第281話 私はアンテナ!

 蚊の車改め、カーモドキが猛スピードで走る。壁にボディを擦り火花を散らしながら強引に曲がって誰もいない歩道を走る。

 空を飛ぶヘリからばら撒かれたぬいぐるみたちが地上に降りそそぐ。


 カーモドキの暴走でぐちゃぐちゃになった町とは対照的に、とてもメルヘンチックな光景。だがそれは人の目から見れば、カーモドキの目には焦りの色が濃くにじむ。


 ボンネットに落ちた一匹の小さなクマがむくりと起き上がると大きく手を振りかぶりボンネットを全力で殴る。その可愛らしい外見に反してその威力は凄まじく、カーモドキのボンネットがへこみ、車体が一瞬前のめりになる。

 次の瞬間、カーモドキの蚊の部分にスーの蹴りが入り背中からへし折ると、反れた上半身を道路を泳いできたキューちゃんが飛び掛かって噛みちぎり再び道路で泳ぐ。


 上半身がなくなったところで致命傷とならないのが、カーモドキのいいところなのだがそれより先に上空で金のガチャボールが開いたことが何を意味するかは知らなかった。


 金のガチャボールから落ちて来た、灰色のボールにスーが真上に放った青白い魔力の糸が絡まると丸まった体を広げその姿を現す。

 アルマジロは丸っこいボディに似合わぬ太くて長い爪を落下と同時にカーモドキのルーフ部分に突き立て両手を広げカーモドキを縦に引き裂いて行く。


 メキメキ音を立て裂かれる露わになる内部にアルマジロが右手を振り下し爪を突き立てる。アルマジロの落下と入れ替わりに飛びのき、道路を泳ぐキューちゃんの背中に乗っていたスーがアルマジロの背に飛び乗る。


「『玉兎ぎょくと マルちゃんアルマジロの名前型』なのです!」


 爪から放たれる青白い光にカーモドキのボディが完全に縦半分に裂け力なく道路に倒れる。


 空中から落ちて来たクマのぬいぐるみを手に受け止めたアルマジロに乗ったスーが足もとに来たキューちゃんを見る。


「同時に操れるのは二つが限界っぽいのです。あまり多くなると頭が混乱するのです」


 クマのぬいぐるみをガードレールのポール部分に座らせると手を握って労いの言葉を掛け、キューちゃんの背に乗って移動を始める。


 道路を優雅に泳ぐキューちゃんとその隣を体を丸めてゴロゴロ転がるマルちゃんを引き連れスーの蹂躙劇が始まる。

 体を丸めたマルちゃんがゴロゴロ転がって勢いよくカーモドキに衝突すると、砕け散るフロントガラスのを切り裂きキューちゃんが背びれで本体を切り裂き、むき出しになった寄生体をスーが魔力を纏った足で踏みつぶしとどめを刺す。


 カーモドキたちはとんでもない怪物の出現に恐れ逃げまとう。

 だがカーモドキたちもやられてばかりではいられない、敵に対抗するため新たな手段を模索し実行に移すわけである。


 二台の車がギリギリまで幅を寄せ触手を伸ばし合い、互いに絡みつく。

 一台で駄目なら二台合わされば力もスピードも二倍! そう思ったかは定かではないが、排気量の違う車が同時にアクセルを踏めばスピードに差が出てしまい遅い方を中心にスピンしてしまう。

 さらには幅が二倍になったことで障害物に接触して横転、炎上という自滅の道を歩む。


 それでも生きるために進化を模索するカーモドキたちは数にものを言わせ次々と合体を試みる。

 それを黙って見てるわけがないスーが次々とカーモドキたちを潰していく。マルちゃんが爪を車体の下に引掛けちゃぶ台返しよろしく車体を勢いよく持ち上げる、浮いた車体の下に泳ぎ潜り込んできたキューちゃんの背びれがカーモドキを切り裂き、さらに背びれから伸びる糸に引かれ飛んできたスーの蹴りが寄生体を砕いたとき空から白く小さな物体が猛スピードで落ちてくる。


 それを飛び跳ねたスーがキャッチすると、手に握った十センチ程度のウサギのぬいぐるみが小さな手をぴょこぴょこ振る。


【ス~!! お母さん来ちゃった】


「も~戦場は危ないのです。とりあえずここにいてくださいなのです」


 頭の上に白雪を置くと、白雪はスーの髪の毛に潜り込み上半身だけ姿を現す。そしていつのまにか持っていた両手の黄色いボンボンをポンポンと叩く。


【お母さん何も出来ないけど、ここから応援するわ! フレ―フレー! スー! か・わ・い・い・スー! つ・よ・い・ぞ! スー!】


 スーの頭の上でボンボンをフリフリして応援を始める白雪にスーが地面を蹴り飛び上がると、一台のカーモドキを踏みつぶし左手の指を引きマルちゃんを転がし自分の踏んだカーモドキの横にぶつける。

 それより先に飛び上がって横転するカーモドキを下に見るスーが右手の指を引き、キューちゃんを引き寄せカーモドキを真っ二つにする。空中で左の指を引き地上で待つマルちゃんに受け止めてもらうと、今度はマルちゃんが大きく飛び上がり体をまるめる。


 まん丸になったマルちゃんが、スーの小さな手の上に乗る。


「『玉兎ぎょくと マルちゃん圧殺の型』なのです」


 まん丸なマルちゃんが青白い炎を纏い燃え上がると、スーは横転して真っ二つになったカーモドキを押しつ潰す。


「そのまま転がしちゃうのです! ゴロゴロの型なのです!」


 ボーリングの玉みたくマルちゃんを転がし横切って逃げようとしていた、バイク型のカーモドキをピンのように吹き飛ばし爆発させる。


【凄いわスー! なんだか技名が適当な感じがお母さんの血を感じて痺れちゃう!】


「そんなに褒めないで欲しいのです! 恥ずかしいのです! スーが活躍できるのはお母さんの応援のおかげなのです!」


【もー謙遜はしちゃダメよ。そこが可愛いんだけどね♡】


「照れちゃうのです」


 ひとしきり互いを褒め合った母娘は満足したように周囲を見回す。


【それがスーの新しい力なのね。凄いわ!】


「はいです! スーはぬいぐるみを使って戦えるのです! 今のところ二体同時に扱うことが出来るのですよ」


 胸を張るスーの頭の上でパチパチと手を叩き白雪がどこから出して来たのか分からない紙吹雪をまき始める。


【スーが頑張っているのに応援だけってのもなんだか申し訳ないわね。あら? あれは……】


 スーと白雪が上空を見上げると、空からパラシュートにぶら下がった大きなウサギのぬいぐるみが降りてくるのが見える。


【さすがエーヴァちゃんね。そうだ! スー、お母さん思い付いちゃったんだけど試してみない?】


 白雪が長い耳をぴょこぴょこさせる。



 ***



 カーモドキになっていない蚊が薄い羽をバタバタさせ、不格好に高架下へと飛び降り何とか着地すると走って逃げる。

 六本の足を使ってガサガサと逃げる蚊の脚もとを大きく鋭い背びれを殺意マシマシにしてキューちゃんが泳ぎ抜けると、蚊の脚が数本飛んでしまう。バランスを崩す蚊の正面からマルちゃんが転がってきて目の前で体を広げると大きな爪を使ったアッパーが顎を捉える。


 空中で仰向けになる蚊の上から大きなウサギが落ちて来て首に白いふさふさの足で絡め首を絞める。そのウサギの背中に勢いよくスーが抱きつくと、勢いを生かし蚊の首を引きちぎる。


 地面に背中から落ちる蚊の隣でスーをおんぶしたウサギが華麗に着地する。


 スーの頭で全身に青白いオーラを纏った白雪が腰に手を当て蚊を見下ろす。


【ふっふっふっふ。直接は操れなくてもスーの力を私に通して、私が動かすことくらいできるのよ。ここまでの戦闘経験が生きてくるわ。さあとどめはスーにお任せなのよ!】


 スーがウサギのぬいぐるみに力を込めるとウサギは手に青白い光を宿す。


「『玉兎ぎょくと 白雪の型』なのです!」


 グッと足を曲げ体を屈めると次の瞬間蚊の体に掌底が食い込み青白い線が体を突き抜け空気をも切り裂く。


 残像も残さぬ速度で蚊に詰め寄り俊足の跳躍からの掌底は玉兎の名を


【うふふ、うまくいったわ。お母さんが一体受け持つことでスーと三体のぬいぐるみ同時戦闘が可能よ。さしずめ私はスーの力の中継点を担うアンテナね】


「お母さん凄いのです! これでさらに蚊を倒せるのです」


【お母さんもやるときはやるのよ! そうそう、この蚊ってカーモドキって名前に決まったのよ】


「そのセンスは坂口なのですね。相変わらずなのです」


 三体のぬいぐるみと一緒にほのぼのした会話を交わす母娘による蚊の蹂躙はつづくのである。

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