第235話:もう少しお付き合いしていただきますわ

 さっきまでの三人と違い隠す気など毛頭もない溢れる力と殺気に、身構える縞タイガーは自分を追って来た三人の気配が消えたことに気が付く。

 攻撃の隙を窺っているのではなく、おそらく今から始まる戦いの邪魔にならない為に引いたのだと直感的に感じる。


 空気が揺れる。


 平衡感覚を狂わすそれは相手の速さと動きを錯覚させる。同時に弾ける音符の泡は先ほどと同じ曲を再び奏で始める。

 空気の揺れに加え、音の反響は集中力を阻害する。そして、真正面から現れたエーヴァが銀色の髪をなびかせつつ飛び込んでくると縞タイガーの目の前でミローディアを振り上げる。


 美しいと感じるほど細く鋭い閃光が弧を描き、縞タイガーの右の前足が斬り飛ばされる。

 爪を出し受け止めたつもりだが、その爪ごと斬り飛ばされたことに驚愕する間もなく二撃目の閃光が横に走ると下顎が切り落とされる。


 後ろに大きく跳ねながら顎を再生する縞タイガーが目を大きく見開く。一瞬で間合いを詰め、銀色の髪とエメラルドグリーンの瞳の軌跡を引く姿を瞳に映したとき縞タイガーの視界が上下にズレる。


 上下にズレていく視界の中でも縞タイガーは冷静に身を引き藪へと逃げ込む。


 誘導された場所は森の中でも比較的広い場所、木々の間隔が狭く藪が多いところでは円を描く敵の攻撃は制限されると踏んでの行動。


 左右がズレた顔面を元に戻し顔を修復しながら藪を駆ける足を音を、的確に聞き分けられていることも知らない縞タイガーの肩をハルバートに形状を変えたミローディアの穂先が突き刺さる。


 肩口から噴き出す血を見ながら縞タイガーは悟る。敵味方関係なく戦い場数を踏んできたつもりだが、目の前の相手はその比ではないことを。

 先の三人の存在も考えれば、このままでは自分の辿る運命は決まっているということが理解できた。理解できたから考える。


『生きたい』生き物として当然の本能。そして縞タイガーは目の前の敵に『勝ちたい』という闘争心を持って自分の進むべき道を見出す。


 仲間から奪ってきた力は自分の中にあって、的確に引き出し戦う戦法で勝つつもりだった。だがそんな小出しに力を出しても勝算がないなら全力で向かうしかない。だけどもがむしゃらに体を変えても勝てない。冷静にそして適格に進化を促していく。



 * * *



 エーヴァがミローディアを一直線に放つと、藪に隠れている縞タイガーにヒットし穂先が赤く染まる。


「手応えが浅い……」


 音を聞き分け、相手の位置を把握しつつ放った攻撃が、想定よりも浅かったことに違和感を感じ取ったエーヴァがミローディアを地面に擦りながら形状を大鎌に変え真後ろから襲い掛かる斬撃を受け止める。


「はんっ、なかなか面白い姿になったじゃないか。おまえらがどう考えてるかはわかんねえけど人も宇宙人も想像力ってのはそこまで大差ねえのかもな」


 トラの体から生えた大猿の体。背中には鶏の羽。頭に鹿の角。蛇の尻尾に足は虎の足に加えトラ模様の蜘蛛の脚がアンバランスな上半身を支える為に無数に生える。

 右手に持つカマキリの鎌で出来た剣、左手にワニガメの甲羅を持つそれは、違いは多々あれどケンタウロスを彷彿とさせる姿をしていた。


「もはや縞タイガーって名前で呼んでいいか分かんねえな。タイタ……ああ、いいや。後で詩に付け直してもらうか。それよりも来なっ!」


 エーヴァがニヤリと笑いミローディアを構えたのを皮切りに、ミローディアと縞タイガーの振るう剣がぶつかり火花を散らす。

 互いにぶつけ合う斬撃に無数の火花が散る亀の盾が割り込みミローディアを止めると、カマキリの剣が振り下ろされる。


 地面を蹴り後ろに下がって剣を避けるエーヴァに向かって、虎の顔がワニガメの口を開きカエルの舌を伸ばし追撃する。


 後ろに下がりながら身を捻り空中で回転しながら、太ももから鉄板を手に取ると伸びて来た舌に突き刺しつつ、胸元から取り出したホイッスルを吹く。


 破裂音と共に舌が大きく弾け、元の位置に帰って行く。


 エーヴァが片手を地面に手をついて一回転しふわりと地面に足をつけると、スカートを摘まんでお辞儀をする。


「相手にとって不足なしですわ。まだあちらの準備もありますので、もう少しわたくしとお付き合いしていただけませんか?」


 挨拶を済ませたエーヴァは微笑みながら空に向かって信号弾を放つ。


 黒い煙を上げ空に黒い光が弾ける。

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