第225話:詩の秘密と思いはお食事会で

「詩。もう一回やってみて」


 そう言ったママは傘を構えたまま私をじっと見る。


 どうしよう、なんて言えばいいんだろう。「私は前世の記憶があります。エレノアって呼ばれてました」とか?


 こういう日が来るかもしれない、それはなんとなく頭の隅にあった。でも娘であるのは事実だし、美心たちに話してもすんなり受け入れてくれてたから大丈夫だろうと高を括っていた。


 いざ、ママから心配と不安の混ざった瞳を向けられると口ごもってしまう。


 見つめ合う私とママ。この静寂が既に答えであることを示しているんだろうけど、なんと切り出していいか分からず見つめることしかできない。


 そんな静寂を破る、家の電話の呼び出し音。ピリリと響く音に二人の意識がそちらに反れ空気が動き出す。

 ママが私を一瞥いちべつした後、電話を取ると受話器の向こうの相手と会話をしてしばらくすると私に手招きをしてくる。


 スマホを持っている私には、家に電話してくる相手に心当たりがなく、不思議に思いながら受話器を受け取る。


「もしもし?」


「ふふっ、お困りじゃなくて? 実はわたくしの方もアラに説明が必要なのですわ。ここはわたくしとまとめて説明をいたしませんこと?」


「って、あんた……」


 スマホに連絡できるはずなのに、このタイミングでわざわざ家にかけてきたエーヴァに意図を感じてしまう。あっちも今帰ったばかりなはずなのに、それにアラさんにも説明がどうとか言っていたけど、エーヴァも正体がバレたということかな?


「わたくしと詩で一緒に説明するとスムーズですわ。そうですわね……おじい様も巻き込みましょうかしら。あ、そうですわ! 折角ですからお夕食も一緒にいたしましょうよ」


 不安が入り混じった思考ぐるぐるとしてしまう私とは対照的に、楽しそうには話すエーヴァの声を聞いていい意味で力が抜けてくる。


「というわけですわ。お母様にはわたくしの方から簡単に話しておきますから、詩は今日は早くお休みになるといいですわ」


 エーヴァに言われ自分が疲れていることに気付かされる。本人も疲れているだろうに、気遣かってくれることに感謝する。


「はあ~、そうだね。助かった、ありがと。エーヴァも早く寝てね」


「ええ、もちろんですわ。ではお母様と変わっていただけるかしら?」


 エーヴァに言われママに受話器を渡すと、短い会話を交わして通話は終了する。


 ママは私を見て一言。


「詩、先にお風呂に入ってきなさい。夕食用意するから。お腹空いたでしょ?」


「う、うん」


 ママとエーヴァの間でどんなやり取りがあったのか知りたいが、気まずさも手伝い素直に従うことにする。

 会話のない夕食を終えてベッドの淵に座って横になろうとしたとき、私のスマホの着信ランプが点滅していることに気が付く。画面を起動すればエーヴァからメッセージが届いていた。


 アプリを開くと私の好きなペンギンのキャラ『大福くん』が翼をグッドの形にして、『任せなさい!!』の文字がテカテカと輝いている。


「ふぅ~」


 ため息をつくがこれは嫌だからではなく、気持ちが一杯になって出たため息。


 戦いの後、メディアに出るのは尚美さんたちがいるからあまり心配していなかったけど、ママに見破られたのは予想外だった。正直エーヴァの助けが無ければ、こうしてゆっくりと眠りにつこうなんて出来ていなかったかもしれない。


「エーヴァ……イリーナってこんな奴だったっけ」


 前世で、今でもすぐに私に「戦え! 戦え!」と言って煩わしいと思うことが多いが、冷静に思うと実はいい奴なのではないかと思う。

 思えば魔王軍との戦いが終わってからイリーナと会ったことがない。前に戦ったとき子供を育てたとか言っていたけど、転生して今に至るまでのことあまり詳しく聞いたことない。

 スーのこともあるし今更だがみんなのことを改めて聞いた方が良いのかも。


 そんなことを考えながら目を瞑ると、自分で思っていたよりも疲れていたらしく、すぐに眠りに落ちてしまう。



 ──その日の夜、久しぶりに昔の夢を見る。



 詩じゃない、エレノアだった頃。


 私の家は古くから血に魔力を宿し文字を連ね、自然に干渉し力とする一族。歴史が古い故に権力争いなんてものが蔓延る。

 お母さまは後妻だった故に家での力は弱かったが、前妻との間に生まれた二人のお兄様が後を継ぐことが決まっていたので特に問題はなかった。


 だが私が生まれ、私がお兄様たちより強かった為に長男に継がせるべきだという派閥と、新たな時代を切り開く為実力でいくべきだという派閥の争いに巻き込まれる。


 正直どっちの派閥もお兄様や私を見ていたわけではなく、自分たちの利権を求め、有利にと動いていただけ。

 後妻であるお母さまの命がおびやかされ、それを回避する為に当主争いから降り私は冒険者になると言って家を出た。一族の前で冒険者になると宣言したときの可笑しそうなお母様の姿。


 年に数回しか会えないけど、冒険者としての話を聞いているときに微笑みながら聞いてくれて、私のことを好きだと言ってくれた人の死を一緒に嘆いてくれた。


 最後は死に目に会えず、お墓に挨拶に行った。


「もっと話したかった、一緒にいたかった」


 そう石に刻まれた名前に向かって言った言葉が聞こえるわけもなく、もっと早く伝えれば良かったと、たとえ叶わない願いであっても思いだけでも伝えれば良かったと後悔した。


 私は両手でお墓にふれると、石をそっと撫でる。


 暖かい……?


 突っつく。


 プニプニ。


 柔らかい!?


 混乱する私の頬をお墓の手がつねる。


「詩! 起きなさい!」


「ほへ?」


 間抜けな声を、夢と現実の私が同時に放ち夢から覚める。

 ぼんやりとした視界に、呆れた顔のママがいる。


「詩がこんな時間まで寝るなんて珍しいから起こしに来たら、突然人を突っつくんだからもぅ」


 そう言いながら私の頬を突っつくと「早くご飯食べなさい」と言って私の部屋を出て行く。


 その表情がいつのもママだったことに胸を撫でおろす。


 それと同時に、今晩の食事会で私の気持ちを伝えようと心に誓う。



 のだったが……。



「それでは、お食事会を始める前に、坂口。みなさんに飲み物を出していただけるかしら?」


「え、俺? あ、いや。はい、ただいま」


 ダイニングテーブルを真ん中にママとパパが並んで座り、その隣にアラさん。向かいに私とエーヴァ。私たちの横の壁におじいちゃん、坂口さん、シュナイダーが並んでる。


 エーヴァに呼ばれしぶしぶと坂口さんが並びから前に出て、麦茶の入ったポットから私たちのコップに注ぐと後ろに下がる。


 なんだこれ? どういう状況だ?


 なんか思ってたのと違うぞ。

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