第241話:猫に鰹節

 ウサギの着ぐるみ少女ことスーから放たれた閃光で、縞タイガーは体を再生する間も与えられず肉体を消失させる。スーが焦がした軌跡から立ち昇る煙が風に揺らぐ。


「はうっ!?」


 さっきまで怒涛の動きをしていた人物とは思えない声を出し、目を回したスーが倒れるのをエーヴァが抱き上げ走り去る。


 そして私というと目を凝らしつつ両手に持っていたワイヤーを勢いよく引く。手に持つ数本のワイヤーは地面に左右四本づつ交差して這い、先端と継ぎ目にある直尺に描いてある『糸』の漢字を光らせる。ワイヤーの間に土の糸が形成され、大きな網を編むと私はそれを思いっきり振り上げる。


「見つけた!!」


 振り上げた網が舞い上がらせた土煙の中にある、丸い物体を見つけた私は叫ぶ。


球体はよく見ると穴を掘るための前足と、申し訳程度にある後ろ足が生えている。

 目や口はないまん丸なモグラといったとこだろうか。スーの攻撃を受けヒビだらけの体に生えた手足を動かし逃げようとしている。


 網をそのまま持ち上げ、網で絡まって身動きのとれない、まん丸モグラの左右へ二つの牡丹一華を投げ先端を突き立てる。

 先端への衝撃が加わったことにより、何枚にも重なった刃が開き傘のような形状をとる。そしてスーの攻撃中に描いておいた『回』の漢字を光らせると、傘は回転を始め先端のドリルが球体へと食い込んでいきやがて刃先で体を削り始める。


 まん丸モグラの体は固く、火花を散らしながら外皮を削ってはいるが最後の抵抗をしている。


「頑張ってるとこ悪いけど、私を前に抵抗は無駄だよっ!」


 牡丹一華の刃の表部分に描いてある『雷』の漢字に魔力を流す。高速で回転中なので漢字は円を描き光りながら電流を牡丹一華に流すと、まん丸モグラの体内へと伝わっていく。

 左右から流れる電流が内部でぶつかり、硬い外皮に阻まれるせいで外に漏れる電流は少なく中で渦巻く。スーの猛攻にもギリギリ耐えた硬い外皮は今、自身を捕らえる牢獄となり苦しめることになる。


「猫相手にそんなまん丸ボディーで現れるなんて死亡フラグでしかないよ! 猫に鰹節って言うんだよ! ってことでサヨナラだねっ!」


 魔力を上げ回転の速度を速めると、牡丹一華は内部にもう流し込めない電気を放電しながら高速回転する。

 派手に、完膚なきまでに破壊する。それは誰が見ても縞タイガーがこの世から跡形もなく消滅したことを知らせるため。


 流し込む電流に耐えれなくなったまん丸モグラは内部から破裂し、溜まり溜まった電流を派手に放電する。


 電流の立ち昇った空を私が見上げると、縞タイガーの本体が空へ逃げる可能性を考慮して、上空で待機していたシュナイダーの姿はなくなっていた。変わりに報道も兼ねている自衛隊のヘリの姿が確認できた。高度が落ちているところを見ると、電磁波の影響がなくなったということだろう。


「エーヴァ、スーをお願い。私は今からインタビューに答えないといけないから」


「ああ、こっちは任せとけ。にしてもお前がそんな風に人前に出て喋るなんてな。転生はしてみるもんだ」


「私だって囲まれてインタビューされるのヤダよ。成り行きだし仕方なくやってるだけだし」


「違いないな。まっ、頑張れや」


「他人事!!」


 ウサギの着ぐるみ少女を背負ったエーヴァは可笑しそうに笑って森の中へ消えて行く。私は猫のお面を正すと尚美さんたち報道陣のいる方へ向かって移動を開始する。



 * * *



 草むらで大きな草が動く。


 よく見るとそれは草ではなく、迷彩服を着た人間が寝そべった姿。


 森にある泥と同じ色に塗った顔に白目が浮かび上がると、手に持ったカメラに黒目を合わせる。

 宇宙獣の放つ電磁波の影響でデジタル機器での撮影ができない現状、撮影するにはフィルム式のカメラの出番となる。現場で起きたことを伝えるには自分の目で見たことを口頭で伝えないといけない。


 迷彩男がカメラを見る目に不安の色が浮かぶ。


 デジタル機器が復旧した今、フィルム式カメラを使ったことのない彼は任務が遂行できたか不安なのである。彼の任務は宇宙獣とそれに立ち向かう者達の撮影と戦闘の様子をある機関を通して国外へと情報を流すこと。


 なのだが、戦闘の動きが速すぎて撮れている気が全くしないし、今ここで確認することも出来ない。フィルムを現像して何も写ってなかったときのことを考えると胃が痛む。

 それに口頭で伝えるにしてもなんて伝えていいか自信がなく、正直帰りたくない。なんなら今ここで仕事辞めたい。


 迷彩男はカメラを撫でて、「なんでもいいから写っててくれと念を込めると」地面に手を付き起き上がろうとする。


「きゃん!」


 立ち上がろうとした迷彩男だが、突然犬みたいな声を上げて白目をむき倒れる。


「盗撮とは感心しない趣味だな。男なら堂々と正面から目を見開き、一瞬を逃がさず尊い姿を心の中に全力で焼き付けろ」


 迷彩男の背中に立つシュナイダーが、キラリンと牙を光らせ気絶した男に語りつつ、手に持っていたカメラを咥える。


「念の為このカメラは処分させてもらうぞ」


 シュナイダーは咥えていたカメラを嚙み砕くと炎が吹きあがり、跡形もなく消し去る。


「さて、後二人か。戦闘に巻き込まれないように気を使ってもらっているとも知らずに勝手な連中よ」


 シュナイダーは音もなく消え去る。


 残された迷彩男がこの後無事に帰れたものの、任務失敗になったのは言うまでもない。

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