第217話:ハチドリと五十重奏
【何回かはいけるのね……ならここで一回……】
右足が欠け、肩から左腕のない白雪が立ち上がる。
「立っちゃダメなのです!! 白雪!!」
瓦礫の上で動けずに震えながら叫ぶスーの声に応えることはなく白雪は赤毛猿を睨む。
【はぁ~、正直よく分からないけど、力を借りるわね。私の体はボロボロだけど問題ないの? ……あ、そうなのさすがね。じゃあよろしく】
──マティアスさん。
白雪の首と肩がカクッと項垂れるがすぐに、ゆっくりと起き上がる。それと同時に白雪の黒いボタンの目が更に黒く染まると纏う雰囲気が一変する。
そして白雪を中心に風が集まる。決して大きな風ではないが触れるだけで切れそうな鋭い風。
「そ、その風は……」
目の前の出来事が理解できず唖然とするスーの目の前で、白雪が右腕を広げると、人間の指があるであろう場所に小さな丸い風の玉が五つ生み出される。
ゆっくりと右手を胸元に持ってくると、スッと腕を振る。
五つの風の球はバラバラに飛ぶと赤毛猿と白雪の間に静止する。
左足で地面に落ちていたエーヴァが投げた鉄板を踏み宙に浮かせると、右手で受け止め静かに構える。
宙に浮かぶ風の球を怪訝な表情で見る赤毛猿だが、目の前の白雪を警戒し口を大きく開け威嚇する。
先に仕掛けるのは赤毛猿。目の前にいる風の球を姿勢を低くし避けつつ、白雪に詰め寄る。
白雪は静かに右手を僅かに動かすと、風の球たちはそれぞれが別々に動き始め赤毛の猿に追従し囲い続ける。そして音も立てずに白雪が消えると赤毛の猿の右に現れ、鉄板を振るう。
それに何とか反応し左の拳で受けとめ、カウンターと右の拳を振るが拳の前に風の球がスッと入ってきて拳に当たると弾ける。
小さな風の球の威力は微々たるもの。一瞬だけ攻撃の動きを止めることしか出来ない。だがそれは相手の動きを掌握するもの。
白雪が一瞬だけ遅れた拳を避けると、わき腹を鉄板で切り付ける。
吹きあがる鮮血。
自慢の体がたやすく切られたことに一瞬目を見開き、驚きの表情を見せるがその間にも縦に回転した白雪の蹴りが顎に当たる部分を捉え、身を大きく反らしてしまう。
慌てて体を起こそうとするが、額に風の球が当たって弾けバランスを崩してしまう。
倒れる間際についた手が地面に触れた瞬間に風の球が肘の部分で弾け、肘が曲がり体を支えれず地面に背中をつける。背中から生えた無数の手を伸ばすが全て切り落とされ、白雪の持つ鉄板が胸元部分、巨大顔面の額に突き刺さる。
白雪が突き立てた鉄板は硬い体に阻まれるが、それでも鉄板に纏う風が赤毛猿の体を切り裂き、先端は滑らかにゆっくりと突き進む。
このままでは貫通してしまうと強引に赤毛猿が足を上げ、白雪に蹴り掛かりその反動で勢いよく起き上がる。
後ろに跳ねて蹴りを避けた白雪が片足で立ち、静かに鉄板を構える。
「『ハチドリ』……なんでその技を白雪が使えるのです」
スーの質問に答えることはなく白雪はボタンの目に赤毛猿を映し続ける。この攻防で赤毛猿は目の前の白雪が油断ならぬ相手だと判断したらしく、毛を逆立て牙を見せ闘志をむき出しにする。丁度そのときだった。
「だぁぁ!!! あたまきたぁ!!!」
瓦礫を豪快に吹き飛ばしエーヴァが立ち上がる。
「ああ、くそっ! ボロボロじゃねえか。情けねえぇ」
ハルバード形態のミローディアを杖代わりにして立つエーヴァは額や腕、足から血を流し肩で息をしている。それでも眼光は衰えるどころか鋭さを増す。
【エーヴァ……任せる】
白雪が発する声はいつもの声ではなく、低い男の声。
「あん? どうなってんのか意味分かんねえけど、その声……。ちっ、あたしが力を溜める時間を稼ぐってんだろ? お前はいつも言葉が少なすぎるって言ってただろうが」
エーヴァはそれだけ言って、ハルバードの柄を両手で握り大きく息を吸うと、息を吐きながら目を瞑り力を溜め始める。
【思月……】
白雪は赤毛猿を見つめたままスーに語り掛ける。
【自分の力を信じるといい】
「ど、どういう意味なのです!」
白雪は問いに答えることなく右手に持っていた鉄板に風を舞わせ投げる。風を切るわけでなく、風と共にそれは音もなく地面スレスレを飛んでいく。
赤毛猿が鉄板に気付けたときは足元寸前だった。それでも反応できたのは赤毛猿の能力の高さ故だが、それをも上回るのが今の白雪の技。
鉄板は生きているかのように弧を描きながら急上昇し赤毛猿の胸元に突き刺さる。それはまるで地面すれすれを飛び急上昇する
胸元に突き刺さった鉄板を慌てて抜こうとする両手の手元で、二匹のハチドリが弾け邪魔をする。
詰め寄った白雪が胸元に刺さる鉄板を蹴り、体内へと更に押し込むと、蹴られた反動で赤毛猿は吹き飛び壁に激しく打ち付けられる。
「十分だ!! あたしに技を使わせたこと褒めてやる」
白雪と入れ替わりに飛び込んできたエーヴァがハルバードの柄を握り、胸元に刺さった鉄板の傷目掛け穂先を突き立てる。
「『
音撃を一点に集中し貫く技。前世では一点に集中させる必要もないくらい威力のあったこと、溜めるのに時間が掛かることから実践向きでないことから使用されなかった、エーヴァには珍しい名前付きの技。
エーヴァも怪我を負い、演奏の補正もかかっておらず体調も万全とは言えないが、白雪の突き刺した鉄板のお陰で刃先はすんなり通り、暴力的なまでの振動は硬い体を貫き背中から刃先が飛び出す。
「てめえ、散々好き勝手やりやがってくれたな。ここいらで地獄へ落として差し上げます、わっ!!」
未だ続く振動を増幅させ体内を満遍なく砕いていき、それは周囲の空気を揺らし建物を僅かに揺らし埃が上から降ってくる。
そのままミローディアを中心に胴体に出来た顔面を跡形もなく破壊し大きな風穴を開ける。
全身から血を噴き出した赤毛猿が背中からゆっくり倒れる。
「やっと終わったか……。おい白雪! どういうことか説明しろって……」
赤毛猿の死を確認して後ろを振り向きながら白雪に話し掛けるが、白雪は床に倒れてピクリとも動かない。
「魔力切れか? まあ起きれば聞けるか。スー立てるか?」
壁にすがって座るスーに話し掛けるが、小さく首を振られる。エーヴァは小さく笑うとスーと白雪を背負って戦場となったショッピングモールを後にする。
「あんまり深く考えるな。今はあいつの心配でもしてろ」
「はい……です」
スーは、エーヴァの背中で先ほどの白雪のことを考えていることを言い当てられ驚くが、今は言われた通り離れた場所で立ち昇る詩の魔力を感じ勝利を祈ることに集中するのだった。
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