第236話:盾を砕く盾

 青空に漂う黒い煙は信号弾の跡。


 エーヴァの信号を受け取って、スーたちを降ろしたヘリとは別のヘリに搭乗していた隊員たちが黒く大きな板を二枚投下する。


 上空から落下する二枚の板は五角形の形状をしており、一面が湾曲して丸みを帯びている。漆黒に染まったそれは重くどこか高貴な色の線を引きながら地上目掛け落下する。


 高度約三○○〇メートルから落とされた鉄板は細い木の枝をへし折り先の尖った先端を地面に突き立てる。落ちた衝撃で背面から二本の棒が飛び出し地面に刺さり本体である鉄板を支える。

 エーヴァの身長と同じ大きさのそれは盾の形をしたバリケードは、エーヴァと縞タイガーを囲むように設置される。


「『ズヴークシチート音の盾』まあ、試作品だから上手くいくかは分かんねえけど、付き合ってもらうぜ」


 上空から落ちて来た物体に警戒しつつも、ケンタウロスの姿になった縞タイガーは剣と盾を構え戦う意思を見せる。

 それを見てエーヴァが満足そうに笑みを浮かべミローディアを構える。


 既に音楽は止まっており、演奏による身体強化の恩恵はない今、エーヴァの振るうミローディアの切れ味は大きく落ちる。

 先ほどまでなら縞タイガーの体を切り裂くことも容易だったが、今は傷つける程度が関の山である。代わりにミローディアと剣がぶつかる度に小さな音符の泡が出ては漂い、切り裂く度に一瞬攻撃力とスピードが上がる。

 それは緩急となって縞タイガーの攻撃リズムを崩す。そして、もっとも厄介なのが漆黒盾、ズヴークシチートの存在である。


 打ち合いながら盾の方へ誘導されると、丸みを帯びた盾の前面が縞タイガーの攻撃をいなしつつ壁となり、エーヴァの攻撃を防ぐ方も邪魔をする。

 縞タイガーがなんとか盾で防ぎつつ攻撃を避けると、ミローディアはズヴークシチートにぶつかる。

 普通なら壁や物に武器が当たることは隙を生むことが多く、縞タイガーの攻撃チャンスであるはずなのだが、ミローディアはぶつかった衝撃で大鎌からハルバートへと姿を変え、ズヴークシチートが大きな音を立て下腹部から大きな音符の泡を生み出す。


 泡に警戒し縞タイガーが間をとった隙に、エーヴァがズヴークシチートを蹴り上空へ飛ぶともう一方のズヴークシチートの上に立つ。


「中の空洞にて音を振動させ増幅させる職人の方々による力作。音を大きくするだけでなく、音質にもこだわったものですわ」


 フルートを口にあて演奏するのは、短い中に獰猛さとスピード感を併せ持つ『熊蜂の滑空』と呼ばれる曲目。一瞬で広がる大きな音符の海にエーヴァが飛び込み、演奏が始まると弧を描く閃光が走り、縞タイガーに生える蜘蛛の脚が次々と切り飛ばされ宙を舞う。


 縞タイガーの頭上を飛び越しざまに描く閃光が、縞タイガーの盾とぶつかり火花を散らす。エーヴァがそのままもう一個のズヴークシチートをも飛び越すと背面にあるペダルを踏みつける。


「そして、おじいさま方々の技術の結晶。油圧とバネの力を使った仕掛けはわたくしをサポートしてくれるのですわ」


 ズヴークシチートの下腹部に横一文字の線が入ると、下部を発射台にして上部の三分の二が浮き上がる。それは高さにて一メートルにも満たないが力が上に向くことに意味がある。


 上部と下部に分かれた隙間を閃光が走ると、初めに生み出された大きな泡の音符が重低音を響かせる。

 泡を切ったミローディアの勢いそのままに地面を擦り、大鎌からハルバートの形状へと変形させ、ズヴークシチートの浮き上がった上部の背面にあるカギ爪に斧の逆側をぶつける。カギ爪は衝撃を受けるとミローディアの柄をがっちり抱え込む。


 上昇するズヴークシチートにバフのかかったエーヴァのミローディアの衝撃が加わり、重さにて八十キロの鉄の塊をエーヴァは振り上げることが可能になる。

 大きく掲げるそれは切り裂く形状ではなく、押しつぶす形であり大きなハンマー、いわゆる戦鎚せんついである。


 上げることに比べ振り下ろすのは容易く、エーヴァは体ごと戦鎚を振り下ろす。


「先の戦いで分かった。今のあたしじゃ、てめえらの核となる部分までは切り裂けねえ! なら砕くしかねえだろ!! こっから先の戦いの為にも付き合えや!!」


 振り下ろされる戦鎚を盾で受け止めた縞タイガーだが、勢いと重さに負け盾ごと地面に押しつぶされ鮮血が放射状に飛び散る。


 エーヴァがミローディアの柄を捻るとカギ爪が開き、ミローディアの柄を離し大鎌の形状を取るとそれを肩に担ぎ墓標のように立ったズヴークシチートに目をやる。


 ズヴークシチートに上半身を押し潰された縞タイガーの体が小さく痙攣すると、地面とズヴークシチートの間から潰れた部分を強引に引きずり出し、地肉を垂らしながら再生した片目でエーヴァを睨む。


「他のヤツより柔らかいが再生が早いな。そして核は体内で移動ができて、小さく硬いといったところか」


 地面に突き刺さるズヴークシチートの上部と、もう一個の佇むズヴークシチートの姿をチラッと見る。


「やっぱりデカすぎだろ。持ち運びもできねえし、今回は縞タイガーが相手してくれたから使えたが逃げられたら終わりだしな」


 その言葉が示すように向かい合う縞タイガーは、体を再生しながらもゆっくりと動きズヴークシチートから離れ距離を取っている。


 距離を取りながら再生しつつ新たに手を二本増やし、四本となった手にそれぞれ剣と盾を持つ。下半身の足をトラの足から鹿の角で出来た蜘蛛足へと変化させていく。ケンタウロスから下半身が蜘蛛の化物であるアラクネへと近付いたように見える。


「虎要素がどんどんなくなってきてるぞ。自分のアイデンティティーはしっかり持っとくべきだと思うがな」


 上半身の猿の腹部にある虎の顔に向かって話し掛けるのは、エーヴァなりの気遣いだったりする。

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