獣+獣=怪獣

第245話:海からの訪問者

 一匹では弱い、二匹でも心許ない。だが三匹いれば、さらに四匹、五匹……バラバラではいけない、皆が同じ方向を向かなくては。


 縫い合わせるように紡いだそれは一つとなって、新たな生命の息吹をこの世にもたらす。


 この世界の理から逸脱した存在は産声を上げる。人にとっては絶望の産声を。



 * * *



 縞タイガーを討伐するにあたって宇宙獣が原因で起こる電波障害を利用したセンサー、いわゆる宇宙獣専用レーダーの上々な滑り出しに人間サイドは喜びに湧いていた。

 レーダーで先に発見し、先制攻撃をする、シンプルで効果的な方法。


 先に見つけてしまえば人間の戦力と、猫巫女たちの協力を持ってして叩ける。


「信号ロスト!」


 対宇宙獣対策指令室の一角で一人の隊員の声で、室内に緊張感が走る。

 それと共に多くの隊員たちが、猫巫女たちへの協力要請をして……と頭に今後の予定を立てていく。


「信号ロストの場所と範囲を述べよ」


奇禍港町きかみなとまちです。範囲は奇禍港町を中心に市の三分の二程度……です!」


「市の三分の二だと!? 規模が大きすぎないか? 前回の縞タイガーの電波障害範囲が約三キロメートル、市全体が約十五キロメートル、ということは十キロメートルにもなるぞ!!」


 隊長と隊員のやり取りがどうであれ、電波障害で映らなくなったカメラのせいで真っ暗なモニターの向こうで現実は動いている。



 * * *



 のどかな晴れ渡った日、港町である境港町の住人はいつものように生活をしていた。


 多くの人々は宇宙獣がいるからと言われて何が変わるわけでもない。遠い世界のおとぎ話のように聞こえるテレビ中継。

 アナウンサーが必死に伝える言葉は自分に向けたものではないと聞き流し、猫巫女なる人物など特に興味はなく、どこぞの芸人かアイドルかのように視界の端に追いやる。


 真剣に考えたところで何が出来るわけでもない。誰かがどうにかしてくれるだろうと無関心でいれるのが国民というものかもしれない。


 台風や地震などの自然災害でもなく、港に止めてある漁船を飲み込む大きな波の出現は、日常を削り取り無関心な人々の目に現実を強引に流し込む。


 波に飲み込まれる船と人、無惨に壊れる家屋。大きな波が押し寄せ海からゆっくりと這い出てくる大きな影を背に人々は逃げまとう。


 影の主は八つの足を使い地上に這い出ると、大きな目玉にある四角い瞳を動かし辺りを見回す。瞳に映るのは一戸建ての住宅のリビングにある大きな窓に集まる人間たち。


 単純な高さで言えば一五メートルほど、五階建てビル程度だろうか。ただ地面を這う八つ長い足を合わせれば二五メートルほどはあろうかという、巨大な生物を家の中から震えながら見ていた家族の父親らしき男性が誰にいうわけでもなく呟く。


「なんだあの巨大なタコは……」


 自分がタコだなどと言われていることなど露知らず、長く太い足を素早く引きずるとリビングの窓を破り中にいた人間たちをまとめて絡めとる。

 一瞬で太い足に生えた吸盤に押しつぶされた家族たちは、そのままタコの足の中心にある口へと運ばれる。大きなくちばしに放り込まれ咀嚼される人間たちの断末魔も含めて、美味しくいただくタコの瞳には喜びの色が見える。


 周囲を見回すと人間たちの住む住宅が立ち並んでいる。


『人間』などの固有名詞は知らないが、自分の餌となる生物の巣が沢山並んでいることに興奮したのか、赤黒かった皮膚を薄い茶色に変化させ、さらに鮮やかな青の円形の模様、俗に言う豹柄の模様を浮かび上がらせる。


 毒々しいこの模様を持つタコは世間一般の名称で呼ぶのであれば『ヒョウモンダコ』となる。ヒョウモンダコは全身に力を入れるとバネのように跳ね、まるで海の中にいるかのように宙を泳ぎ進む。

 通常小柄な部類に入るヒョウモンダコ。そんな常識を無視した巨体でも大きさを感じさせずに気持ちよさそうに泳ぐヒョウモンダコは、人から見れば巨大な弾丸そのもので、家屋や道路を始めとした建築物を撃ち抜き破壊していく。


 瓦礫と化する町の中を逃げまとう人々の間を八本の足が四方に這い進み、人々を絡めとると次々にクチバシへと放り込んでいく。


 雑な食事を終えると再び跳ね、近くにあったアパートを破壊する。瓦礫と共に吹き飛ばされ瀕死になるが、それでも逃げようと必死に地面を這いずる男の体のに足の先端を巻き付けると、男を引っ張ったりわざと這わせてみたりした後、最後はゆっくり引っ張りクチバシへと誘う。


 食後の運動とばかりに飛び跳ね、建物を壊すことを楽しむヒョウモンダコが何度目か跳ねたとき、激しい火花が散り巨体が周囲の建物を破壊しながら転がる。

 ヒョウモンダコの目が、自分を挟むように左右に刺さり電気の火花を散らす鉄の板を映す。


「めずらしく一番乗りの私! そしてタコよりイカの方が好きな私がお前を討ちゃう!」


 火花の残火が残る瞳に猫巫女が上空から飛び降りてくる。自分の敵であり討伐の目的でもあるこの星の希少種。暴れていれば来るだろうと目論んでいたヒョウモンダコの頬辺りが歪み、逃すまいと瞳の中に猫巫女を収める。


 だが正義のヒーローっぽいセリフを言えたと、猫のお面がいつもよりどや顔なことはヒョウモンダコの瞳は映せていなかった。

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