第263話:じゃれる猫に翻弄される鳥

 ビルの壁に爪を立て側面を走り、真横からヴァロトンを抜き去るヒョウの背中から飛び出したスーの蹴りが首を捕らえるとヴァロトンの頭が揺れる。

 だが構わずに走るヴァロトンの後頭部を見ながら落下するスーを、ヒョウが背中で受け止め再び追いかける。


「忌々しいヤツなのです」


【作戦通りに進んでいるんだから文句言わないの、イライラはお肌の大敵なのよん】


 ヒョウの白雪がヒゲをピンと張りながら、頬を膨らませるスーをなだめる。


【それにもうあの鳥さんはネコさんの罠の中なのよん】


 走り去った跡を見ながら、ヒゲを上下に揺らして口角を上げ鋭い歯を見せる。

 その背中に乗るスーもニンマリと、彼女なりに精一杯の悪い顔をするのである。



 ***



 ヴァロトンは走る。兎に角走るのが楽しい。


 ついでにこの世界の物を破壊し、生物をプチプチと踏み潰すのが楽しさに拍車をかけてくれる。


 希少種を倒すなんてことはどうでもいい。


 時々邪魔してくるけど自分の方が速いし、攻撃受けても大したことはないから破壊し、走る! 今まさに生きている実感を感じているのだ!


 自分を止めれる者などこの世にはいないのだ!!


 自信を持ち気分も晴れやかに軽くなった脚を動かすと、突然小さいが衝撃が走り僅かに視界が下がる。


 下がった視線の中で首を伸ばし衝撃の原因を探ろうと脚元を見れば、何やら真横に光る線が見える。だがそんな物で自分を止めることは出来ないと、もう一方の脚を出し踏ん張ると糸を強引に引っ張り、糸が繋がっていたと思われる建物の柱ごと破壊する。


 姑息な罠だと鼻息を一つつき嘲笑うと、僅かに失速したスピードを取り戻そうと脚を更に踏み出す。

 だがそこにあるのは別の糸。脚の裏に伝わる感触は、そこに脚がくることを予期していたと言われ鼻で笑われているようで、イラッとさせられながらも糸ごと地面を大きく踏みちぎる。


 そう、ついさっきも自分を糸で縛ろうとした希少種の一匹がいたなと辺りを見回すと、頭の硬いヘルメット部に矢が当たり、カツンと心地好い音を立てる。


 あえて硬い頭を狙って音を立てる、その行為は完全にバカにしている。そう感じたヴァロトンが羽を振り、自身の鋭く尖らせた羽根を周囲に放つ。

 突き刺さる羽根と同時に、自身の左胸に違和感を感じたヴァロトンが長い首を曲げ目をやると、胸に刺さる矢とそこから伸びるワイヤーが宙でしなっている。


 しなっていたワイヤーがピンっと空気を切り裂くほどの勢いで張られると、電線と接触する。

 激しい火花を散らして流れてきた電流に胸を焼かれ、衝撃にのけ反るヴァロトンだが倒れまいと踏ん張り前へと脚を伸ばし走り始める。


 電線なるものは知らないが、周りに張られた線から離れるべきだと判断したヴァロトンは慌てることなく、冷静に脚元に張られているワイヤーの存在を見抜き飛び上がる。


 宙に身を投げた瞬間、胸元に軽い衝撃が走るのは空気で編まれた『糸』が存在するから。そんなことを理解できるわけも暇も与えられず、ワイヤー付きの矢が胸元を掠りつつ交差し、首、脚をそれぞれ囲うワイヤーが四方に走る。


 空中で貼り付けにするには重すぎるヴァロトンが無数の糸にバランスを崩し、ゆっくり倒れ地面に顔面からダイブする。


 それと同時に放たれたワイヤー付きの直尺は、地面に何重にも描かれた『雷』の漢字へ刺さり光らせる。

『雷』の魔方陣を枕に倒れていたヴァロトンの頭を激しい光が包むと、近くのビルに設置されていた避雷針を次なる媒体にと空気を切り裂き電気が走る。


 空気を切り裂き、幾多にも伸び電気は花びらの様相を見せ、巨大な曼珠沙華まんじゅしゃげを咲かせる。


 激しい衝撃を受けつつも両翼を地面に付き体を起き上がらせると、雷に焼かれ崩壊した顔面で視界を失ったままヴァロトンは走り始める。


 修復されていく目がもたらしてくれる周囲の状況から、この星の生物が住む巣の近くは危険が多いと判断し人気の無い方へと脚を進める。


 ごちゃごちゃした場所を抜け、木々が広がる森へと向かうと後ろから羽虫のような音が響き、ヴァロトンが首を曲げ目を向けると先程まで姿を見せなかった希少種の一匹が変な物に乗って追いかけて来るのが見える。


 それがバイクだとは知らないが、姿を見せたことに自分の取った行動に自信を持ち、逃げる先に隠れる場所がなければ相手は罠も張りにくいだろうと判断し、一旦開けた場所へと向かおうと勘を頼りに木々を押し退け進んで行く。


 途中『私有地につき立ち入り禁止』なる看板と、柵や有刺鉄線があったことなど気付きもしないで進んだ先には広々とした広場が広がっていた。


 ここが何かは知らないが希少種を引き付け、再び走るには丁度良いと脚を一歩踏み出す。


 その先にあるはずの地面は土を踏み締める感触をヴァロトンに与えず、ズブズブと沈む感触を伝えてくる。


『濘』の漢字が光ったことなど気付く暇もなく、自身の重みも手伝い深みにはまっていくヴァロトンが地面に翼をつこうと伸ばすと地面が突如崩れポッカリと穴が現れる。


 脚は沈み、翼は穴に落ち倒れるヴァロトンの頭の上に猫巫女が飛び降りると手に持っていた石ころを穴に向かって投げる。


閉鎖花へいさか


 地中で生涯咲くこと無い花の名前を告げられたときヴァロトンの翼に激しい痛みが走り、反射的に身を反らすが更に翼を引き裂く痛みが襲い、穴から抜けなくなっていることに気が付くのだ。


 そして地面に倒れ意図せず耳をつけた状態ではよく聞こえてくる鈍い音が、自分に危険が向かって来ていることを否が応でも知らせてくる。

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