第228話:四人の転生者と穂先のお星さま

 私は玄関を開けて外へと出る。外は暗く、昼間の喧騒と暑さを忘れそうになるほど静かで、心地よい夜風が肌を撫でる。


 数歩、歩みを進めたところでアラさんと出会う。


「お嬢様は上で待っているとおっしゃってました」


 そう言って私の家の屋根を指差す。


「皆さんが大変なことに巻き込まれていたなんて私気付きもしませんでした。気付いた今でも何が出来るわけでもないですから、いつも通りお食事を作って部屋を綺麗にして帰りを待つことしかできません」


「それが一番嬉しいと思いますよ。エーヴァも思ってくれる人がいるのが嬉しいはずですから」


「はい、お嬢様からもそう言われました。詩さんからもそう言ってもらえて自信がつきました」


 私の言葉に、アラさんは嬉しそうに微笑む。私も微笑み返し手を振ると屋根の上にいるエーヴァのもとへ向かう。


 屋根に座って月をぼんやりと眺めるエーヴァの銀色の髪が、月明かりに照らされ幻想的な光を放っている。


 そこにイリーナの面影はなく、目の前にいるのはエーヴァなのだと再認識する。


「じろじろ見てなんだ? 今は勝負とか受けねえぞ」


 エメラルドグリーンの瞳を私に向けめんどくさそうに言ってくる。


「勝負やろうって、私から言ったことないじゃん」


「そうだっけ?」


「相変わらず適当なヤツ」


 私の言葉にふっと笑ったエーヴァは、再び月に視線を移す。


「エーヴァってさ、昔からそんな感じだっけ?」


「あ? どういう意味だ?」


「何て言うかなぁ~。昔のイメージだとちょっとこう……困った人だったけど、今は気が利くし、それに口がたつというか、交渉上手というか。簡単に言うとまともになった気がする。ちょっとだけど」


「お前なぁ、それ遠回しに酷いこと言ってるぞ。でもまあ、ん~色々とあったしな……」


 言葉を濁して瞼を閉じ、瞳に映した月を閉じ込めた後、ゆっくりと開いた目を私に向ける。


 その瞳に月はなく代わりに私が映っていた。


「昔な、助けたい人がいた。あたしは五星勇者だのなんだのでそれなりの地位や名声はあったんだろうけど、そいつを助けるだけの術を持ってなかった。どうにかしてやりたいと思ったが、伝手も話術にも乏しいあたしは何も出来ず、そうこうしてる内にあたしが先に死んじまった」


 そう言って寂しそうに微笑む。


「で、まっ折角転生したんだし、前世の後悔を少しでも解消しようって思ってな。解決とかそんなんじゃないけど、役に立てばいいなって色々と学んでみた。まあ結局ただの自己満足だがな」


 私が知っているイリーナは、その後いろいろな経験をして私の知らないイリーナとして生涯を終えたということ。人は変わるもの……いや待て、こっちで初めてあったとき「地獄へ落としてさしあげますわ」とか言ってなかったっけ? やっぱり変わってないじゃないのか?


「……そこまで考えてて、なんで今世でも私に勝負を挑みにくるわけ? 色々と学んだんでしょ?」


「それとこれは別だろ。前世でも今でもお前と勝負していたときが一番楽しいからな」


 本当に楽しそうに、ニシシと笑うエーヴァを見て呆れると同時に、ちょっぴり嬉しい気持ちもあってそれがバレないよう顔を反らす。


「無事に終わったのですか?」


 音もなく私たちの前にスーが、三日月を背にして現れる。金色に輝いた丸い瞳は満月を彷彿とさせる。三日月と満月を並べ私を見つめるこの子は、前世はイリーナと同じ五星勇者のマティアス。

 風を使い隠密を得意とする寡黙な人だったが、今は魔力の変化と共に風を扱えず白雪と二人一組で戦わないと全力が出せない。

 全力を出すと動けなくなるが、そのときは私たちの中で一番の攻撃力を誇るし、スーの魔力が敵を破壊することに長けているので、対宇宙人の切り札となる。


「白雪は大丈夫なのか?」


「美心に直してもらっているのです。お手伝いしていたのですが材料が足りないので今日はお終いだと言われたのです」


 そう言いながらポケットからクリームパンを取り出す。キラキラと目を輝かせてクリームパンを掲げるスー。


「おじいちゃんまだ家にいるから、ご飯まだなんだっけ。私たちも食べてないから後で一緒に食べようよ」


「本当ですか! やったのです! これはデザートにするのです」


 目を輝かせながらクリームパンを戻す、鼻歌を歌いながらぴょんぴょん跳ねる。そもそもマティアスは男だったわけだけど、今目の前でぴょんぴょん跳ねている少女にその面影はなく幼い少女にしか見えない。

 本人に前世の記憶がしっかりあるし、エーヴァと昔の話したりするから本人で間違いないんだろうけど、前世とのギャップが凄い。


 昔は寡黙だっただけで本当はこういう性格だったのかもしれない。五星勇者だとみんなの目もあるし、イメージ崩せないから素を出すのも難しいのかも。そういった意味では大変だっただろうな。


 そんなことを思いながらスーを見ていると、のそっと屋根に上がってきたのは我が家のワンちゃん、シュナイダーである。


「疲れてるな」


「あぁお陰でな……散々怒られた」


 エーヴァの言葉によろよろしながら答えて歩くシュナイダーは、私の前に来るとコロンと横になる。


「詩すまんが膝枕を頼む」


「やだよ」


 即断るとショックを口をあんぐりと開けショックを受けた顔をする。


「今回の件に関しては感謝してるけど、それはやだ」


「うぐぐぐっ、だがそのガードの硬さがいいなっ! オレは好きだ」


 キラリんと歯を見せニヒル(?)な笑みを見せる。なんとも前向きなワンちゃんである。エーヴァは呆れた笑いをし、スーは引いている。


「ママはなんて言ってた?」


「お前が巻き込んだのなら死ぬ気で詩たちを守れと。まあ言われずともそのつもりだがな」


 フンと鼻を鳴らしながら笑う姿は、ちゃんとニヒルな笑いになっている。


「シュナイダーは元凶でいいの? 凄く申し訳ないんだけど」


「それで丸く収まるなら構わんさ」


 おおっ!? なんだか今初めてシュナイダーがカッコよく見えた。


「詩の母上にも心配しなくていいと手を取ってペロリンとしてきてなだめてきたから安心してくれ。そうだ詩もいつでも言ってくれ! 二十四時間いつでもペロリとするぞ」


 前言撤回。


 自慢気にふふんっと笑うシュナイダーに殺意すら湧いてくる。


 この犬、前世では堅実で人望の厚い男だったわけだが、その面影は一切ない。


 ここまで『ない』のはある意味凄い。


 人間とんでもない存在に出会うと、嫌悪感や呆れを通り越して、感心というか尊敬に似た感情が芽生えるものだと今知った。


 屋根の上で静かにだが騒ぐ私たち。


 転生してまで戦うなんて思ってなかったけど、今こうしてみんなと出会え楽しいとすら思っている自分がいる。


 それはある意味不謹慎なのかもしれない、でもどうせ戦うなら楽しんでも良いじゃないか。そっちの方が、最後までやりきってやろうって思えるもの。


 宇宙人が後何体いるかは知らないけど、頑張ろう!


 そう決意した私は自然と月を見上げる。


「ん?」


 月に汚れがついている。目を凝らすと汚れと思ったのはオレンジの光で、オレンジ色の点がどんどん大きくなってくる。


 近付くオレンジ色の点は横に線を引き、その線をパタパタと羽ばたかせているのが分かる。


 ぐるぐる目玉とヨダレを撒き散らすその姿をハッキリと確認する前に、周囲の空間が変わったのを感じる。景色は同じなのに周りから切り離された感覚は何回経験しても慣れないものである。


 相変わらず派手な色合いの鳥は目をぐるぐる、ヨダレをだばだばこぼしながら私たちの前に舞い降りる。


「お久しぶり~すっ!」


 女神シルマが放つのんびりした声にあわせ、音を立てながら翼を大きく広げ羽を舞わせる姿はオルド本人的にはさぞ華麗なつもりなのだろう。

 オルドがなんの鳥か知らないけど、鳩胸を大きく突き出しぐるぐる目玉で私たちに「どうだ?」と問う姿にイラっとする。


「さてさて、今回の要件はっと。その前にっすね……」


 オルドが翼を組んで、どっかの巨匠のようなポーズを取ったときだった。突如いかずちがオルドの目の前に落ちてくる。その雷の勢いにオルドがコロンと転がっていく。


 私が使う攻撃する雷とは違い、柔らかさを持った雷が優しく弾け辺りに澄んだ空気が流れる。その中心に一人の少女が立っていて私たちを彼女がゆっくりと開いた赤い瞳が映しだす。


「皆さまはじめまして、私の名前はスピカ。転移を司る女神」


 神々しい光を纏い現れた少女の放つ気と澄んだ声に思わず喉を鳴らし唾を飲みこんでしまう。


「あ、そんなに改まらなくていいっすから。もしかしてスピカ緊張してるっすか?」


 未だに転がったままのオルドから呑気なシルマの声が聞こえてくる。

 目玉ぐるぐる、ヨダレを地面に広げ仰向けに倒れている鳥から声が聞こえてくるのは、凄くシュールな絵面である。


「してないわよ! 人前に出るとか久しぶりだからカッコよく決めようと思ったのにぃ! もうシルマのバカぁ!」


「そういうとこもスピカらしいっす。でもいつものスピカでいいっすよ」


「い、いつものスピカが好きっ!? そ、そうね私頑張るっ! 頑張るから見てて!」


 なんだこの茶番……あっ、神々しさを感じなくなった。

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