第226話:エーヴァのお食事会(前編)

 優雅なお食事会と言えばそうなのかもしれない。


 私の目の前に並ぶオードブルはどれも美味しそうで、きっとお高いんだろうなぁと思わせる存在感を放っている。


 煌びやかな食べ物たちを前に、いつもなら飛びつくところだが、今日はさすがに控えよう……。


 パパを見るとニッコリとして「詩、お腹空いてるんだろ? 食べなさい」と目が語っている。


 ママを見ると鋭い目つきで「行儀悪いから勝手に手を出すなよ」と訴えてくる。


 そんなやり取りが終わったのを見計らってなのか、タイミングよくエーヴァが口を開く。


「では皆さま、色々と聞きたいこと、話したいことがあるかと思いますが、話の齟齬そごが生まれませんようにわたくしがこの場を仕切らせていただきますわ。よろしいかしら?」


 ここに集まった人たちは、エーヴァに呼ばれてきたわけだろうし、私もエーヴァに任せたわけだから異論はない。


 みんなが頷くのを見て、エーヴァがパチンっと指を鳴らす。


「アラ、昨日放送された映像を」


「はいっ! すぐに!」


 エーヴァに言われ嬉しそうにリビングのテレビにスマホを繋げている。


 アラさんてエーヴァから説明を受ける側の人なのではないのか? そんな疑問を感じてしまうが本人が嬉しそうなので、何も言わずに様子を見守る。


「それではこちらを」


 エーヴァの合図でアラさんがスマホを操作し、テレビに映像が写し出される。


 尚美さんを始めとした各局のアナウンサーたちによる、リレー式の中継。

 ライブ形式に見せつつ編集された映像には、猫巫女である私と、出番は少ないが存在感抜群な白雪の姿のみ映し出される。

 戦闘は私メイン、間で差し込まれる説明は白雪メインで放送は進んでいく。


 超望遠で撮られた私たちの映像はやや不鮮明で、正直誰なのかは分かりづらい。

 猿たちを倒すシーンはかなりボカされていて、視聴者に配慮した映像が流れる。


 というか、カメラが戦闘について行けず、最初こそ私を追っていた映像は、引いた映像となって全体を映すので、分かりづらい。


 ただ私の火と雷を使った攻撃は映像として映えていると、自分ながら思った。それに黄金狒々の最終形態も、不気味さマシマシで写し出し出されなかなか良い。


 そして最後のシーンで、私がアップで尚美さんと茜さんのインタビューに答え去っていく。


 あの立ち去り方、我ながらカッコいい。


『現在、猿型宇宙獣の全滅が確認されたようです。あ、はい……今入った情報ですと町のインフラも戻ってきているそうです。それとですね、自衛隊と消防隊による救助作業も行われていると、はい、そうですね。猫巫女さんですか? そうですね、すごく気さくな方だと、そう感じました。あ、はい……一旦そちらへ戻します』


 尚美さんとスタジオのやり取りが慌ただしく行われ、スタジオにいる専門家たちがそれぞれの意見を言い合っているところで映像は切れる。


「まず当たり前のことなのですが、わたくしたちは宇宙から来た宇宙人ではありませんわ。正真正銘人間であり、詩さんの両親はおば様たち、それが事実ですわ」


 映像が終わってすぐエーヴァが発言し、ママたちを見るとそれぞれが頷く。


「宇宙人と戦う力がある。それが意味するところはわたくしたちの力を欲する輩が沸くかもしれない。そのために宇宙獣を殲滅した際に、猫巫女と白兎は宇宙へ帰る。というシナリオになっていますの。

 これにつきましては、宇宙防衛省に勤める坂口が後で詳しく説明いたしますわ」


 みんなの視線を受け坂口さんが頭を下げる。


「続いて、なぜわたくしたちに戦える力があるのかということなのですが、シュナイダー前へ。おじい様、例の物を」


 壁に沿って一列に並んでいたシュナイダーが前に出て、お座りをするとおじいちゃんが頭の上にガラスのコップを置く。


 エーヴァがパチンと指を鳴らすと、頭の上のコップが粉々に砕ける。


 サッと片付け始めるおじいちゃんと坂口さん。シュナイダーは涙目である。


 目の前で起こった現象にママたちが目を丸くして見ている。シュナイダーの頭の上に乗せる意味があったかは別としてだ。


「わたくしたちには前世の記憶がありますわ。と言いましてもつい最近思い出したと言った方が正しいかもしれませんわね。それと共に力に目覚めたのですわ」


 ん? 微妙に事実と違いが……。


「宇宙獣と戦えと、それが使命だと告げられ前世の記憶と共に目覚めた力……」


 言葉を止めエーヴァはママを見る。その瞳は潤んでおり本性を知っている私が見てもドキッとしてしまうほどの、淡い輝きを放っている。


「お母様、お父様、そしてアラの心配していることは宇宙獣による脅威よりも、娘である詩さんやわたくしの心配であることは重々承知していますわ」


 目を更に潤ませて下に視線を落としつつ、時折目を向ければそれは上目遣いであり、破壊力は抜群である。アラさんもなぜか涙目だし。


「危険はないのか? 怪我はしないのか? そこが一番心配なのだと思います。その心配に答えるならば、危険であり怪我をする可能性は大ですわ」


 エーヴァの言葉にママとパパ、アラさんがゴクリと喉を鳴らす。


「ここで大丈夫です、心配しないでと嘘を言っても後々不信感を持たれるだけですので、真実をお伝えいたしたまで。

 世界の脅威に立ち向かえる、ならばやり遂げたい。ですが家族に心配をかけたくないと詩もわたくしも悩み、おじい様や坂口を頼って相談したのですが、わたくしたちの決心が足りず今日まで来てしまったのですわ」


 ここまでエーヴァしか話してないが、初めてママが口を開く。


「エーヴァちゃん、さっき宇宙獣と戦えと、それが使命だと言われたって言ってたけど、それは誰に言われたの?」


 確かに言ってた。これどう説明するんだろ? 女神シルマから特別転生が……とか? でもエーヴァのシナリオだと前世の記憶は最近目覚めたわけだし……。


「それは……」


 小さな声でためらいがちにエーヴァが呟くと、意を決したように頷きゆっくりと指を差す。


 可憐なお嬢様の指はまっすぐシュナイダーに向く。


「あの犬。あれはただの犬ではありませんの。おば様は、フラプリなるものを見たことがありますか?」


 ママが頷くとエーヴァも頷き話を続ける。


「変身する少女たちに必ずついている、妖精のような可愛らしいマスコット的存在をご存じでしょうか? にわかに信じられないかもしれませんが、現実世界では愛らしい妖精ではなくあの犬が妖精なのですわ」


 全員の視線がシュナイダーに集中する。


「ある日突然現れ、わたくしたちに使命だと言い戦いを強要した犬。わたくしも当時は悩みましたが、今となってはこの力で人々を救えるのだと前向きに考えていますわ」


 少し物悲しそうに言うエーヴァのせいで、ママたちのシュナイダーへの視線の圧力が強くなる。


「妖精と違いシュナイダーも戦えますので、命をかけわたくしたちを守ってくれるはずですわ。シュナイダー自身も、わたくしたちを戦わせることに罪悪感を感じていらしてるようですし、邪険に扱うのだけは勘弁してほしいですの。たとえわたくしたちを戦いに向かわせた元凶だとしても、ええ元凶であったとしてもですわ」


 エーヴァが流し目でチラッとシュナイダーを見て、ママたちに分からないように、ニヤリと微笑む。


「ちょっとまてぇ! 昨晩オレに覚悟があるかと尋ねてきたのはこれか! これなのか? てっきりエーヴァを、わたくしを舐める覚悟あるかしら? とそう思ってある! と答え……あっ!?」


「あっ!?」

「喋った!?」

「シュナイダーが普通に喋ってる!?」


 思わず声を上げてしまったシュナイダーにママたちの視線が集まる。


「く~ん」


 シュナイダーの甘える鳴き声が虚しく響く。

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