第260話:あぁーあー聞えません。どうやら回線が……悪いようですね
そいつは突然現れた。高さは10メートルほど、真っ黒なからだに鋭いくちばし。誰が見てもカラスだと呼んでしまいそうになるが、足元を見て大抵の人がちょっと待てよと言葉に詰まる。
太くスラッと伸びる脚はカラスにしてたくまし過ぎる。飛べないなら走ればいいじゃないかと自ら進化の方向を見定めた鳥、ダチョウの脚を持つカラス。
そしてもう一つ特徴的なのが、長い首の先にある頭の上が銀色に輝いていること。銀色のヘルメットを被っているとでも表現すれば分かり易いだろうか。
現在の呼称は宇宙獣
一つの場所に留まらないのは生態なのか性格なのかは不明だが、巨体を感じさせない軽やかな走りで町を破壊していく。
巨体がおよそ時速一○○キロで走るだけでも迷惑なのに時々、頭のヘルメットで頭突きを繰り出し破壊力を見せつけながら移動していく。
電波障害と相成って被害拡大するなか、対宇宙獣部隊を始めとした現場の混乱が途切れ途切れの無線からも伝わってくる。
対策本部にも緊張が走る。そんななか、対策本部に置かれた部署の一つ、市民の電話窓口は別の意味で緊張が走っていた。
被害や不安からくる連絡、対策がどうなっているかとの問い合わせは当然あるべきだろう。
だが、毎回宇宙獣の名前がダサいという苦情が何件か入ってくるのには、問い合わせの現場も不満を持たざるを得ない。
「タコサシってなんですか? ふざけているんですか」とか言われても、「私たちにどうしろって言うんですか? 私だってタコサシはねえだろって思いますよ。じゃあ聞くけどお前ならなんて名前つけんだよ?」と、今日も鳴り響く電話から繋がった相手に何度言ってやろうかと思ったことか。
澄んだ声で相手に謝罪の言葉を全力で投げつけながら、目尻の血管がピクピクするのを感じる。
──なんで私謝ってんだろ?
**
正式な名前が決定しました!
『ヴァロトン』……外国語と神話のに出てくるペリュトンを合わせた造語です。
**
ホワイトボードに手書きで書いてある文字を見て美空は、今回はまともな名前が来たとホッと胸を撫でおろす。周囲にいる同僚たちも同じ気持ちなのか、小さくガッツポーズする人もいて嬉しそうに見える。
美空も今回は自信を持って宇宙獣の名前を発表出来ると、少し胸を張って受話器の向こうの相手に話し掛ける。
「たった今、宇宙獣の名前が発表されました。『ヴァロトン』だそうです。由来は──」
〈へえ~どうでもいいけど、そんな洒落た名前決める暇があったら早く怪獣をなんとかしなよ〉
がちゃん!!
おもわず電話の受話器を叩きつけて切った美空は我に返り周囲を見回すと、チラッと目が合った同僚が電話をしたまま親指を立ててウインクして、すぐに業務に戻る。
──今日は電話回線がパンクしてます。なのでときどき回線が切れたりすることだってあるんです。
そう心の中で先程の電話相手に伝えて咳ばらいを一つして、切ってすぐに鳴りだした受話器を取ると次の相談に耳を傾ける。
〈ちょっとー、いつになったら怪獣倒してくれるの? あんたら電話を受ける暇あったらどうにかしてよー〉
プチっ!
血管が切れそうになるが、ひきつった笑顔で丁寧に対応する。
これはお仕事だからと言い聞かせながら美空は頑張るのである。
でもやっぱり辛いので、
──名付けセンス悪い人でも悪くない人でも、どちらでもいいから早くやっつけてよ~。仕事終わんないっーー!!
美空は心で叫ぶ。
──あ、でも次回もセンス悪い人は名付けに関わって欲しくないなぁ~。
ついでに呟く。
……
くしゅん!!
くちっ!
「なによ風邪? ってか、くしゃみまで可愛くするなんてあざといじゃん」
「んなことない……ですわ。それよりも誰か噂してるのかもしれませんわね。大方、今回の名付けがタコサシでなくて良かったと喜びの声だと思いますわ」
ビルの屋上に並ぶ詩とエーヴァが鼻を擦りながら互いを
「えぇ! そんなことないもん! 今回私が名付けの番だったらヘルメットカラスとか、手羽先とか、えーと他にはねぇ……」
「ほんとっ、詩の番でなくて良かったですわ。そのお陰で救われた人がいる、そんな気がしますもの」
「うわっ! ディスられてる! なにっ、横文字が良いの? 横文字だね! カラス……クロウだからヘルメットクロウでぇ、ヘルクロウ? おおっかっこよくない?」
「はいはい、行きますわよー」
ビルから飛び降りたエーヴァを追って詩も飛び降りる。
間もなく通過する予定のヴァロトンを迎え撃つため、会ったこともない美空を始めとしたさまざまな思いを受け今、戦いが始まるのだ。
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