第264話:表舞台に立つ者資格がないと思ったらしっかりと立っていて

 脚を埋められ、翼を地面に縫われたヴァロトンの耳に響く重低音の主は、アイデンティティーとも言えるキャタピラで地面を捉え、暗く深い闇を抱えた主砲をヴァロトンに向ける。


 無骨な戦車を守るのは古めかしいピックアップトラックたち。


 電波を弾く四角い板状のアンテナが『リフレクター』、反射しきれずに漏れた電磁波を吸収するパラボラ型のアンテナ『アブソーブ』はヴァロトンの発する電磁波の目に見えない脅威から戦車を守る。

 それでも受けてしまう電磁波の影響を少なくするために、極力電子機器を排除し簡素化された戦車の操縦席はそれでも狭く、密な空間で操作され放たれた砲弾はアンテナの真上を飛び越えカバーである装弾筒をパージすると、一時の自由を得て敵へと突き立てられる。


 砲弾の種類は装甲を貫くことに特化した徹甲弾。これは爆発による宇宙獣の破壊は周囲の影響が大きいと懸念してのことだが詳しくは割愛する。


 硬いと言っても生物的強度、分厚装甲を貫くための砲弾はヴァロトンの皮膚を突き破り刺さると、運動エネルギーにて得た熱を持って体の内側からヴァロトンを焼いていく。


 身動きの取れないまま次々と突き立てらる徹甲弾に焼かれ、体の中から噴き出す熱に身の危険を感じるヴァロトンと対照的に手ごたえを感じた自衛隊の発砲は激しさを増していく。


 この戦いの最中、自衛隊員達の中に芽生えるのは、自分達だけでもやれると言う気持ち。猫巫女達の後方支援ではなく前線に立ってやれるのではないかと言う自信。


 戦車を守る為に配備された自衛隊員達が手に持った銃をいつでもヴァロトン目掛け撃てるようにと、手に力を込めたとき、


「下がって!!」


 発砲音を押さえつけるほどの雷鳴が響き、続く猫巫女の声に自衛隊員たちが反応するより先に、ヴァロトン皮膚を覆う羽根が一斉に逆立つと空気を切り裂く音が耳に突き刺さる。


 羽根の長さは一○○センチ少々、子供程の大きさだが、軸となる羽軸うじくから広がる羽弁うべんのせいでかなり大きく見える。

 それらは地面だけでなく、戦車の装甲やトラックが載せるアンテナなど鉄を貫き刺さる羽根の鋭さに、自身に刺さらなくて良かったと誰もが恐れと安堵の混ざった目で見つめる。


 隊員たちの目に映るふさふさの羽弁が小刻みに揺れる。それが風のせいではないのは、無数の脚が生えてきたことで理解すると同時に、新たな生物の登場に理解が追い付かなくなってしまう。


 無数の羽根は足を生やすと、突き刺さっていた先端を引っこ抜き、長い羽根で出来た脚をこすり合わせガサガサと歩き始める。

 羽根から生まれたそいつの見た目は、昆虫でいうゲジゲジの様で、不気味さをふんだんに持って隊員たちに襲い掛かる。


 ハッチを閉め戦車内に逃げ込むも戦車に群がる羽根のゲジゲジたちは、鋭い先端を何度も突き立て装甲に穴を空けていく。

 戦車は装甲が厚い分まだ耐えれるがピックアップトラックの方は紙に穴を空けるように突き立てられ、無残な姿へと変わっていく。


 人の子供程の大きさのゲジゲジを前にして、手に持つ銃は火を噴くことなく銃口は熱を持つことなく、鉄屑へと変わるのを待つのみと項垂れ下を向く。


「んのぉっ!!」


 動けない自衛隊員の中を駆け抜けてきた猫巫女が振るう二本の刀の斬撃に、ゲジゲジたちが羽根でできた脚を散らす。

 そのまま刀を弓に変え放つ矢に二匹のゲジゲジが貫かれ、勢いそのままに戦車の装甲に縫いつけられる。


 弓の本体で一匹を叩きつけ、ワイヤーの弦で別の一匹を引っ掛け、羽根出来た体を削ぎながら倒す。

 勢いで弾けるワイヤーが収納されていくと共に、握る弓が薙刀へと変わり周囲のゲジゲジを一掃する。


「スー、こっちは任せた!」


 猫巫女の声と共に青白い光が落ち、羽根でできたゲジゲジが焼け縮れる毛先を残して消滅する。


「任されたのです。白雪行くですよ!」


 スーとヒョウの中心で小さな土埃が立つと、左右に別れた青白い光と黄色の残像が駆け抜け、バラバラになったゲジゲジたちが宙を舞う。

 舞い散る羽根の屑を払う猫巫女の薙刀と、ヴァロトンのくちばしが火花を散らすと、薙刀は二本の刀へと姿を変えくちばしと、追加されたゲジゲジ群れと激しくぶつかり合う。


 舞い散る羽はゲジゲジのもの、激しく光る火花は巨大なくちばしと猫巫女がぶつかり合い生み出されたもの。


 自分達に迫る驚異を振り払ってくれる、小さな少女とヒョウのぬいぐるみの拳。

 そして今、上空から華麗に舞い降りて来た銀髪の少女が振るう大鎌の閃光は極限まで鋭く残酷だけども、力強く頼れる一閃。


 猫巫女の元に一直線に落下してきた炎は、ヴァロトンくちばしにぶつかり弾けると、炎をふんだんに含んだ暴風を撒き散らしゲジゲジの体を炎で焼き付くす。

 中心に現れた赤毛の犬と猫巫女が連携しヴァロトンを攻め立てる。


 先ほど芽生えた最前線に立てるかもしれない、そんな気持ちは一瞬で消え失せてしまうのだった。


 ただ目の前の光景を呆然と見つめる多くの隊員の耳をつんざく激しい音は猫巫女が落とした雷の音。


『雷』『鳴』の漢字が光りヴァロトンの脳天に雷が落ちると電流と音の圧でゲジゲジが消し飛ぶ。


「こらああっ! ボサっとしない! 戦場に立ったら戦うなり逃げるなりするっ! あんたたちもここにいる以上戦士として勝つためにもがくの!」


 肌をピリッと焼く痛みと猫巫女の叱咤に隊員の多くが気が付く。自分達も舞台の上に立っていて、この戦いに参加しているメンバーの一人だと言うことに。


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