第233話:一番槍は二撃目の為に

 日本の山を一匹のトラが走る非日常的な光景。自然界や動物園で見るトラよりも一回り大きく体長は四メートルを上回る。


 縞タイガーと名付けられた彼は、太くもしなやかで筋肉質な足で山の土をしっかり捉え力強く駆ける。


 見た目は違うが同じ匂いがする仲間たちを喰らってきて、希少種との戦いを見て経験し、蓄えたきた力を今こそこの星に生きる生物に見せ付けるとき。


 そう思うと掛ける足にも力が入る。


 力強く山を駆ける縞タイガーの耳が僅かに揺れる。それはほんの少しの違和感。長く戦いに身を置いて希少種と直に戦ったからこそ感じ取れたもの。


 空気を纏うそれは音を掻き消し、無音で縞タイガーの首筋に一直線に向かって来る。

 だが違和感を感じ、寸前で体を反らしたことにより縞タイガーの首ではなく胴体にぶつかったそれは叫ぶ。


「これを避けるか、だがっ『風牙ふうが』!!」


 避けたといっても首ではなかったというだけで、上空から一直線に狙いを定め落ちて来た、空気の弾丸となったシュナイダーの攻撃に地面に叩きつけられ肋骨あばらぼねをへし折られながら、風の刃で皮膚から肉を削れる。


 この星の生物を喰らおうと、希少種どもを引き裂いてやろうと意気揚々とした気分から一転この現状。あまりにもバカらしく不甲斐ない状況に縞タイガーは自分に対しキレる。


 生きる為なら我が身などくれてやると、シュナイダーが削る部分を切り離す。

 その行動はトカゲのしっぽにも似ているが、皮膚や肉、更には肋骨と肺の一部などを自ら捨てる普通の生物では考えられない行動。


 シュナイダーも素早く違和感を感じ取り、風の刃である『風牙』から火の槍『火槍かそう』へと切り替える。

 風の刃は渦を巻き先端を鋭利にし、ドリルのような形状を取ると炎が纏わりつき縞タイガーの体を突き破る。


 だがそれは切り離された肉片の方。肉片を消し炭にすると、地を踏みしめ風の爪を振り下ろす。

 切り離し体が大きく欠けた状態だが既に血は止まり、新たな肉を形成する縞タイガーが自らの爪で風の爪を受け止める。


 爪と爪の鍔迫り合いは、シュナイダーが手を引き尻尾に纏う風の刃を振り下ろしたことで展開を変える。

 振り下ろされる尻尾に対抗し、縞タイガーの頭に生えるのは鹿の角。それは一瞬で真っ赤に染まり破裂する。


 真っ赤な血しぶきと共に四方に角の破片が散弾のごとき飛び散る。周囲の木々の幹は切り裂け、破片がめり込み枝は折れ葉が散る。

 そんな破片を空中で風の球が弾きつつ、その球を尖らせ攻防一体の技を様を見せる『風牙盾ふうがたて』の鋭い先端が縞タイガーの頭を突き刺さる。


 縞タイガーの腰辺りから二本の糸を噴き出し、木の幹に括り巻き取ると頭を切り裂きながら強引に後ろへ下がる。

 下がり切って木の幹に両足をつけかがんで弾けるように飛び出すと、宙に踏ん張り同時に弾けたシュナイダーへとぶつかる。


 シュナイダーの風の刃を自らの肉体に食い込ませながら体当たりを喰らわせる。


 大きく吹き飛ぶシュナイダーが宙で風の球を作り投げ牽制するが、それを受けつつ強引に前に進み振り抜く爪の斬撃はシュナイダーを捉える。

 風の盾で受け止めるが、その盾ごと地面に叩きつけられたシュナイダーが風の盾を弾けさせその場から飛びのき、縞タイガーの追撃をギリギリで避ける。


 そのまま距離にして二、三メートルの間合いを保ちながら、木々を挟んでシュナイダーと縞タイガーは並走する。


「よお、久しぶりだな」


 視線を僅かに寄越しつつ声を掛けるシュナイダーに、縞タイガーが答えることなく並走を続ける。

 背中を突き破り蜘蛛の脚が二本生えてくると、背中から噴き出した蜘蛛の糸を丸め、こねると投げつけてくる。


 勢いで楕円形に変形しつつ飛んできた糸の球は地面や木にぶつかると、粘着性をふんだんに持った餅のように広がる。


 走りながら糸の塊を飛ばす縞タイガーに、シュナイダーが風の弾を放ち対抗しつつ木々の間に動線の軌跡を引き風の槍と化する。

 対し縞タイガーが大きな口を開けると、長く鋭い舌を伸ばし風の槍に貫かれながらも、強引にシュナイダーを吹き飛ばす。


「ちっ、カエルの次は蛇かっ!」


 カエルのように伸びた舌に弾かれつつも宙に足を付き着地するシュナイダーを、縞タイガーの尻尾が蛇となり襲い掛かる。


 宙を蹴って素早く移動するシュナイダーに、蜘蛛の糸と蛇が追いかける。それを目で追いながら狙いを定めた縞タイガーが口を大きく開き舌を伸ばそうとしたとき、顎下から真上に向かって青白い光が走る。


 顎を砕かれ、舌を切られながら縞タイガーが目玉を下に向けた先にいたのは、小さな少女と白ウサギ。


 彼女らの手のひらには青い光の残火がくすぶっていた。

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