第244話:最適解を求める犬と兎の白昼夢

「縞タイガーの核は消滅。そうせざるを得なかったと……」


 宇宙防衛省の副大臣である小笠原憲一おがさわらけんいちは後ろに秘書らしき男を従え、自分の前に立つ男を睨み上げる。その鋭い眼光に部下であろう男は頭を下げ必死に謝る。


「それで? 皮膚や肉片のサンプルは採取出来ているのだろう?」


「はっ、ただ……」


「ただ?」


「そのっ……微量しか採取できなかったと報告を受けています。なにせその……こちら側の攻撃が激しくかったと言いますか、はい……」


 額から汗を垂らしながら部下の男は頭を何度も下げながら報告する。それを面白くなさそうにしばらく眺めていた小笠原が、呆れたように鼻で笑う。


「まあいい。宇宙獣よりもあの子たちを捕らえた方が役に立ちそうだがな。なにより手っ取り早い」


「そ、それは……」


「はんっ、冗談の分からんヤツだな。だがな、あの力は使えるぞ。どうにかしてあの力を利用したいものだ」


 机を拳で叩きながら興奮気味に話す小笠原に、部下の男はどうしていいかも分からずとりあえず頭を下げ続ける。


「だがな、マスコミどもが連日宇宙省の周りを張り付きやがる。それに猫巫女とやらもマスコミと同席じゃないと我々と話さないとか言い出すし、まったく腹立たしいとは思わんかね?」


 突然同意を求められた部下の男は、より一層頭を下げ答えるだけである。それをつまらなそうに見たところで、小笠原の後ろにいた男が一歩前に出て小笠原の耳元で囁く。


 パソコンの画面に大きく表示された時計を見て小笠原は立ち上がる。


「報告はそれだけだな。もう下がってかまわんぞ」


 追い払うような仕草で手を振る小笠原の姿に、部下の男は神妙な面持ちをしながらも、これ幸いとばかりに足どりは軽く足早に部屋を後にする。


「さて、可愛い孫娘のために急がねばな。頼まれた品は押さえているか?」


 勿論ですと秘書の男が頭を下げると、満足そうに小笠原も頷き部屋を後にする。


 誰もいなくなった部屋にぼんやりと一つ存在が浮かび上がる。


「全くスーたちをどうにかできると思っているとはおめでたいヤツなのです。消せないのは面倒なのですが仕方ないのです」


 壁に寄りかかっていたスーはため息混じりに言うと、存在を曖昧にしたまま音もなく部屋を出ると廊下を抜け、エレベータの前に立つ二人の警備員に気付かれることなくボタンを押す。

 誰もいないのに突然開くエレベータに、警備員たちが警戒の色を示しつつ覗きこんで中を確認するが何もいないこと首を傾げながらエレベータを閉める。


 警備員の影でカメラの死角を作り駆け抜けたスーは、天井に張り付くと上部にある点検口がズレ白いモフモフな手が手招きする。

 その手を握りエレベータの上に上がったスーは、白雪と一緒にエレベータの昇降路壁を駆け上がり頂上にある外へのハッチを開け屋上へと出る。


 人気のない屋上を足音もなく歩くスーと白雪が立ち止まると、手に持っていたハンカチを投げる。

 シュナイダーが目の前に落ちるハンカチに一瞬視線を寄越すが、すぐにスーに視線を移す。


「いぬころ、対象者は孫娘のところへ行くみたいなのです。敵を消す上で家族構成を知るのは基本なのですが、何をするつもりなのです?」


「消しはしないさ、この世界ではそれはご法度だしな。それにその方法は多くの人が不幸になるだろう。さてと……」


 地面に落ちているハンカチに鼻を近付けスンスンと嗅ぎ始める。


「おぅぇっ、おっさんの臭いが、最悪だ。げほっ、けほっ。協力感謝する」


 ハンカチを嗅ぎむせるシュナイダーが涙目でスーを一目見ると、颯爽と屋上から空へ向かって駆けて行く。


 赤い毛並みをなびかせ去って行くシュナイダーを見送ったスーが呟く。


「そんなこと分かってるのです。それでもその世界に生まれた人はその生き方しかできなかったのです」


 下を向くスーを白雪が後ろから抱きしめる。スーは自分の首の前にあって、優しく包む白雪の腕をぎゅっと握る。


 前世のことを思い出そうとすると一瞬ノイズが走る。ノイズはおぼろげながらも人の形を作り出す。


 そして頭に響く男の人の声は優しく語りかけてくる。


 ──それでも、きみには生きて欲しい。この世にはまだまだ、きみが知らないことが沢山ある。楽しいことばかりじゃない、きっと苦しいことも悲しいこともある。そんな世界でも生きてて良かったと思う瞬間がある。それを知らずにこの世を去るのは悲しいことだと思うんだ。


 悩む


 悩む


 ──私はさ、むちゃくちゃ後悔していることが沢山ある。でもさ、楽しいことも沢山あった。多分最後まで後悔したり楽しんだりしてふらふらするんだろうけど、それでも色んな人に会えたし楽しいこともあったから生きてて良かったって思いたいなって。

ん? やり直せたら? そりゃあやり直すよ。さっき言ってることと違う? 良いじゃん、それくらい曖昧で生きていけるならねっ!


 赤髪の女の人が笑いながら言う。


 ──一方的なお願いかもしれない。私のわがままかもしれない。あなたに残酷なことを言っているのかもしれない。たとえそうだとしても私はあなたには生きてほしいの。


 優しく語りかけてくる女の人はとても懐かしく大好きな匂いがして、自分にそっと大きなウサギのぬいぐるみを渡してくれる。


 頭の中に過る声とおぼろげな人たち。気が付けばスーは白雪の腕に顔を埋め目から溢れる涙を拭っていた。


 そんな二人の目の前に一人の少女が降り立つ。


「おつかれさま。ん?」


 声を掛けられ白雪に埋めていた顔を上げたスーの目の前にいた詩が、赤くなった目を見て首を傾げるがすぐにスーの手を取り引っ張る。


「スー疲れたでしょ。何か食べに行こうよ! お姉ちゃんがおごっちゃうよ!」


 涙のことには触れずに手を引く詩に、スーは涙の溜まる目で笑顔を見せ大きく頷く。


 詩に手を引かれ歩くスーの姿をボタンの目が優しく映す。

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