第279話:海のギャングの名は伊達じゃないのです

 スーの手元で建物の影から覗く薫を満足させる、ぴちぴち・がぶぅー具合を見せるキューちゃんは歯をガチガチ鳴らし獲物を要求している。

 頭がない蚊だが、倒れる様子もなくゆっくりとスーの方に体を向けると胸の上の方に目を生やす。

 こうすれば頭を取られることはないと踏んだのか、それとも頭を生やすのがめんどくさかったのかは分からないが、スーがぴちぴちするキューちゃんの尾を持ち構える。


 地面を蹴り間合いを一気に詰めると振り上げたキューちゃんを振り下す。それを蚊が両腕で受け止める。普通の武器であればそこからの攻防の読み合いが始まるわけだが、受け止めたのは活きのいいシャチのキューちゃん。

 スーの手から離れ蚊の腕の上で跳ねるキューちゃんに蚊が戸惑いを見せたときには、スーによる一撃目の蹴りが腹にめり込み倒れる間も無く二撃目の蹴り上げが胸部に決まり宙に浮く。


 そして大きく上に跳ねたキューちゃんが空中で一回転すると落下しながら蚊の胸部に噛みつき地面へと叩きつける。

 スーがキューちゃんの尾を持ち引き上げると蚊の胸部を食いちぎり外皮を剥ぎ取る。


「兎はここになくとも心にある限り玉兎の一撃は放たれるのです!」


 剥ぎ取った外皮をペッと吐いたキューちゃんが青白い光を纏うと激しい光を纏う。


「『玉兎・キューちゃんの型』なのです!!」


 露わになった胸部に大きな口を開け光輝くキューちゃんがかぶりつく。鋭い牙から送り込まれる魔力は蚊の内部の隅々まで行きわたり満遍なく破壊する。

 魔力の飽和に耐えれなくなった蚊の体が青白い光を放ち爆発する。


 青白い爆発の残光が消えぬ間に光の隙間を切り裂きキューちゃんが弾丸のように飛んでいく。

 その行先は暴走車よろしく、暴れ回る蚊の車。ハイトな軽ワゴン車に取り憑く蚊の首筋にキューちゃんの牙が食い込むと、キューちゃんの尾にある周りには見えぬ魔力の太い糸がピンと張り、尾びれを跳ね上げたシャチの一本釣りによりスーが飛んでくる。


 スーの蹴りが決まると同時にキューちゃんが歯を緩め口を離すと胸びれをピンと張る。尾びれを持ったスーが振り回し大きな円を描くと胸びれの斬撃による軽ワゴンが輪切りになり、前後にぱっくり割れて転がる。


 体を真っ二つに切られびっくりの蚊だが、前方にある人型の臓器にアクセルを踏ませるが前に進まないことに二度びっくりする。

 車の動かし方は分かっても、仕組みまでは分からない。真っ二つになったことで燃料タンクからガソリンがこぼれ空になってエンジンが動かないのである。


 だがここで諦める蚊ではない、動かないなら動かせばいいとばかりに自分の足を半分になった車の後方に生やし、前輪だけの車を自力で押し始める。


 カサカサと走る車のスピードは四〇キロ程度。カサカサ、ふらふら走る気持ちの悪い車の暴走を道路の上を腹で泳ぐシャチの追撃が襲う。


 腹に纏う魔力は摩擦を最小限に押え滑るようにアスファルトの上を自由に泳ぎ、魔力の水滴を散らし跳ねたキューちゃんは体を丸め、背びれをピンと張るとくるくる回り切れ味の悪い回転ノコギリよろしく、醜く走る車を磨り潰す。


 だが生命力に定評のある宇宙獣の意地とばかり潰れた車体を残し、前方のバンパーだけ残して無数の脚が生えた謎の生物がカサカサと走り始める。


 水がないことを感じさせない激しくもしなやかな泳ぎは海のギャングと称されるに相応しい泳ぎっぷり。バンパーを引っさげ無様に走る蚊の車モドキが障害物を必死に避けながら逃げるのに対し、大きな絆創膏が歴戦の猛者もさであることを示すキューちゃんは残骸の隙間を音もなくすり抜け身を隠し迫る。


 玉突き事故を起こし横転する車の残骸の壁が逃げ道を防ぐ、それは奇しくもバンパーだけの蚊が原因で起きた事故。因果応報なる言葉が蚊にあるかは知らないが、自分の起こした事故に足止めされ失速した獲物を逃がすほど海のギャングは甘くはない。


 生と死が交差する自然において、なぶり殺しなんて甘い感情が入る余地などないと身をもって知るにはあまりに一瞬。

 残骸の影から飛び出したキューちゃんの大きく開けた口が蚊の中にいる寄生体ごと食いちぎる。


 そのまま口を閉じて圧殺、口から漏れる魔力の青白い光の線を引きながら瓦礫の隙間に飛び込み泳ぎ進むと、手繰りよせられる魔力糸の先にいるスーに足元にすり寄る。


 ぺっと寄生体であったであろう残骸を吐き出すとぬるりとスーの背中によじ登り背中に引っ付く。


「魔力が繋がっている間は自由に動かせるのですか。そして……」


 スーが大きく横に飛び、真上から落ちて来た別の巨大な蚊の口を避ける。

 そのまま避けた先にあった営業車っぽい白の車のフロントガラスを蹴り破ると、ダッシュボードにあったずんぐりむっくりなぬいぐるみを手に取る。


 このぬいぐるみ、銀行のマスコットキャラの『ウッディくん』と言う。切株に手足が生えつぶらな瞳と、葉っぱの付いた枝でできた鼻が特徴の彼。頭上の年輪で貯金の大切さを教えてくれる彼は今、スーに魔力を送られつぶらな瞳に戦士の光を宿す。


 一撃目を避けられ、二撃目をと口を突き出し羽ばたきながら走ってくる蚊に向かってウッディくんを投球する。


 魔力を込めて投げたウッディくんは巨大な蚊の鋭い口を短い両手で挟んで受け止める。

 真剣白羽取りと言えば聞こえはいいが、頭に鋭い口が刺さっているので正確には成功していない。だがウッディくんは誇らしげな顔で蚊の口を頭に刺したまま離さない。


 口先にあるウッディくんをのけようと手を伸ばした時には真上に影が覆いかぶさり、キューちゃんのかぶりつきで頭から胸まで押しつぶされる。

 蚊の肩に乗ったスーがキューちゃんのぴちぴちする尾びれを握ると、魔力の炎が蚊の体を粉砕する。


 バラバラと落ちる蚊の破片に紛れて落ちてくるウッディくんを手で受け止めるとおでこの辺りを指で押したスーが微笑む。


「お疲れ様なのです。おかげで助かったのです」


 ウッディくんをそっと元の車のダッシュボードに戻す。


「一定の行動を支持しての時限式……もう少しこの力について知る必要があるのです」


 そう呟き自分の手でゆらゆらと燃える魔力を見つめた後、ふと顔を上げ遠くで真っ黒な煙が真上に昇る光景を目にする。


「派手にやりすぎなのです。イヌコロにとっては相性抜群というわけなのですか」


 スーはイヌコロの活躍を感じ安心し、一先ず薫の元へ戻ることにするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る