二人はそういうわけにはいかなさそうだけどな」

「えっ……?後ろ……?」


おじさんが指をさしたから、つられて思わず振り返ったら、鬼のような顔をしたパパとママが立っていた。

私の顔を見るなり、パパがガバッと抱きついてくる。


「ミーア、本当に心配したんだぞ!」

「ちょっ……パパ……くるしいよ!」

「パパの気持ちを考えて我慢なさい!オークが森に出たって聞いた時には、ママも気が気じゃなかったんだからね!」

「ま、ママ……心配かけてごめんなさい。」

「シラも家で心配しながら待ってるわよ。お姉ちゃんに何かあったんじゃないかって、大泣きしてたんだから。」

「シラが……。そっか、心配かけちゃったね。妹を泣かすなんて、悪いお姉ちゃんだな……。」


妹のことになると途端に弱くなってしまうのは、半年前から変わらない、私の癖みたいなものだ。


「本当にお前が無事でよかった……。だけどミーア、今日はたまたま運がよくオークと出くわさなかっただけで、森はまだ危険なんだ。明日から、森へ薬草を取りに行くのは禁止だ!」

「えぇ!パパ、それはだめだよ……!」


森に行けなくなったら、ニドに寂しい思いをさせちゃう……。

あの優しいドラゴンを、私は傷つけたくない!


「ミーア!あなた何を言っているの!?オークが出たのよ、森へ行っちゃいけないことぐらい、子供でも分かることよ。」

「それは、そうかもだけど……。絶対安全な場所があるの。だから、そこだけでも……。」

「何を馬鹿なことを言っているんだ。村のすぐ近くにオークが出たんだぞ、今まではよかったかもしれんが、森にはもう安全な場所なんてないと思いなさい!」

「そうじゃなくて……。」

「あなたがそんな我がままをいつまでも言ってたら、シラもずっと心配で泣き続けることになるのよ!」

「そうだ、よく考えろ。シラがまねでもしたらどうするんだ。」


そっか……私が森に行ったら、あの時の逆で今度はシラが私を追いかけて……。

そうしたら、最悪なことが起こるかもしれない……。

ニドには申し訳ないけど、これはシラのためだから……。

だけど落ち着いたら、すぐに会いに行くからね……ニド。


私はそう自分に言い聞かせて、おとなしくパパとママの言うことを聞いて、家に戻った。


その3日後のことだった。


オークの集団が、村に現れたのは――






……ミーアはあの日、森へ現れなかった。

考えてみれば、毎日私に会いに来る、というのはなかなか大変で面倒なことに違いない。

ミーアだって、私にとっての魔法の研究のように、自分の時間を取りたい時だってあるだろう。

私だって、疲れて何もしたくない気分の時は、15年近く部屋に閉じこもったきりだたこともある。

多少寂しい気持ちはあったが、そういうこともあるだろう、と気落ちすることもなく、その日は星の数を数えながら眠りについた。


だが、その次の日もミーアは現れなかった。

朝からずっとミーアを待ちわびてそわそわしていたが、日が真上に上る頃になっても、私の名を呼ぶものは現れなかった。

村まで様子を見に行きたい気持ちもあったが、万が一にも姿を見られることを恐れたのと、ミーアを急かしに行くような真似が、なんだが野暮ったく思えたため、そうはしなかった。

その日は眠れずに、一晩中自身の魔法の研究について思い返していた。


そして、今日で3日目……。

私が仮の住処としている洞窟の床には、つる草で束ねた薬草と、バーニャの実が転がっている。

黄色かったバーニャの実は、時間が経ったことで黒ずみ始めていた。

ミーアはこれが大好きなようで、バーニャの実を食べるときは、他の果物の時よりもペースが早かった。

あの子がこれを食べに来ないというのは、それなりの理由があるに違いない……。


急用で何日も家を空けなければいけなくなったとか……?


あるいは、また妹が病に倒れてしまったとか……・。


……まさか、村の誰かに私たちがあっていることがバレてしまったのか?


それともやはり、私のような恐ろしいバケモノに嫌気がさしたのか……。


考えれば考えるほど、ネガティヴな考えがどんどん頭に浮かんでくる。

どうしようもないくらい気分が落ち込んだ私は、ミーアの言葉を思い出した。


『私たちは……友達でしょ。』


頭に浮かぶのは、ミーアが自分に笑いかけてくれる姿。

それを思い出し、私は頭を振って自分の悪い考えを追い出した。

あの優しい人族の子が、何も言わずにいなくなるなんてこと、ないに違いない……。

あの子は私の……友達なんだ。

たかだか3日会えないぐらいで信じてあげられなくて、何が友達か……!


そう自分を叱責した私は、思考を切り替えて、ミーアを待つことにした。

きっと数日後には、いつものようにバーニャの実を美味しそうに頬張る、あの子の笑顔が見れるだろう。

あの子がいつまた来てもいいように、新しいバーニャの実でも探しに行こうか。

そう思って立ち上がった時だった。

聞き覚えのある、あの子の悲鳴と、自分の名を呼ぶ声がしたのは……


「……ニド……たす……けて……。」


……考えるよりも先に身体が動いていた。

地面に大穴が空くほどの予備動作を付けて、森を飛び去る。

全身の神経を、ただ飛ぶことにだけ集中させる。

自分の身体に九重の風魔法をかけ、全力の加速を行う。

自分でも驚くほどのスピードで飛翔し、視界が瞬間的にブラックアウトする。

視界が再び明転した時には……


「……ニド!……来てくれたん……だね……。」


……いつものように優しく笑いかけてくれる、ボロボロのミーアがいた。

すぐさまミーアにいつものように声をかけ、頬ずりしたくなる衝動に駆られるが、ミーアの服にこびりついた血を見てハッとする。

ミーアの右腕から先はなくなっており、私の足元には、彼女のものであったであろう腕を握りしめたまま、潰れて絶命したオークが転がっていた。

私は頭の中が真っ白になりながらも、反射的にミーアに治癒と再生、清掃の魔法をかけた。

ミーアの腕や大小さまざまな傷が回復していくのを見届け、改めてあたりを見渡す。


そこには悲惨な光景が広がっていた。

オークという魔物が村の家々を壊して回り、村人を襲っていた。

若い男たちは数匹がかりで囲いこまれて嬲られ、必死に逃げ惑う老人たちは背中から袈裟切りにされていった。

若い娘の1人は、母であろう女性の目の前で羽交い絞めにされて犯されていた……。


その時、私の中で何かが音を立てて切れた。

今まではオークなど、脂ののった餌程度にしか考えていなかった私が、初めて強い殺意というものを覚えた。

漏れ出した殺意を感じ取ったのか、それまで私に気づいていなかったオークと村人の一部が、こちらを見て騒ぎ始める。

その光景を見ながら、私は胸の内にある激しい怒りを込めて、大きな咆哮を上げた。


曲がりなりにもドラゴンである私の咆哮には、格下の弱者を威圧し、行動不応にさせる効果がある。

威圧の対象となっていたオークのみならず、村人たちまでもが、本能的な恐怖から固まってしまう。


指先一つさえピクリとも動かせなくなったオークたちを、次々と刈り取っていく。

近くにいたものは頭の先からかぶりついて丸飲みにし、離れたところにいるものには無属性の魔弾を放ち弾け飛ばした。

老人たちを襲っていたオークは、爪を縦に走らせ、身体を真っ二つに裂いた。

娘を襲っていたオークは、風魔法でその醜い生殖器を切り飛ばし、両手両足も同様に飛ばしたのちに、火炎魔法を体内で発現させ焼き殺した。

そうして最後の一匹が死に絶えるまで狩りを続けた私は、怒りを向ける対象がいなくなったことで我に返り、村人たちを見まわした。


「オークの次はドレイクだなんて……。」

「……なんて恐ろしい姿。」

「私たちもオークみたいに食べられちまうんだよ!」

「なんで俺たちの村がこんな目に……。」


そこにあったのは、恐怖。

オーク以上の圧倒的な暴力に畏怖し、村人たちは口々に絶望の言葉を吐いていた。

私という存在そのものを忌避するようなたくさんの目が、私を見つめていた。

その目を見て私は分かってしまった。

あぁ、やはり私はバケモノであったのだと。

所詮バケモノである私がどれだけ臨もうと、人族の村であるここには、私の居場所はないということを。

視線に耐えられなくなった私は、知らず後ずさりしており、項垂れて顔を下に向けていた。

悲しさと悔しさとで視界は滲み、頭の中は真っ白になっていた。


座り込み、目を閉じ、思考を止めていく。

真っ暗な自分だけの世界に閉じこもれば、周りの音は遠ざかってく。

あぁ……このままこの世界から消えてなくなってしまいたい。

一筋の涙が目からあふれ、地面を濡らした……。


……その時、何かが私の額に触れてきた。

一瞬のことだったが、私はその感触に覚えがあった。

それはつい昨日のことのように感じられるほど鮮明な記憶でありながら、どこかとても懐かしいような心地よさがあった。

私は、確信をもって目の前の誰かの名を呼んだ。


「……ミーア。」

「なに泣いてんの、ニド……。」


妹思いの友人は、いつもの優しい笑顔で私にそう言うと、もう一度私の額に口づけをした。

それは、信愛の証。

村の仲間と認めたものに送る、最大限の敬意の表現。


「来てくれるって信じてた……。」

「当たり前だろう、私たちは……友達なのだから。」


私はお返しとばかりに、ミーアの額に、細心の注意を払って、そっと口づけをした。

その様子を信じられないものを見る目で眺めていた村人たちの方から、どよめきが上がった。


「……龍神様だ。」


村人の誰かがそうつぶやいた。

怖ろしき見た目をしたドラゴンと可憐な少女が、お互いを慈しみ合うように寄り添う姿は、まさに神父の説話に出てくる龍神様のようであった。

私は村人たちの方を一瞥した後、ミーアとまっすぐに向き合った。


「ニド……村が大変ことになったの……。こんなこと、あなたにお願いするのは、勝手だって分かってるんだけど……。」

「……分かっている。私に任せてくれ。」


私はミーアの言葉を遮るように短く答えると、最上位の癒しの魔法を、村全体にかけた。

村が温かな光に包まれると、致命傷を受け、倒れていた村の人々の傷が癒えていく。

死にかけて意識のなくなっていたものも、みるみる顔色がよくなり、起き上がってくる。


「う……ぐっ……。あれ?おれ、なんで生きて……。」

「奇跡じゃ……龍神様の奇跡じゃ!」

「龍神様が村を救ってくださったんだ……!」

「ありがたや……ありがたや……。」

「ミーアは龍神様の愛し子だったのか!」

「……龍神様。……愛し子様。ありがとうございます……!」


信じられないような奇跡の光景を見た村人たちは、口々に騒ぎ始めると、村の救世主たるドラゴンと隣に立つ少女を称えた。

もはや、ニドが伝説の龍神様であることは、村人たちの中で確定事項であった。

誰もが自然と地面に膝をつき、土下座のような姿勢で祈りをささげた。

涙を流しながら感謝の言葉を口にする者もいた。

その中には、ミーアの家族や、知り合いの猟師たちもいた。


「ふぇ~?何がどうなってるの?なんでみんな私たちに頭を下げてるの!?」

「おそらくだが、最初にミーアがそうだったように、私のことを龍神と勘違いしているようだな。」


戸惑いでわたわたしているミーアに、私は地獄耳で捉えた、村人の会話の内容を告げた。


「わ、私が龍神様の愛し子!?な、なんでそんなことになってるの~??」

「落ち着いてくれ、ミーア。龍神様の愛し子、というのが何かは私には分からないが、おそらくミーアが私と信愛の証を交わし合ったことが原因だろう。」


あの一連のやり取りで、龍神とみられる私とミーアとの間に何らかのつながりがあると考えたのだろう。


「あわわ……どうしよう?ニドはともかく、私そんな偉い人なんかじゃないのに……!あぁっ、パパとマ……それにシラまで私のこと見て頭なんか下げて……!?」

「むむ……そうだな、どうしたものか……。……よし、ミーア、ここは私がなんとかしよう。」


だいぶ混乱している様子のミーアに、安心させるように言うと、村人たちへと顔を向ける。

そして、わざとらしく低い声をつくって村人たちに言い放った。


「聞け、人族の者たちよ。確かに私は、お前たちの村を脅威から救うべくここに来た。だが、私は、お前たちの言う龍神ではない。」


龍神ではない、という私の宣言に、途端に村人たちが不安そうな様子を見せ、再び恐怖を顔に浮かべ始める。

私の発言に驚きつつも、私のことを心配そうに見てくれるミーアに、優しく微笑みを返す。

そして、今度は作った声ではなく、私自身の言葉で、はっきりと声に出した。




「私は、ここにいるミーアの友達だ!」






大陸の南、小さな村の周りにどこまでも広がる大森林は、常闇の森と呼ばれ、魔物が現れる危険な森として知られていた。

うっそうと生い茂る木々で日の光は遮られ、一年を通して真っ暗闇のその森から、今は子供たちの元気な声が響いている。


森のはずれにある一角。

その部分だけ、木々が丸く切り抜かれたように無くなっており、温かな日の光がさす広場となっている。

そこでは果物を食べたり、広場を駆け回って元気にはしゃぐ子供たちと、一匹の大きな真っ黒いドラゴンがいた。


無邪気な子供たちを見守る、優しいドラゴンの背中には、黄色いバーニャの実を笑顔で頬張る、猫人族の少女の姿があった。

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「お前は邪龍らしくない」と実家を追い出された邪龍は、人間界へ行くようです @sharaku04

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