第280話 油に火ってやつ

 各車に取り憑いた蚊の暴走車は我が物顔で走っていた。数分前まではだが……


 そいつは突如上空から隕石のように降りて来てピカピカ光る車のルーフを押しつぶすと真っ赤な炎を上げ球体になったかと思うと、鋭い槍となりルーフから地面まで穂先を突きぬかせる。


火槍かそう


 炎が呟くと炎の槍は一瞬勢いを増し蚊の体内を焼く。これまでの戦闘データーを有する寄生体は、炎による攻撃を想定していないわけではない。本体を守るための殻に籠り炎の脅威に耐え反撃のときを待つ。


 だがそのときは来ないのである。なぜならば……


「バカめ! 車に取り憑くと言うことは自身に爆弾を抱えると同じ。オレとの相性は最悪としれ!」


 燃料タンクに引火、と同時に炎を纏った犬は風を纏い空気の渦で車を囲み真上に風を送る。爆発は風に包まれ周囲には広がらず真上に炎を巻き上げる。


 一部始終を見ていた一台の蚊に影が覆いかぶさった瞬間、炎の槍がフロントガラスを突き破り斜めに貫かれる。そして再び起こる大きな爆発とそれを舞い上げる風が吹く。


 燃える肉球を地面につけ道路を焼くとシュナイダーが蚊たちを睨む。


「さて、好き勝手やっていたようだが一台たりとも逃がさんから覚悟しろ」


 シュナイダーが炎を纏い、刃となって一台の蚊のボディに食い込むと爆発させる。これが人間を追いかけ一方的な虐殺を楽しんでいた暴走集団が、追われる立場になった瞬間の合図となる。


 車というやつはとても速く走れてすごく便利なヤツだと思っていたのも遠い昔のようで、狭いところに入れず障害物に右往左往させられる鈍足ボディに蚊たちはイラついていた。

 狭い隙間も関係なく走り抜け、更には空中を駆けてくる燃え盛るハンターに逃げまとう蚊がまた一台炎を上げ消えていく。

 焦ったばかりに縁石に乗り上げタイヤを空回りさせた一台の蚊が痺れを切らし、足を伸ばすとボディを持ち上げ走り始める。

 走ると言っても車の重量は約一トン余り、足で走るのにはあまりに非効率。鈍足ボディで走る蚊などただの的でしかない。


 上空から真っ直ぐ落ちてくる炎の槍に貫かれると一瞬で蒸発してしまう。


「ふっ、次」


 シュナイダーは炎の足跡を道路に残すと次なる獲物を求めその場から姿を消す。



 そしてもう一人、この状況に効率的火力見出す者がいる。


 ワイヤーの先にある蕾がフロントガラスを突き破るとハンドルに絡みつき、火花を散らしスパークする。

 通常車に雷が落ちた場合外側を電流が走り地面に抜け車内は安全とされているが、蚊の場合内部に肉を巻き付けているものだから車内まで電気がよく流れる。さらには窓ガラスという脆い部分を晒しているおかげで、今や猫巫女はワイヤーを振り回し次々と蚊を破壊していく凶悪な猫巫女となっていた。


「ふっふっふのふーっ弱い! 道具を上手く使いこなせないのにおもちゃ感覚で扱っちゃたのが運のつきってやつだね」


 詩が投げた石ころに反応し道路に大きな『火』の文字が浮かび上がる。火の上を走る車は猛スピードで走り燃える前に火を駆け抜ける。

 してやったりと走る蚊の車のタイヤが突然大きな音と白い煙を上げ破裂する。


 道路に横転する蚊にワイヤーが突き刺さると、電流が流れあっさりと絶命してしまう。


「タイヤは熱を持ったまま走ると破裂してしまう。これ常識と教わったわけなのよね。あんたたちが戦車に取り憑いてから私らが何も考えずに生きてると思ったら大間違い。対策のための予習はバッチリだったりするわけ」


 詩が動かなくなった蚊に向かって語るがもちろん返事はない。


「んー? なんだろこの魔力は? スー?」


 キョロキョロする詩が今度は空を見上げる。地上から遠く離れていて見えるのは黒い点だが、視力まで強化できる詩にはヘリが飛んでいるのが見えていた。


「あいつは上か。降りてこないってことは探られてる? あいつに持っていかれるのは気に食わないけどおとりになってやりますか」


 詩が朧を手にしたところで新たな蚊が一台走り抜ける。狭い場所を走り抜けるそれは車ではなくバイクであった。


「バイクタイプもいるんだ。早いとこ倒していかないと被害が広がっちゃうか。それに次々に湧いてくるんだけど」


 建物の壁に張り付くまだ取り憑いていない蚊の集団を見てウンザリとした様子でため息をつく。そして再び上を睨んで朧を構える。


「とっとと出所見つけてよね。お茶とか飲んでたら怒るから」


 そう言って詩は向かって来た一匹の蚊を切り捨て、先ほど走り抜けていったバイク型の蚊を追いかける。



 * * *



 上空メートルで優雅にお茶を飲みながらくつろぐお嬢様の姿に、ヘリに乗る隊員たちもやや困惑気味である。


「下にいるのは詩ですわね。その先にワンコロ……貴女の娘さんはもう少し先ですわね」


 テーブルの上にいる十センチほどのウサギのぬいぐるみに話しかける。


『会うのが楽しみだわ。お母さんこんなに可愛くなっちゃったのよって』


 小さな手足をくねくねするウザイ動きのミニ白雪を見てエーヴァは微笑む。


「本当に前向きですこと。貴女方も大変でしょうに受け入れるだけでなく、前に進もうだなんて感心致しますわ」


『お誉め頂き光栄でございますわ。前世でもっと一緒に過ごしたかった、話したかったが今実現してるわけ。これに喜ばないことがありましょうかですわ!』


 拳を作り腕を上げる白雪にエーヴァは優しく微笑む。


「このカーモドキとの戦いに終止符を打つため詩たちに頑張ってもらわないといけませんわね」


 再びお茶を口にしながらエーヴァは


 ──坂口に名前を決めさせると、どうしてこうもおかしなことになるのかしら? センスねぇな……


 そんなことを思うのであった。

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