第243話:策謀する者
肉を喰らう。
もちろん野菜も忘れずに。
大分こちらの食生活にも慣れてきた。
こちらの世界の言葉を覚えようと考える。コミュニケーションが取れることは自身にとっても有益に働くと考える。
だがこの体に声帯がないことに気付き、関節をギシギシ鳴らすことしかできないことを嘆きたくなる。
文字を覚えようとするが、捕らえた人間は怯えるばかりで役に立たない。そもそも声が出せないし、執談するには不向きな脚のせいでコミュニケーションを取ることは諦めた。折角捕まえたので食料として今も食べている。
読みは分からなくても字の形を覚えることは出来る。
鋭い顎を動かし骨付き肉を引きちぎりながら、
この世界に生きている生物を記した書物を読み進め、あるページで脚を止める。
『ト』『ラ』
つい最近、希少種にやられたヤツがこんな姿をしていた気がする。音は分からないが文字の形を覚える。
自分の元の体はなんという文字の形をしているのだろうか?
カサカサと長い手を伸ばしページをめくるが自分の元体は出てこない。表紙を見ると『ど』『う』『ぶ』『つ』と文字が並んでいる。さっきの文字と微妙に違う気がする。本棚にある別の本を手に取ると『こ』『ん』『ち』『ゅ』『う』の文字が目に入る。
表紙の絵は何となく自分に似ている気がする。どうやらこっちに自分の体が載ってるようだ。わくわくしながらページをめくったとき、頭に声が響く。
『ト』『ラ』と呼ばれる個体の戦闘データーを寄越せと、淡々と伝えてくる声に煩わしさを感じながら知り得る限りを伝える。
──中級種59番、混合体のロストを確認……他の中級体の信号も合わせてロスト。戦闘の詳細を求む。
他の中級体と言われ、海にいたヤツのことを思い出す。そしてそいつが戦うことを良しとせず自由を求め海の底へと向かって行ったことも思い出すが、伝えるのも面倒なので生物との融合失敗ということにして連絡しておく。
融合失敗はよくあることだし、実際に信号はロストしているので疑われることなく報告は受理される。
空より遥か上にいるコイツは自分たちを監視していて、ことあるごとに指示を出してくる。最初こそ自分たちの目を通して状況を把握して操っていたようだが、自我が目覚めた個体の制御ができなくなり、初期に体を失い戦闘能力が劣った自分頼みという現状に嫌気がさす。
文句を心の奥に押し込め『ト』『ラ』こと中級種59番の詳細を報告する。他の生物の良い所取りは身を亡ぼすことに繋がりかねないことを伝える。
上にいるヤツはしばらく黙った後、冬眠中の上級種の計画的解凍を伝えてくる。同種での進化を重ねるそれは、中級種04番を基本に59番のやり方を取り入れる方法。
上級種と言えども今はただの幼生体。寝ぼけている赤ん坊のこいつらの世話を任されること、仕事を押し付けられることに嫌気を感じる。
だが……。
骨付き肉を引きちぎると、顎と六本ある脚の関節をギシギシ鳴らしながら、指定された仕事現場へと向かう。
心なしかギシギシ音が踊るようにリズミカルなのは、気のせいではないだろう。
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