虎は異質同体となり猫は同心協力を為す

第232話:上空三〇〇〇メートルより

 山の中腹に立てられた小さなテントの中にあるノートパソコンは、画面に緩やかな波形を刻む。


 画面に静かに波を描いていく様は単調であるが、その無駄のなさが美しくもある。


 だが、突然線の一部が乱れ波が上下に引き裂かれると、一瞬画面に荒れた波の残像を残し、真っ暗な闇の中へ消え去ってしまう。


 何も動かなくなったテント内には、静寂が訪れる。


 それとは対照的に騒がしくなるのが自衛隊基地の内部である。


 長机に置かれたパソコンとに睨み合う隊員たちが慌ただしくキーボードを打ち、手元のデバイスを操作しつつそれぞれが通信を飛ばし合う。


薄幸山はっこうさん西部、電波ロスト。エリア絞ります……ポイントダーからGへ移動! 繰り返すポイントDからG」


「了解! 薄幸山西部、ポイントDからG向かいます!」


 無線特有のノイズを含んだ声がして数分後に、モニターに映る陸上自衛隊のヘリが飛び立つ様子が映し出される。


 陸上自衛隊の所有するヘリの主な任務は救助だが、今回は宇宙獣討伐する為の出動と、日本としては二回目の任務となる。


 だが、前回の大猿黄金狒々は後手に回った作戦だが、今回は先手を取るための作戦。

 初の作戦ということもあり、緊迫した空気が流れるヘリの中で浮いている存在が二つ。


 一際ひときわ目立つ存在に誘導係の隊員が話し掛ける。


「ポイント到着予定まで五分。薄幸山の西側を下山し町の方へ向かっているらしい。電磁波障害予想エリア半径二〇〇〇メートル。このヘリの高度が三〇〇〇メートル。降下の方法は君たちに任せると聞いてはいるのだが……」


 くねくね動くウサギのぬいぐるみを隣にして、背中にムササビのぬいぐるみを背負う少女が満月のような丸い瞳を隊員に向ける。


「分かったのです。目的の場所に着いたら教えてくれれば行くのです」


 そう言って瞳をヘリの床に伏せる大きな赤毛の犬に向ける。


「いぬころ、聞いたのですか? 降下して東西に分かれ挟み撃ちにするのです。先手はどっちがいくですか?」


 赤毛の犬は立ち上がると前足を伸ばしつつ腰を反らし伸びをする。


「ああ、先手はオレが行こう。ヤツとは因縁がある。今度こそ縞タイガーとの決着を着ける。そしてなによりこの世界の人々を救う、それがオレの使命だからな」


「いつになく真面目な答えなのです。そんな喋り方も出来るのですか」


 白ウサギが少女の肩を突っつく。


【不真面目な人が、緊迫した場面で真面目な態度を取るとギャップでキュンときちゃう! って宮ちゃんが持ってきた雑誌に書いてあったわよん。多分今実践中よ】


 赤毛の犬が耳と尻尾をしんなりさせく~んと悲しそうな声を出す。バラすなよ~と垂れた耳が語り掛けて来るようだ。


「ちょっとは、まともになったかと見直しそうになったのです。やっぱりいぬころなのです」


「く~ん、いぬころはカッコよく見せてモテたいのだ。だが、スーが見直しそうになったってことはあの記事の効果はあるってことだな」


「あほなのですか」


 ここまでのやり取りをただ眺めていた誘導係の自衛隊員は、緊迫した状況にそぐわない光景に不安を感じていた。


 ぬいぐるみを背負った小さな少女と、隣でくねくねするウサギのぬいぐるみ。変なことばかり言う赤毛の犬。


 不安しかない。


「ポイント到着。これより作戦を開始する」


 緊張感のないやり取りに不安が大きくなり始めたとき、操縦士の緊張感を含んだ声によって誘導係の自衛隊員に緊張感が戻ってくる。


「ポイントに到着しました。降下準備をお願いします」


「もう出来てるのです。扉を開けて欲しいのです」


「へ?」


 どこからどう見ても普通の服。映画とかで見たことのあるカンフー着をおしゃれにした装いは動きやすそうではあるがヘリから降下する服ではない。


 そんな疑問は気にもされず少女は、背負っていたムササビを降ろすと、今度はウサギのぬいぐるみを背負う。

 さっきまでくねくね動いていたウサギはぐったりとし、代わりにムササビのぬいぐるみがくねくねし始める。


 赤毛の犬も身を振るい、大きなあくびをするとヘリの開口部にゆっくりと向かう。


「早く開けて欲しいのです。標的が動いているのなら時間がないのです」


「え、ああ。はい」


 誘導係の自衛隊員は降下方法は任せるようにと命令を受けていたが、どこか不安をぬぐえないままヘリの横に扉をスライドさせる。


「いぬころ、スーは西側町へ近い方へ降りるのです。他に敵がいないか確認しながら東へ上がるのです」


「ああ、オレの方でなるべく足止めはする」


「先手は任せるのです」


 それだけ言って少女と犬はヘリから飛び降りる。


 ムササビのぬいぐるみに掴まれ滑空していく少女と、宙を走って降りていく犬を見て誘導係の自衛隊員は何度も目を擦りながらその様子を見つめる。


 何度擦っても目の前にある現実は変わらず、東西に分かれる二人の姿を見送ることになる。


 望遠での小さな画像でしか見たことのない宇宙獣だが、その危険性は多少なりは理解しているつもりである。

 だがそれよりも今、目の前の二人の存在の方がマジヤバくね? と誘導係の目は語る。

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