第227話:エーヴァのお食事会(後編)

「シュナイダーが喋った……そう言えば詩が朝早く出かけてシュナイダーを連れて帰った日、そこからトラブルに巻き込まれる日が多くなった気が……」


 ママが呟きながら何かを考えているようだ。


「シュナイダーさんは喋れたのですね?」


「わうん?」


 アラさんが興奮気味にシュナイダーの手を取っている。シュナイダーは可愛い目でまばたきをして、とぼけるがもう遅い。


「アラ、あまり近づくと舐められますわよ。身に覚えがあるでしょう? あれは意図的にやっているから気を付けなさい」


「えっ、本当に!?」


 アラさんサッと身を引く。ドン引きである。


「そういえばお散歩行ったときも、女性のところにしか行かなかったような……」


 再びママが思考モードに入る。


 シュナイダーは今までの悪行がバレそうで、変な汗を掻いているように見える。犬なので分かりづらいけど。


「そこの変態妖精の処分については一先ず置いておきまして、おば様、おじ様。わたくしたちの今置かれている状況は、地球を脅かす宇宙獣と戦う使命を担い。前世の記憶と力を持って対抗しているのですが、わたくしだけではカバー仕切れない点を、おじい様や坂口、他にも沢山の方々の協力を得て対抗しているのですわ」


 そこまで言ってエーヴァは私を見る。


「急ぎ足での説明となりましたが、今わたくしたちが置かれている状況のおおよその説明となりますわ。そしてここからは詩さんが直接伝えた方が良いですわ」


 エーヴァに振られて、この夕食会で初めてママとパパと目が合う。

 前世では戦うのが当たり前で、戦果を上げることで存在を証明し喜ばれたのだが、この世界で娘が戦うことは喜ばれない。


「え~と、ということで私が戦うことを許可してもらいたいなぁ~って思うんだけど」


 改まって言うよりも普通を心掛け尋ねてみると、ママは難しい顔をして目をつぶっている。


「パパは、反──」

「いいわ。許可します」


 パパが何か言おうとしたが、ママが被せ掻き消してしまう。


「え! ママは賛成なの──」

「どうせ反対しても詩のことだからその時が来たら飛び出していくんでしょ。それにこのまま秘密裏に活動される方が嫌だし。本音は反対したいけど」


 ママは口では賛成しつつも、顔は険しく本心は賛成はしていないのだと表情で訴えかけてくる。


「詩はなんで戦おうって思うの? それだけは教えて」


「正直地球の危機がとか、世界を救うんだとかは思ってないけど。目の前に脅威となる存在がいて、それのせいでみんなが困ってて、私が知らない振りしたせいで、ママとかパパとか知ってる人たちに危害があったら嫌だなって。幸い私はあいつらを倒せるから、やろうかなって」


 正直上手くまとめれなかったし、熱くも語れなかったけど本音は伝えれたと思う。前世から私は魔王軍を倒して世界に平和をとは考えていない。

 目の前で起きてることに全力でぶつかって生きてきた。それはお母様や仲間たち、そして私が生きてくため。

 そんな理由でも脅威全体に対し一石でも投じてればいいかな? そんな気持ちだった。


「ママは簡単に賛成しすぎだよ。怪我する可能性があるって言ってるんだよ。そもそもあんな化物と詩が戦う……」


「パパは、この子が最近こそこそしていたの気が付いてた? 宇宙獣の騒ぎで帰りが遅くなったって言って帰ってくる度に怪我してたのは? 出かける前と出かけた後で服が微妙にちがったりしたのは?」


 ママの質問攻めにパパは黙ってしまう。そういえば前に帰りが遅くなったとき、話すことがあるなら話なさいと言われた気がする。前々から私の行動を怪しんでいたわけだ。

 初めは私服で行ってたから帰りは服が違ったけど、最近は衣装に着替えるか美心によって似たような服の修復と似たような服に着替えてたし完璧だと思っていたが、怪しんでいたみたいだ。


 ママ恐るべし。


「ママ、あまりパパを責めないで。悪いのは私だしって、むぐぅ~」


 ママが私の口を突っつき押してくる。


「そうよ、一番悪いのは黙っていた詩。いい? 今後は隠し事しない! それだけは守って」


 ママの睨みながらも、目に滲んだ涙を見ては素直に頷くことしか出来ない。


「パパも気が付いてあげられなくてごめんね」


「そうよ、甘やかしてばかりいないでちゃんと見てあげて」


「ま、まあまあ、里子さん。黙ってたわしも悪かったし」


「そうですよ! お義父さんも知っていたのなら秘密にせず、詩に私たちに言うように助言なさっても良かったはずです」


「うぅ、面目ない」


 ママに責められるパパを助けようとした、おじいちゃんも怒られてしゅんとしてしまう。


 パンッ!!


 大きな破裂音は、エーヴァが魔力を込め軽く叩いた手から出た音。魔力を感じられなくても大きな音にみんながビックリしてエーヴァの方を見てしまう。


「おば様を不安にさせた原因はわたくしにもありますの。責めるならわたくしにもしていただかないと平等ではありませんわ」


 なんて言われたら責められるわけもなく、ママも黙ってしまう。


「アラ、荷物を」


「はいっ!」


 アラさん勢いよく立ち上がり、玄関へ向かうと縦に長いスポーツバックを重そうに抱えて戻ってくる。

 エーヴァがアラさんからバックを受け取ると、中からミローディアのパーツを取り出し手早く組み立てる。


 突如出てきた大鎌にママがたちが注視するなか、エーヴァが軽々と肩に担いだミローディアを愛おしそうに撫でる。


 美しさと、冷たさの合わさったミローディアの存在はどこか現実離れしていて、その存在がママたちの住む世界と私たちが戦っている世界は違うのだと証明しているように見える。


「この武器、ミローディアはおじい様に作っていただきました」


 ママとパパがおじいちゃんを見る。


「そして衣装や、小物は美心に。政府とのパイプ役として坂口が、メディアへの窓口が尚美。その他、沢山の人たちと関わっていつの間にか、わたくしたちは引くに引けない状況になっていたのも事実。伝えるには事が大きくなり過ぎ、詩さんもおば様にどう伝えたらいいのか悩んでいましたわ。

 おば様が納得できないこと、まだ気持ちの整理が出来ていないこと、それでいて詩さんが戦いから身を引けないのも理解しているからこそ、許可をしてもらえたのだということ詩さんには伝わっていますわ。あとは気持ちの整理といったところでしょうか」


 エーヴァに言われ涙を流し始めるママを見ていた私の背中をエーヴァが叩く。


「後はお前しか出来ねえからな。あたしもアラに直接説明するからよ」


 それだけ言ってミローディアを担いだエーヴァが、アラさんに手招きをしてリビングから出ていく。それに続いておじいちゃんたちも一旦外に出て行く。


 私はママに駆け寄ると、どうしていいか分からなかったけど、とりあえず抱きしめる。


「ごめんなさい」と謝ると首を横に振って、泣いているのであろう肩を揺らすママの背中に回した手を引き寄せる。


 私の胸で泣くママを見て、自分のママを抱きしめ日が来るなんて思いもしなかったと思いながら、抱きしめる手に力を入れる。


 色々なことを考えているはずなのに、何を考えていたかも覚えていない、時が止まったかのような時間はママが動き出すと同時に動き始める。


「もういい。大丈夫」


 と言いながらママが私を押すのでゆっくり手を広げると、私から離れる。充血して赤い目を擦するママを見て罪悪感を感じてしまう。


「詩にそんな顔させてごめんね。許可出したり怒ったりして、混乱するわよね」


 そう言いながら今度はママが私を抱きしめてくれる。


「エーヴァちゃんの話を聞いてなんとなく理解は出来てると思う。でもね、詩が強いってテレビで戦う姿を見て分かっていても、それでもやっぱり怖いの……」


 日頃見せない姿に戸惑い、どうしていいか困惑する私の頭を撫でると両肩を持って押される。目に溜まった涙を拭うと再び私の頭を撫でる。今度はちょっと乱暴に。


「もう大丈夫、そんな顔で見ないでいいわ。さて、気持ちを切り替えて私がやれることをやるとしましょうか。まずは元凶のシュナイダーを呼んできて。色々話したいことがあるから」


「えっ、あ、うん。分かった」


 切り替えの早さに戸惑いつつも、いつものママの姿にホッとする。


 そしてシュナイダーに心の中で謝るのだった。

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