第229話:スピカ的神託
こほんと咳払いを一つして、再び周囲に雷を
だが先ほどの茶番のせいで神々しさは薄い。
「いつもの私らしく、それが一番素敵だと言われたので砕けた感じで接するわね。まずお願いがあるんだけど」
そう言ってスピカは、目を輝かせ舌を出してハァハァと変態の息遣いをするシュナイダーを指差す。
「そこのセクハラ犬がこっちに来ないようにしてもらえる? そいつすぐ舐めるから嫌いなのっ!」
ズバズバ言う女神である。悲しそうにく~んと鳴くシュナイダーではあるが同情の余地はない。
「イヌコロは押さえておきますから、早く用件を聞かせていただけますか?」
シュナイダーの頭を掴みエーヴァが尋ねる。頭蓋骨がミシミシ音を立てている様子を見て安心したのか再び咳ばらいをして私たちを一人ずつ見る。
「こうして女神が直接人と接触するのは本来は禁止なの。オルドを使っての接触も怪しいところだけど、オルドの影に隠れて接触してるからバレないよう手短に話すわね」
と言うが、ここまで本人が無駄に時間を消費しているのは、気のせいなのだろうか。突っ込むと無駄が増えそうなので我慢して話を聞くことにする。
「えぇっと代表者の鞘野詩前に出て」
「私?」
代表者になった記憶はないが、とりあえず前に一歩出る。スピカが私に近付いてきてジロジロと見上げくる。
「鞘野詩、猫は好き?」
「まあ好きかな。猫巫女やるくらいだし」
後ろからシュナイダーの悲しい鳴き声が聞こえた気がするが、無視しておく。
「いいわ。じゃあ、あなたにこの子を預かってもらうわ。シシャモ!」
いつの間にか手に持っていた錫杖を掲げると天に魔法陣が展開され、淡い光と共に白い塊が私の頭の上に降ってくる。
頭の上に乗った物体に触れるとモフモフと柔らかい。そしてにゃーんっと鳴くそれを手に取ると真っ白な猫がいた。
「猫?」
「そう、私の眷属の一人シシャモよ。その子を詩に預けるから。といってもお世話はしなくていいわ。あなたに宿して中で眠ってるだけだから」
「この子を宿すって、なにか意味あるの?」
「そうね、とりあえず今はないわね。いずれ意味があるかもしれないし、ないかもしれない。神にも未来は分からないから」
スピカは錫杖をくるくると回し、柄をトンと地面に優しく叩くと、私が手に持っていたシシャモが光り始め「にゃん」と一声鳴いて光の粒になって弾ける。
「シシャモは任せたわね。じゃあ次にあなた方にちょっとだけ情報をあげる」
こほんと咳払いを一つして、スピカは私たちを見た後、目を瞑り神々しさを放ちながら口をゆっくりと開く。スピカの小さな口から放たれる声は、エコーが掛かったように重なり神秘さを感じる。
「今、上空より降り注ぐ厄災の強き星々は
ゆっくりと目を開き私たちを見るその顔は、どや顔である。「へへ~ん、どうよ、女神すごいでしょ」と顔に書いてあるスピカのどや顔のお陰で、ちょっとだけ感じた神々しさは台無しである。
「宇宙船から四十匹ほど寄生体が放たれっす。おそらくこれで最後となるはずっす。今地上に残っているのが五体。とりあえず驚異となるのは、縞タイガーの一匹っす。こっちに向かって来てるから気を付けてってことっす」
まだ転がったままのオルドから、シルマの声が聞こえてくる。ある意味こっちの方が神秘的かもしれない。
「ああっ! シルマが回りくどく言えって言うから、なんかそれっぽく言ったのにぃ! シルマが普通に言ったら私の神託の意味ないじゃない! 練習してきたんだから、神々しくいくって頑張ったんだから!」
「まあ、まあ。今の世の中、言葉の行き違いがあるといけないからフォローっす。スピカの神託も素敵だったっすよ」
「もうっ~私が素敵だなんてそんなぁ、はずかしぃ!!」
両頬を押え体をくねくねするスピカ。怒ったり、照れたりと忙しい子である。この姿を見ると女神とはにわかに信じられなくなってくる。
「要件はそれだけかしら? さきほど時間がないとおっしゃっていましたが?」
ぶらーんとしたシュナイダーを右手に持ったまま、澄まし顔のエーヴァが尋ねるとスピカは慌てて神々しさを出しながら咳ばらいを一つする。
神々しさってあんな簡単に出したり出来るんだと変に感心してしまう。お陰でありがたみはゼロだが。
「ええ、これでお終い。あなたたちの脅威となる数を教えるのが今回の目的。闇雲に戦うよりも数字が分かった方がやる気も出るでしょ。それじゃあ時間もないし、私はこれで帰るわ」
錫杖を天に掲げ雷を自ら浴びると光の粒が弾ける。
──鞘野詩 シシャモをよろしくね!
弾ける光と共に声が聞こえスピカは消えてしまう。
「ってことっす。私たちが出来ることはあまりないっすが、頑張ってくださいっす!」
シルマの声と共にオルドがコロンと起き上がり、私たちに派手な羽を見せつけてくる。
そして翼を羽ばたかせると空へと向かって飛んでいく。
同時に辺りを包んでいた神聖な空気は消え、夜の色と町の匂いが私たちを包む。
「詩? なんともないのです?」
心配そうに尋ねてくるスーの前で手を握ってみたり、腕を回して違和感がないのを確認後する。
「今のところ、なんともないかな?」
笑って答えるが、それでも心配そうに見つめてくるスーの頭を撫でる。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから。それよりお腹空いたしご飯食べようよ」
スーは私が伸ばした手を握ると大きく頷く。
「エーヴァ、私たち先に行くから、早く手にぶら下がっているヤツ降ろして一緒に食べようよ」
「ええ、すぐに行きますわ」
頭を握られぶらぶらするシュナイダーを持ったまま、返事をするエーヴァを置いてスーと一緒に下りる。
手を繋いだままついてくるスーを見て、なんだか妹ができたみたいで心が弾む。
* * *
エーヴァが手を開くとシュナイダーは解放され、屋根に四つ脚をつけ着地する。
「死ぬかと思ったぞ。三途の川を五往復はしたな」
「三途の川? ああ、死後の世界と繋がってるってヤツか。泳げたならいい運動になったろ」
「まあな。だが、エーヴァの手の温もりと香りに包まれ幸せ気分で泳げたし、お陰で無事戻ってこれた」
これ以上話しても意味がないと思ったのか、めんどくさそうにシュナイダーを見たエーヴァだが、ふと真面目な顔になる。
「まだ戦いは続きそうだが、女神の言うことが本当なら終わりが見えないこともない。で、終わったらどうなる?」
「どうとは?」
「この戦いが終わった後、共通の敵がいなくなったとき。たぶんめんどくさいことになる。あたしとスーは逃げれないこともない。お前も山でもどこでも行けるだろう。だが、詩はそういうわけにはいかないだろ?」
シュナイダーが、ふんっと鼻を鳴らす。
「確かにそうだが、そういうのはスーの役目ではないのか?」
「あいつは……まあ、今の本人は不安なところもあるだろうし、あまり余裕ないだろからな。それにお前の方が上手くできると思うがな。それもお前らしくな」
「オレらしく? ふむ……まあ考えてみよう」
「ええ。お願いしますわ。わたくしはお食事に向かいますから、元凶さんは今後の立ち位置を考えた方が良いかもしれませんわ」
「ふん、よく言う。まあ、エーヴァの言わんとすることは大体分かった」
立ち上がって屋根の端に立ったエーヴァにシュナイダーが答えると、顔だけ振り向いたエーヴァが笑みを浮かべ「助かる」と一言放ちふんわりと飛び下りる。
「うむぅ、あのギャップはきゅんとするな」
尻尾をパタパタと振りながらシュナイダーはエーヴァが下りた後を眺める。
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